3章8話 アリシア、そして魔術適性



「「――――ッッ」」


 その答え合わせで不覚にも、ロイとレナードは絶望感でその身体を震わせる。

 だが、それを見越していたのだろう。エルヴィスはとても落ち着きを払っている様子で、2人に「落ち着け、話はまだ終わっていない」と言い聞かせた。


「まず、特務十二星座部隊レベルの魔術師は、特務十二星座部隊の中に多くいると、そう言ったが当然、特務十二星座部隊以外にも一流の魔術師は七星団に多く在籍している。一流の魔術師の割合が高くても、全員で12人しかいないからな。動揺するのはわかるが、いい情報を見逃してはならない」

「そ、そう、ですよね……」


 ロイはなんとか肯定して理解したていを装ったが、完璧に声は乾いていた。

 レナードの方も似たような感じである。


「どちらにせよ、オレたちと同レベルの敵がいることには変わりないが……まぁ、アレだ。普通に考えるならば、そいつは外側にいるだろう」

「肯定です。特務十二星座部隊の中にスパイが紛れ込んでいる可能性があることと、本当にスパイが存在すること。この2つは必ずしも同義ではありませんよ。もちろん、各々警戒するのに越したことはありませんが」


 流石にロイもレナードも、この2人にここまで言われればそのように納得せざるを得ない。

 というより、すでに痛感していた。自分たちが弱いから、この2人はわざと生温い考えを口にして、自分たちの心の落ち着きを取り戻そうとしてくれているのだ、と。


 それに、自分たちよりも目の前の最強たちの方が、こういう時にどのような対応をしたらいいか、熟知しているのは自明である。

 ここで自分たちが不用意に出しゃばるべきではない。今はアリシアとエルヴィスに任せるべき状況だった。


「さて――今日はここらへんで解散にしよう。ロイ、話してくれてありがとう。レナード、黙ってくれることを約束してもらい、感謝する」

「ふふっ、では、おやすみなさいませ」


 流石にもう、ロイもレナードもカレーを完食していた。

 ゆえにアリシアもエルヴィスも、このタイミングで挨拶をしてからロイとレナードと別れた。


 そして――、

 七星団の要塞の廊下にて――、


「アリシア、まだ例の音響魔術と人払いの魔術は発動しているか?」

「無論です。まだ、話していないことがありますし」

「礼を言う。オレにはそういうのが無理だからな」


 コツコツ、と、靴で硬質な床を鳴らして、2人は何気ない様子を装いつつ、廊下を進む。

 目的地はアリシアの要塞内部の自室と、同じくエルヴィスの自室だが、そこまでの距離を計算して、2人は歩きながら話し始めた。


「ロイとレナードにはああ言っておいたが――スパイがいるとしたら、誰が怪しい?」


 エルヴィスは大胆にも仲間を、それも国王陛下が直々に称号を授けるレベルの仲間を疑う発言を口にする。

 それに対して、アリシアの返事は決まっていた。


「あくまでも仮定の話ですが……少なくとも私はスパイがいるとしたら、セシリアさんかイザベルさんのどちらかかなぁ、と」

「ほう?」


「ですが、あくまでもこれは現時点での話です」

「これから変わるかもしれないということか。それで、なぜ暫定的といえども、セシリアとイザベルなのだ?」


「彼女たちは円卓の間で、イヴさんが気付いたという事実に対して、特務十二星座部隊の中で一番、魔王軍の存在を感知できそうなものなのに、自分たちは気付けなかった、と、素直に認めました」

「なるほど、な」


 エルヴィスは外見から間違われることが多いが、決して頭の回転が遅いわけではない。学ぶ魔術ではなく、鍛える剣術の道を歩んだとはいえ、彼の頭のよさは特務十二星座部隊に相応しいレベルだった。

 結果、エルヴィスはアリシアの思考を汲んで、先回りして言葉を紡いだ。


「本当に気付いていなかったのではなく、気付いていないフリをした、ということか」

「そのとおりです」


 確かにそういう意見もあるだろう。

 普通に考えて、一般人であるイヴが気付いているのに、セシリアとイザベルが気付かなかった、というのはおかしい。否、もっと遠慮なく言うならば異常な話だ。


 あの2人が気付いていないなんて、常識的に考えてありえない。


 だというのに真偽はともかく、なぜか彼女たちは気付いていないと主張していた。

 これを合理的に解釈するならば、ほとんどの人はアリシアと同じ答えに行きつくだろう。


(――だが、しかし――)


