1章4話 口付け、そして疑問
「あぁ……、少し疲れた……」
と、発言どおり少し疲れた感じを
シャーリーとのやり取りを終わらせたあと、ロイは要塞の右から左、上から下へ移動しまくって、目を覚ましたことを報告すべき人たち全員に、その報告をして歩き回った。
そして今、彼はグーテランド王国の姫、ヴィクトリアの部屋を目指し歩き、事実、その扉の前に辿り着く。
言わずもがな、彼女にも報告すべきだからだ。
扉の前には護衛がいたが、彼らはロイがヴィクトリアのお気に入りと知っていたので、アポイントメントがなくても軽い身体調査だけで入室を許されることに。
で、部屋に入るとヴィキーが――、
「ロイ様……っ!」
「わっ、ヴィキー!?」
入室すると早々、ヴィクトリアはロイの胸の辺りに抱き付いて、そのまま床、絨毯に押し倒した。
ふかふかな絨毯とはいえ倒れ込んで痛かったものの、「よかったですわ……。本当に、よかったですわ……」と嬉しそうに泣くヴィクトリアを見て、ロイはそんな痛みなんて我慢しようと思う。
ヴィクトリアの豊満に膨らんだ胸がロイの胸部に押し付けられる。そして彼女の片脚がロイの脚を開かせるような位置にある。
でも、今はそういうのを気にするような時ではない。
流石に抱きしめ返すのは躊躇われたので、ロイはせめてそのまま、ヴィクトリアの気が済むまで抱きしめられたままに――、
◇ ◆ ◇ ◆
「ヴィキー、泣き止んだかな?」
「ぐす……誰のせいで泣いたと思っているんですの!?」
数分前と同じく涙目ではあるものの、嬉しさの笑みではなく、ヴィクトリアは不服そうな表情を浮かべている。
今は絨毯の上で押し倒され、あるいは押し倒している体勢から転じて、ベッドの上で2人並んで座っているが……、
……なぜかヴィクトリアはロイとの距離をほとんど詰めており、友達といえども異性同士なのに、なかなか離れてくれなかった。
「ヴィキー」
「今度はなんですの?」
「ゴメン、こんなにもキミのことを泣かせてしまって。心配させてしまって」
「まったくですわ」
「そして、それを踏まえてありがとう」
「――――えっ」
「お礼なんて言われて、もしかしたらヴィキーは、自分が泣いたことがそんなに嬉しかったんですの!? なんて、不愉快に思うかもしれない。だけど、なんていうか……、泣かせたことが嬉しかったんじゃなくて、泣いてくれたことが嬉しかったんだ」
「ふんっ、言葉遊びですわね……」
ぼやくヴィクトリア。彼女はつまらなそうにすると、しかしそれなのに、ロイの手と自分の手を繋いだ。
ロイは少し手を引いてしまったが、完璧にそうする前に「手を引いたら許しませんわよ」と制されてしまい、それは失敗に終わる。
ヴィクトリアという女の子は姫という身分である以上、ある程度は仕方がないが、いわゆる箱入り娘だ。
そして今までの出来事からわかるとおり『友達』というのを少し間違えて覚えている。
しかし、だからといって友達の重要性を知らないかといえば、断じて否だ。
むしろ逆と言えるだろう。
ヴィクトリアは友達であるロイのことを大切に想っているからこそ、手を繋ぐという行動に出たのだ。
まるで仲のいい5歳ぐらいの子どもが手を繋いで走るように。
まるで仲のいい5歳ぐらいの子どもが怖いから手を繋いで寝るように。
それに気付いてロイは少し自分を恥ずかしく思う。
シーリーンが素直で、アリスが真面目、イヴが無邪気でマリアが穏やか、リタが元気でティナが夢見がち、そしてクリスティーナが物腰柔らかだとするなら、ヴィクトリアは純粋なのだろう。
純粋。つまり、ロイは手を繋がれてシーリーンとアリスに引け目を感じたが、本来、そんな必要はない。むしろ邪魔と言っても過言ではない。
