3章10話 問いかけ、そして説明
「君に用事ができた。少し付いてきてくれ」
レナードと別れたあと、ロイは自分の所属する第37騎士小隊の隊長であるガクトと要塞の内部で再会した。
そして隊長であることを理由に命令されて、ロイとガクトは今、七星団の要塞の裏手にある森の入り口、そこから少しだけ奥に入ったところに場所を移した。
辺りは本当に、痛いと感じるぐらい物寂しくて静まり返っていた。
深夜の森の奥の方は黒よりも暗い。
だというのに、地面は一面、土が見えないほど雪に覆われて純白になっている。
北風に吹かれて木々の梢に茂った葉がザアザアと不気味な音を立てている夜の森。
ロイもガクトも索敵の魔術を発動させていたが、この時この場所で魔王軍の敵と遭遇しても、王国の領土内とはいえ、なんら不思議に思えるようなことではない。
兎にも角にも、それぐらい本能に直接訴えかけるような怖さがそこにはあった。
この世界なら本当に幽霊が出てもおかしくない。と、ロイなんかは本当にそう思い、わずかに身をブルッと1回とはいえ震わせる。
(いや、まぁ、ボクも半ば幽霊みたいなモノだけどね、肉体を得ているだけで……)
ロイが気を紛らわせるように内心で呟いた瞬間、先行するガクトが不意に途中で足を止めた。
そしてクルッ、と、ロイの方に身体ごと向き直る。
「騎士小隊の隊長として把握しておきたいことがある。ゆえに、いくつか質問させてもらいたい」
「……ここで、ですか?」
「あぁ、寒くて暗くて申し訳ないが……君も王女殿下の件でスパイの存在のことを知っているだろう? こうしてみんなが寝静まる夜まで待ったわけだが、念には念を入れて、君の技量についてはここで聞いておきたいんだ」
「……わかりました」
ガクトは自分の上官なのだ。
ロイは今、迂闊に彼の提案を断れる立場にいない。
「さて、君は洞窟のような暗闇の中、あるいは今、夜の森のような闇夜の中、そういうところで視界をハッキリさせる魔術を長時間、使えないらしいな? これは本当か?」
「はい」
「では次は君の聖剣、エクスカリバーのスキルについてだ」
今は一応、ガクトが光属性の魔術を使っていて、限られた範囲ではあるが周囲の視界はハッキリしている。
つまりロイはガクトの顔を見ているし、ガクトもロイの顔を見ていた。
だというのに、ロイはガクトの目に光を見出せない。
少なくともロイが見る限り、ガクトの目はどこか死体のように感情が宿っていなかった。
「誰から聞いているかもしれませんが、エクスカリバーのスキルは『こういう剣があったら良い、強い、素晴らしい、という使い手のイメージを反映する能力』です」
「状況に応じて理想の剣になってくれる能力、ということか」
冷徹で静か、かつ、重い声でガクトは訊く。
それに対してロイは流石に――、
「はい」
――と答えるしか他にない。
すると表情からは一切察することができないが、どうやら納得したらしく、ガクトはフゥと、一息吐くと次の質問に移った。
「それでそのスキル、制限はなにかあるのか? 騎士小隊の隊長としては、できることよりも、できないことの方が知りたい。可能なことよりも、不可能なことの方に注意しておきたい」
「そうですね……。スキルの特性上、使い手、つまりボク自身がイメージできないこと、していないことは反映されません。剣がいかに最高の能力を持っていたとしても、戦場でのボクの判断が間違っていれば当然、その戦場に本当は相応しくない剣になってしまうこともあります。それで、具体的にイメージはビジュアル、つまりパッとした見た目に左右されます」
「ビジュアル?」
「はい、人間って、まぁ、少なくともボクは、なんですけど……なにかをイメージする時、その光景をイメージすると思うんです。たとえばパンは食べ物ですけど、パンって聞いたらその味よりも見た目をイメージするじゃないですか。楽器にしたって、バイオリンって単語を耳にしたら、その音色よりもバイオリン本体を頭に思い描くと思います」
「なるほど。まぁ、人によってそういうのはそれぞれだと思うが、君の場合はそうなのだな?」
「はい、だから一口にイメージを反映するといっても、『わかりやすい見た目』であることが重要です。星彩波動は見た目、かなり派手ですし、飛翔剣翼は一瞥しただけで斬撃が飛んでいるなぁ、ってわかりますし、同じく一回見ただけで、斬撃舞踏も聖剣の切っ先が4つに分かれたってわかります」
「なら、追加でももう1つ質問しよう」
「はい」
「エクスカリバーでできる技、その全てを教えてほしい」
「まず、戦闘中に剣の形や大きさを変えることができます。実際に剣で撃ち合っている最中に相手の剣の形や大きさ、重さや長さが変わったら相手は相当イヤでしょうね」
「剣戟の最中に剣の形を変える、か。つまり騎士同士の戦いにおいて、間合いを狂わせるのが容易ということだな」
「そういうことです。他には今言ったように、斬撃を飛ばしたり、刃を4つに分離させたり、絶対に物を切断できるという効果を付与したりできます。あとはエクスカリバーに悪影響を与える状態異常の無効化もできますが……これはニュートラルな状態のエクスカリバーを想像すればいいだけですから、実は一番簡単ですね」
そう言ってロイが思い出したのはレナードと行った2回の戦いだ。
あの時、レナードはアスカロンを使いエクスカリバーに異常を起こそうとしたが、ロイは『ニュートラルな状態のエクスカリバー』をイメージして、それを無効化した、ということである。
「それはつまり、エクスカリバーが斬れば魔術でさえ無効化できるということか?」
「あっ、いえ、そこまで便利なモノではありません。エクスカリバーの『内部』に異常が起きたらニュートラルな状態に戻せますが、魔力による弾丸とか、爆発魔術とか、そういうのはエクスカリバーの内部からエクスカリバーにダメージを与えるんじゃなくて、エクスカリバーの『外側』から、エクスカリバーを壊そうとするわけですよね? そういうのは無効化、打ち消しはできません」
「そういう言い方をするということはつまり、爆発魔術などを喰らった場合、聖剣が折れなくても使い手である君自身が死ぬ、ということはあるわけだな?」
「残念ながらそういうことになります」
「そして、その類の魔術が有効ということは、剣による斬撃や刺突、そういうのも有効だと推測するが?」
「はい、エクスカリバーのもう1つの特性は絶対に壊れないというモノなんですが……聖剣ではなくボク自身の技量不足で、格上の敵と戦うことになれば、相手の剣に押されたり、捌かれたり、究極的には落としてしまう、ということもあるでしょう」
と、ここで2人の会話がストップする。
ロイとしては質問されたことに全て正直に話したつもりだった。
そしてロイは今回の会話において、質問される側、つまり受け手である。
ガクトから質問がこない以上、どうしても、なにかを追加で言っていいのか迷ってしまう。
翻ってガクトは口元を片手で隠して、なにかを考え込んでいた。
その思考は5秒、10秒、30秒と続き、だいたい1分ぐらいしてから、ついに終了する。
そしてガクトはロイに向かって――、
「よく理解したぞ、ロイ・モルゲンロート。魔術師ではないからそこまで精度が高くないとはいえ、ウソを見抜く魔術を使っていたが、その必要もなかったようだ」
「――――ッッ!」
すると、ガクトは腰の鞘から1本の剣を抜いて、告げる。
「では――殺し合いを始めよう」
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