 そう、だがしかし、エルヴィスは違った。

 セシリアとイザベルが感知できなかったのと同じように、序列第1位のエドワードや、序列第2位とはいえ、エドワードよりも魔術に詳しい隣を歩いているアリシア、そしてエクソシストのニコラスや、セシリアと同じくカーディナルのカレンも、揃いも揃って何者かに出し抜かれたのだ。


 つまり――、

 ――件の2人がそうであるならば、同じことが特務十二星座部隊の全員に指摘できる。


(……どっちだ? ロイという前例があるから、イヴが特別ななにかを持っていてもおかしくないのか? あるいはやはり、確率的に考えて、特別なロイのあとに、さらにイヴがなにかを持って生まれてくることはおかしいか? ……今さらロイがオレたちに言っていない情報を抱えているとは考えづらい。……ダメ、だな。やはりことの真偽をハッキリさせるためにはイヴとの接触が必要不可欠だ)


 思考が振り出しに戻る。

 現状ではどう足掻いても情報が足りないと認めたエルヴィス。彼はひとまず頭の中をリセットして、反論の余地はあるもの、アリシアの意見を元にして議論してみることにした。


「仮にだぞ? あくまでも仮にその二者択一だったなら、オレはイザベルが怪しいと思う」

「では、その理由は?」


「二者択一でこういうのがどうかと思うが、言ってしまえば消去法だ」

「なるほど、エルヴィスさんはセシリアさんがカーディナル、枢機卿だから、闇を司り悪を為す魔王軍にはくみしない、と?」


「そういうことだ。しかも、3重の意味でセシリアが魔王軍の一員とは思えない」

「? 3重の意味、とは?」


「まず、常識的に考えて、という意味だ。常識的に考えるならば、枢機卿が魔王軍の一員なんて、縁起でもないことを言うようだが、王国が魔王軍に敗北するぐらい信じられない話だろう」

「そうですわね」


「次に、プライドを考慮して、という意味だ。仮にセシリアが魔王軍の一員だったとしても、彼女の実力が変動するわけではない。現時点での彼女の実力があれば、特務十二星座部隊の一員になれたのと同じように、魔王軍の中でもかなりの上級幹部になれるだろう」

「つまり、そのぐらい魔王軍の中でも地位を確立しているのに、王国内部に潜入してカーディナルまで上り詰めるのは、セシリアさん本人のプライド、自尊心が自分で自分を許さない、ということですね」


「そして最後の理由だが、これが一番現実的な理由だろう」

「――彼女の魔術適性ですよね?」


「セシリアの魔術適性はロイに自己紹介した時、自分で説明したように、無属性が6、種族の関係もあり、炎、水、風、雷、土が9、光も9、闇が0で、時と空は5ということになっている」

「闇属性魔術の適性が皆無の魔王軍の上級幹部なんて、聞いたことありませんからね」


 と、このタイミングでついに特務十二星座部隊の自室が用意されているエリアに、アリシアとエルヴィスは到着した。

 流石に男女の部屋の距離は多少とはいえ離れているので、アリシアとエルヴィスは廊下で就寝の挨拶を交わすことにする。


「今の話、当然だがイザベルが魔王軍の一員と、暫定的にだろうと結論を出したわけではない。あくまでも、セシリアは外してもいいだろう、という意味だ」


「承知しております」

「それじゃあ、オレはもう行く」


「えぇ、おやすみなさいませ」

「あぁ、お休み。また翌日に」


 そうして、エルヴィスはアリシアと別れる。

 そしてエルヴィスは自室に戻ったあと、記憶を思い返して呟いた。


「アリシア・エルフ・ル・ドーラ・ヴァレンシュタイン――。確か彼女の魔術適性は無属性が9、風と水が10、雷と土が9、焔が7、光と時と空は9で、最後に、闇も一応、7はあったはずだな」


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