1章5話 手紙、そして質問(1)



 2週間後――、

 この14日間、ロイは本当に七星団の一員として生活を送った。


 早朝に起床して、素早く手短に朝食をすませ、そして始まる軍事的な訓練。

 ロイは新しい小隊の隊長と相談して、エクスカリバーを使わずに訓練に臨むことにしたのだが、それは彼が思っていたよりも遥かに過酷なモノであった。


 昼食時は50分間だけ自由時間になっているが、そこでロイはヴィクトリアと一緒に彼女の部屋でランチをすませる。

 それと、本当にたまにはレナードとも。


 で、午後ももちろん、演習を長時間こなす。午前が各々の技量を磨く対人戦闘の訓練なら、午後は集団戦闘を想定した軽い模擬遠征だった。

 無論、軽いと言っても七星団の基準で、だ。ロイは正直、自分が強くなっていく過程だと思っているから心底楽しかったが、一般人なら開始5分でつらいと感じ始め、15分で音を上げるだろう。


 続いて夜、その日の訓練が終わるのは20時で、そこから晩御飯を食べることになる。


 この14日間、ロイは当然だがずっとこれをこなしてきて――、

 ――そして今、彼はヴィクトリアの部屋でレターセットと睨めっこをしていた。


「なにを書いているんですの?」


 と、テーブルを貸してくれたヴィクトリアが、ひょこっと、ロイの背後から彼が広げたレターセットを覗き見る。

 お風呂上りだからか、彼女のからはまるで花のような上品な匂いがして、流石にロイもドキドキしてしまう。


 しかも――ヴィクトリアはパジャマ姿だったのだ。

 急に部屋に邪魔したのは自分の方だから文句を言うつもりは一切ない。が、無防備といえばどこからどう考えても無防備だし、ドキドキするな! と、言われても絶対に無理な話だった。


「手紙だよ。シィ、アリス、イヴ、姉さん、リタちゃん、ティナちゃん、クリス、彼女たちに1通ずつ」

「へぇ、全員まとめてではなく、各々に1通ずつですの? 律儀ですわね」


「今回は特別だからね」

「特別? でも、毎晩アーティファクトを使って念話していますわよね? わたくしも混ぜてもらっていますし。それなのに今夜は手紙? 念話の方が手っ取り早いですわよ?」


「うん、それはわかっているんだ。でも――」


 ロイは寂しそうにわずかに顔を下に向けて、表情に陰りを見せた。

 念話は形として残らない。手紙はたとえば失くさない限り、奪われない限り、送り主ともう二度と、永遠に再会することが叶わなくても、形として残り続ける。


 七星団では『そういうこと』を考慮して、前日の支給品配布の時、リストに書いて頼めば翌日の同じ時にレターセットを無料でもらえるようになっていた。

 ヴィクトリアも年相応よりも幼いといっても、流石にそのことは知っていた。ゆえに、ギュ――と、ロイのことを背後から抱きしめ、耳元で――、


「ダメですわ、ロイ様……っ、そんなことを考えては――」

「なら、ヴィキーは手紙を書くな、って言いたいの?」


「――――」

「ゴメン、イジワルを言ったね」


 背後から抱き付くヴィクトリアが、ロイの首にそっと回した白百合のように白くて、綺麗で華奢な両手。それに彼も同じくそっと、自分の手で触れた。


 ――なんて寂しい雰囲気なのだろう。

 そう思うと、ロイも、ヴィクトリアも、すぐに切り替えるように身体を離して新しい話題についてを話し始める。


「そ、っ、それで、手紙にはなんて書くんですの?」

「考え中だけど、挨拶、近況報告、いつもボクと仲良くしてくれたことへのお礼、そして再会の約束、って構成でいこうと思う」


「無難ですわね。シンプル・イズ・ベストですわ」

「あはは……、まぁ、奇をてらってメチャクチャな手紙になっても困るし……」


 困ったように笑うと、ロイはいよいよ手紙にインクを走らせ始める。

 ヴィクトリアも先ほどはなにをしているのか気になったから覗き見たが、それを理解したので、これ以上、書く内容まで覗くつもりはないらしい。


 テーブルを借りてロイが手紙を書いている一方で、ヴィクトリアはベッドで寝転び始める。


「ねぇ、ロイ様」

「ぅん?」


 ロイはテーブルに向かったままで、ヴィクトリアに返事する。


「ロイ様にとって、シーリーン様ってどういう女の子なんですの?」

「――守りたい女の子、ボクの生きる理由だ」


「なら、アリス様は?」

「――支えてくれる女の子、ボクが生きていられる理由だ」


「う~ん? どこが違うんですの?」

「ボクはシィに対して、守りたい、つまり、彼女のためなら戦うこともいとわないと思っている。一方で、アリスはボクのことを支えてくれる、つまり、直接的ではなく精神的でも、戦うことを手伝ってくれている」


「――――」

「シィが生きる理由でも、アリスが支えてくれなきゃ、ボクはきっと戦えない。アリスが支えてくれても、シィがいなきゃ、戦えることには戦えるけど、たぶんボクはすぐに死ぬ。戦いに巻き込まれなかったとしても、ボクの人生は空虚なモノになると思う」


 ふと、ロイの口元に笑みが浮かぶ。

 ヴィクトリアに訊かれる前に、もっと早く、気付ければよかったのに、と。


「もうすぐ、自分が戦争の最前線に出るからかな? 最近よく考えることがあるんだけど……ボクは結局、いい年してまだ寂しがり屋で、いわゆる無償の愛に飢えているんだと思うよ。しかも、さ。別に同性愛を否定するわけじゃないけど、ボクは普通に女の子が好きだから、2人もの女の子と付き合っている」


「? グーテランドは一夫多妻制でしてよ?」


「まぁ、そうなんだけど……」


 七星団学院に入学してから、シーリーンとアリスと出会ってから、まだ半年も経っていない。

 だというのに、もう、2人はロイの心にこんなにも深く存在を刻んでいた。


 自分でも意外と思うほどに、ロイは2人のことを大切だと、今、再確認できた。

 もちろん、普段から彼は自分の恋人たちのことを大切に想っていた。しかしそれでも、まさか自分の生きる理由と、生きていられる理由にまでなっているなんて、自分でも信じられないほど、しかし、一回信じてしまえば笑みが浮かぶほど、ビックリであった。


 なんでそこまで想うようになったのだろう?

 と、ロイはふと考えてみようと思うが、すぐにやめた。


 美味しいものは美味しい。

 怪我は痛い。


 好きな人に告白されたら嬉しい。

 好きな人が傷付いたら悲しい。


 仲のいい友達と遊んだら楽しい。

 でもケンカしたら、少し怒るかもしれない。


 つまり出来事と、出来事に由来する感情にプロセスはない。


 だから――、

 ――ロイは(2人のことが大切だから大切、それでいいんだ)と結論付けた。


(これも本格的に戦争に巻き込まれるせいだと思うけど……流石にセンチメンタルになりすぎて、死亡フラグみたいなことを考え過ぎているなぁ)


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