なぜなら、手を繋いだ側であるヴィクトリアが恋愛的な意味を一切考えず、仲のいい友達と寂しさを覚えたから手を繋ぐ、という意味でそれをしたのだから。
(今回は、ヴィキーじゃなくてボクが間違えたか……)
前回、ヴィクトリアがロイの前で裸になって彼に指摘されたが、今回は立場が逆転してしまったようである。
「まったく、ロイ様は女の子を泣かせて嬉しく思うなんて、イジワルですわ」
ヴィクトリアは子どもっぽく頬を膨らませ、上目遣いでロイのことを不機嫌そうに、男性からしたら可愛らしく睨む。
「うん、ゴメン」
「でも、許して差し上げますわ」
だが、ロイが静かに謝ると、ヴィクトリアはすぐに百合のような微笑みを浮かべる。
そして、一点の曇りもなく彼を許した。
「だって、謝られたら許す。それが、仲良くするということでしょう?」
「すごいね、ヴィキーは。それを実際にできる人はほとんどいないと思うのに」
「そうなんですの?」
「確かに仲良くするというのはそういうことだと、少なくともボクは賛同するけど、そもそも謝罪が必要な事態になったら、その相手と仲良くしたくない! って、思う人も世界にはいると思うよ?」
「そう思ってしまうから、仲良くする必要がない。ひいては、謝られても許す必要がない、ということですわね?」
「まぁ、そうだね」
「その思考は、わたくしにも充分に理解できますわ。場合によっては共感もできます。世界にそういう悲しいケースが溢れているということも重々承知。事実、わたくしもいつかそういう展開に巻き込まれることも、否定はできません」
「――うん」
「でも、今回はわたくしがロイ様を許すと決めた――今、この2人だけの関係でそれ以外の事実が必要ですの?」
言うと、ヴィクトリアはロイに再び抱き付き、今度は彼のことをベッドに押し倒した。続いてロイの胸部にスリスリ、と、頬ずりする。
で、数秒後――、
「なるほど、ですわ」
と、ヴィクトリアは上半身を起こす。
「……ん? なにがなるほど、なの?」
どうやら、ヴィクトリアはロイに抱き付いてなにかを確認したようだ。
その、なにかがロイにはわからなかったので、彼はヴィクトリアに一応訊いてみるも、なぜか彼女は何度も、うん、うん、うん、と、自分だけ納得した感じで頷くばかりである。
そして――、
「まぁ、まだロイ様にお教えするには早いですわね」
「えっ!? なにが!?」
「ヒミツですわ♪」
「えぇ……な、なら、せめてヒントを……」
するとヴィクトリアは可愛らしく人差し指を口元に立てて、上を向いてなにかを考え初めた。
5秒、10秒、15秒、それぐらい経ってからロイに、なにかを企んでいる女の子の笑みで――、
「わたくしはロイ様と友達で、恋人ではない。それがヒントですわ」
「よ、よくわからない……」
どこからどう考えても答えに辿り着けそうになかった。
そもそも、今のヴィクトリアの発言に対して、これはヒントか否か? という問いを仮に出されたとしても、答えられる自信がない。
だが、ロイが困っているのが嬉しいのか、ヴィクトリアは楽しそうにクスクス、と、からかうように口元を手元で隠して上品に微笑んだ。
「なら、2つ目のヒントですわ」
「よ、よろしくお願いしま……す?」
なぜか疑問形になってしまうロイ。
一方で、動揺ではないにしても、間違いなく混乱しているロイに対して、ヴィクトリアは「では、両目を瞑ってくださいまし」と、促して――、
本当に彼が目を閉じたのを確認すると――、
チロッ、と、赤い舌で自分の唇を舐めてから――
――チュ、
と、頬に、とはいえ、彼に口付けをした。
(ますます意味がわからない。ヴィキーはいったいなにを考えていたんだ?)
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