1章8話 返信、そして皮肉な話(2)



「……――アリスからは、まぁ、私は待っているだけの恋人になるつもりはないわ。今すぐには無理でしょうけれど、今後、今回の徴兵が終わってもロイが七星団に残るつもりなら、私もできる限り早く入団するわよ、って」


 瞬間、レナードは思わず真顔になる。

 彼は無言のまま、なにを言うか、どんな反応をすればいいかを考えて、静かに、しかし鬼気迫るほど真面目に、ロイに前提を確認をしようとした。


「オイ、一応確認するが……それ、テメェが言わせたんじゃなくて、アリスが自分の意志で言った、っていうかペンを走らせたんだよなァ?」

「そうですよ……」


 答えると、ロイも、レナードも、数秒ほど無言状態になってしまう。

 どうしてこうなったのか。百歩譲ってこうなったのを認めるにしても、こうなった以上、次にどうするべきか。2人とも本当に困った表情かおになって、アリスの気の強さというか、なにかを実行する時に本当に実行しそうな意志の強さを再確認するハメになる。


「「ハァ……」」


 そしてふと、ロイとレナードの溜息が重なった。


 確かに2人ともアリスの意志をできる限り尊重すべきと、頭ではわかっていた。

 しかしロイは現在進行形でアリスと恋人関係にあるし、レナードも他人ひとの恋人を無理矢理に奪うのは、本人らしく表現するならダセェと思っているから、完全に諦めて新しい恋をしようとしているが、以前まで彼女が好きだったのは自明のことだ。


 要するに――、


「現在進行形で付き合っている女の子」

「昔好きだった女」


「そんな子に戦場にきてほしくないですよね?」

「当たり前だ。まぁ、アリスからすれば実際に戦場に行くロイが言うな、って感じだろうが……」


 当然、戦場にきたら死ぬ可能性がある。死なずとも100%、大なり小なり身体に傷が付いてしまう。

 たとえ魔術でヒーリングできたとしても、痛い思いをした、というトラウマチックな記憶は残ってしまうのだ。


 ロイも、レナードも、そんなのはクソ喰らえだった。

 だがしかし、ここで2人が嘆いても、ここにはいないアリス本人を交えないことにはどうしようもないだろう。ゆえにこの話は一旦、終わりを告げる。


 が、ロイにも、レナードにも、あと1つだけこの話には続きがあった。


「ロイ、わかっていると思うが――」


「そうですね。アリスが本当にそれを望んでいるなら、ボクは彼女の入団を否定しない。というか、否定する権利なんてない。拒むとしたらそれはボクたちのエゴだけど、逆に入団するのは本人の自由ですからね。でも、もし仮に入団したなら、ボクは死力を尽くしてアリスを守る」


「ハッ、当然だな。ピンチになったら手ェ貸してやるよ」


 挑発するように、レナードはロイに意図的に上から目線で言ってのける。

 翻ってロイの方も、そんな時がくるといいですね、という煽るような視線をレナードに送った。言外に、先輩の出番なんてあると思っているんですか、と、バカにしているのである。


 このようなやり取りを彼らは出会ってから何度も繰り返しているが、2人にとって相手に攻撃的になるのは、もはや呼吸と同じぐらい自然なことなのかもしれない。

 しかしながら、これでも初対面の時と比べたら仲良くなった方なのだが……。


「それで最後にシィなんですが……」

「そういえば、俺のことが気に喰わねぇテメェにしては、俺を焦らすためにアリスを最後にしなかったんだな」


 と、レナードは肉を食べつつロイを一瞥した。

 恐らく、レナード本人的にはそこまで深く考えて、深い意味でそう言ったのではないだろう。


 しかし、ロイはそれを重く受け取った。

 一瞬だけ視線が交錯する。そしてロイは一度食べるのを中断して、限りなく真面目な声音で――、


「……シィには、ロイくんに言いたいこと、伝えたいことはたくさんある。でも、それを全部手紙になんて書かないよ。ロイくんが帰ってきたら直接言うからね、って、書かれました」


「――――」


「シィはわかっていたんでしょうね、送ったのがどういう手紙か。いや、たぶん、全員わかっているけれども、シィが一番、わざわざ手紙にこんなことを書いちゃうほど、心苦しかったんでしょうね」


 戦場で兵士が死ぬかもしれないなんて自明のことだ。

 それを考慮しているからこそ、ロイはアーティファクトによる念話ではなく、形の残る手紙で、せめて1回でもやり取りをしようと考えた。


 それがひどく虚しいことだというのは、ロイだって重々承知している。

 だが、それでも最終的にこういう状況で手紙を書いてしまうのが、ロイという人間の本質だった。


 そして、今度はレナードがロイのことを意味ありげに見る番になる。

 クソが、なんて辛気クセェ顔をしてやがんだ。と、レナードは内心でロイのことを放っておけない感じで罵倒する。


「ケッ、折角のメシ時だってぇのに、胸くそわりぃ」

「そうですね……」


 レナードがそう言っても、ロイは未だに落ち込んだ雰囲気のままだ。

 クソくだらねぇ。やってらんねぇ。マジで呆れた。と、レナードはそう心の中で悪態を付くも……しかし、自分が最後まで残しておいた肉の一番美味しそうな部分をロイの皿にフォークで放る。


 自分の皿にレナードの肉が放られたのを知ると、ハッ、と、ロイは目の前の彼に視線をやった。

 無論、レナードはかなり無愛想にそっぽを向いていたが……。


「先輩……」

「うるせぇ、黙れ、クソが、死ね」


 有無を言わせないレナードの態度に、思わずロイは苦笑してしまう。

 死ぬほど不器用だが励まされてしまったのだ、他ならぬこの男に。


 ロイにとってそんなのはウソ偽りなく屈辱である。

 この屈辱を晴らすにはもう、どう考えても、いつか自分と同じぐらいの屈辱をレナードにも与えるしか他にない。自分に与えられた屈辱を、相手に与える同等の屈辱で打ち消すしかないのだろう。


 ならば――そのためにはやはり生き残るしかないのだ。

 これも含めて大屈辱だった。やり方が下手とはいえ、まさかシーリーンたちよりも手短にレナードに生きることを応援されるなんて、と、ロイはわずかに自嘲気味に笑った。


「あっ、そういえば、先輩もボクからの手紙いります?」

「抜かせ。俺とテメェが交わすのは、言葉でも手紙でも握手でもねぇよ。頭が痺れるような剣戟だけで充分だ」


 ロイは心底皮肉だと笑った。

 自分が負けず嫌いな性格だという自覚はあったが、まさか好きな女の子たちから励まされるよりも、嫌いな男に同情される方が生き残るための原動力になるなんて、と。


 一方で、レナードの方はガラにもないことをした、と、内心で後悔していた。

 結果的に嫌いなロイを上手く煽れたことになるのだが、それでも羞恥心を覚えたのかもしれない。


 とはいえこれでしんみりした雰囲気は霧散して――、

 ――肉をもらったロイも、あげた側のレナードも、やたら美味しく感じる夕食を楽しんだのだった。


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