3章9話 不審者、そして不意打ち
同時刻――、
場所は七星団の要塞から遠く離れた、魔王軍の王国隣接ライン戦線の作戦会議室――。
そこには魔王軍の幹部である
その死霊術師の男を一番奥に座らせて、その右と左の両方、U字型のテーブルの外側を囲むようにその側近たちも座っていた。
「密偵は上手いこと、ソウルコードの
死霊術師は嗤う。
彼の発言を補足するように、その側近が付け足した。
「はい、現在、ロイは七星団の要塞の内部におり、その妹のイヴは彼の別荘に、姉や友人たちといるそうです」
「――上々」
ここまでは別に問題ない。
むしろ比較的スムーズに事が運んだというものだ。
「では、作戦の概要を改めて確認する」
「「「「「――――」」」」」
「仮に今回の作戦が上手くいったとしても、次に控えている大規模侵攻を止める、というのは断じてない。それを踏まえた上で、今回の目的はロイとイヴを殺害することにある」
「「「「「――――」」」」」
「前回の会議ではロイに対して、不用意に藪をつつくな、蛇が出るぞ、と、言ったが、こうしてイヴと距離を上手く離してしまえばどうということはない。覚醒する恐れはないだろう」
自分たちの知らないところで自分たちを殺す計画が企てられている。こんなに恐ろしいことは人間の生涯で滅多にないだろう。
だが、そのような相手の恐怖を知っていても意に介さず、死霊術師は続けた。
「重要度はロイよりもイヴの方が上だ。ロイを殺すよりも、守護者がいなくなったイヴを今のうちに殺しておく、という感覚で作戦に臨んでほしい。――フッ、まぁ、当たり前か。姫を狙っているのにその騎士を倒して満足してしまっては、本末転倒もいいところだ」
つまり、イヴを殺してロイを殺さない結果がありだとしても、その逆、ロイを殺してイヴを殺さない結果は認めない、ということである。
だが、今回の作戦において、敵側の登場人物がロイとイヴの2人だけであるはずがない。
「密偵のうちの1人にロイの相手をしてもらい、その隙にイヴを殺す手はずだが、あの別荘にはロイとイヴに近しい者たちも滞在している」
と、ここで、死霊術師の側近が彼に訊いた。
「その者たちはどうしますか?」
「かまわん、殺せ」
ついに、今ここに、ロイとイヴだけではなく、シーリーン、アリス、マリア、リタ、ティナ、そしてクリスティーナにも、魔王軍の魔の手が及ぶことが確定してしまった。
しかもなにが最悪かといえば、このことを彼女たちは一切知らず、ロイがいなくなって寂しい思いをしているとはいえ、別荘で比較的平穏な日常を過ごしている時に、いきなり魔王軍が襲ってくるということだ。
つまり、完璧な不意打ちである。
装備的にも、精神的にも、戦いに対する備えがない状態で抗わなくてはならない。
「作戦決行は本日の深夜、日付が変わった瞬間だ」
「「「「「了解」」」」」
「その瞬間に、ロイの方には七星団にいるあの男に押し付けて、別荘には遠距離アサルト魔術で火を点ける。ケース・バイ・ケースだが、あるいは倒壊でもかまわない。とにかくイヴを殺せ。あの少女を殺さなければ――あまり信じたくはないが、いずれ魔王様の脅威になるまで成長してしまう」
「「「「「了解」」」」」
「さぁ――宴を始めよう」
◇ ◆ ◇ ◆
それから数時間後のことである。
別荘のリビング、その薪をくべられた暖炉の前で、イヴがリタとティナとトランプをしていると、急に、脳に直接――イヤ――という感覚が湧き上がった。
視覚は目の前のリタとティナを映しているし、聴覚は少し離れているところで話しているシーリーンとアリスとマリアの声を拾っているだけだ。
嗅覚はこの別荘の木の香りを拾っているし、触覚は手に持ったトランプのカードと、座っている床の質感を伝えてくるが、ただそれだけだ。不快な感覚に陥る要素はなにもない。
まるで第六感のごとくなにかが脳にクル感覚。
イヴの中で怖気、寒気、吐き気、頭痛、そのどれもが中途半端なのに、総合的には無視できないレベルで膨れ上がる。
「クリス」
「はい? なんでございましょうか、お嬢様?」
「……お外に、不審者がいるよ」
「「「「「「…………えっ……?」」」」」」
イヴの指摘に他の6人は呆気のない声を重ねた。
しかし、イヴは情報の追加をやめない。そしてその追加された情報はここにいる全員にとって、等しく最悪のモノだった。
「この感じ……間違いない。きっと、魔王軍だよ……っっ!」
「ほぇ!?」「――――ッ」
シーリーンが可愛らしい声を上げた瞬間、彼女の隣にいたアリスが索敵の魔術を発動させる。
アリスのその様子を、他の全員は真剣かつ不安そうな表情で見守るばかりだった。
そして数秒後――、
――戦慄が奔ってアリスの
「え、えぇ……本当にいたわ。この別荘の半径100m以内に4人の不審者が……。幸いにも木の陰にいるだけで、別荘の中に侵入者はいないけれど……」
「やましいことがない普通の来客なら、普通にドアをノックするものでございますよね?」
「それに普通の来客なら、こんな雪の日の夜に木の陰に隠れませんからね……」
「い、一……度…………、……に、4人……も、一、斉に来、客……とい、……、うのも、変、だと……、思……いま、す」
声が震えているアリスに、疑問を呈するクリスティーナ。
マリアの声にはわずかな不安が滲んでいて、ティナに至っては完璧に泣いてしまう一歩前だった。
そして、その別荘の中の様子を遠視の魔術で覗く輩が4人。
言わずもがな、魔王軍の軍人だ。
高い腕力を誇るオークが1体、オークよりも知能が高いゴブリンが1体、いかにも物理攻撃が効かなそうな人型スライムが1体、そして人間の
「意外だな、気付かれたようだぞ」
と、ゴブリンは底意地が悪そうに歪んだ笑みを浮かべる。魔術による念話だった。
それに反応したのは、この4人の中でリーダー格のアサシンである。
「問題ない。隠れていたのは相手に逃亡や、戦いの準備をさせないためだ。今回の作戦の最高司令官も言っている。究極的には殺せばよい、と」
「ならどうする?」
と、野太い声でオークがアサシンに問う。
そしてアサシンは――、
「決まっている。存在がバレてもまだなにもできていないのならば――ッッ、今のうちに戦闘を開始すればいいだけのことだ――ッッ! 往くぞ!
――木組みの別荘に向かって焔の魔術を解き放った。
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