2章9話 国王、そしてワイン(1)
ロイはヴィクトリアと遊んだあと、時間がくると迎えの騎士が部屋にやってきて、簡略的ではあるものの、仮入団の儀式を済ませた。
さらにその後、彼は配属先である第37騎士小隊の面々と自己紹介をすませる。
で、さらに、さらにその後は夕食の時間だった。
そしてその夕食を食べ終わったあと――、
「それではロイ新兵、君には明日から本格的に七星団の演習に混じってもらう。今からは自由時間となるが、今日はなるべく早く床に就き、身体を充分に休めるように」
「はい、ガクト隊長」
夜の21時、王国七星団の要塞の廊下にて――、
第37騎士小隊の隊長であるガクトがそのようにロイに気配ると、ロイは姿勢を正して、ガクトがどこかに行くのを待つ。
で、彼が廊下を歩きどこかに行き始めると、ロイは脱力するように姿勢を崩した。
流石に環境の変化が急すぎたのだろう。
「まぁ、ガクト隊長に言われたとおり、今日は早めに寝ようかな」
思わずロイは独り言を呟く。
しかし、彼が要塞の内部に用意された集団寝室、その簡易2段ベッドの自分に割り振られたスペースに赴くと、誰かからの封筒が枕元に置いてあった。
自分のベッドにあったのだ。封を開けてもいいはずだ。
そう考えたロイは不思議に思いつつもその封筒を開けて、中に入っていた手紙を読む。
『ロイ君
謁見の間にて君を待つ
堅苦しくい大臣たちには退席を命じた
緊張せず、楽にしてきてくれたまえ
アルバート・グーテランド・イデアー・ルト・ラオム』
思わず、ロイは自分の両目をゴシゴシ、と、手で擦る。
しかし、何度確認してもそこに書いてある内容は変わらなかった。
間違いなく、アルバート、つまり国王陛下からの手紙である。
常識で考えて、これには絶対に応じなければならないだろう。
◇ ◆ ◇ ◆
「よくきてくれた、ロイ君。余から足を運ぼうとも考えたのだが、それだとかなり目立ってしまうからな。コッソリ君との会話を楽しみたかった余にしても、あまり悪目立ちしたくない君にしても、やはりそちらからきてもらう方が合理的だったのだよ。申し訳ない」
「――いえ、そのことは充分に理解しております。どうか、陛下が謝罪なさらないでください」
なんて、冷静ぶって大人な対応とやらをロイはこなしてみせるも、内心、彼は気が気でなかった。
なんせ、謁見の間からさらに奥、国王本人か、あるいは彼に相当近しい人物でなければ、入るどころか存在を知ることさえできない部屋に案内されたのだから。
「でも、よろしかったのでしょうか? 私をこのような大切な場所に招き入れてくださるなんて……」
「――よい、ロイ君が気にするようなことでは断じてない」
「しかし――」
「娘の友達と娘のことについて語るのに、その親が
すると、アルバートは目の前のテーブルにあったワインのグラスを宙に掲げて、月明かりに照らされているワインの紅を目で楽しむ。
そしてさらに信じられないことに、ロイはその部屋で、アルバートと対面してワインを飲むことになった。
一応、このグーテランドでは15歳からワインが飲めるように法律で決まっている。
だからロイが飲酒しても法律上、なにも問題はないのだが――問題がないことと、どうしても緊張してしまうことは、必ずしも同義ではない。
「話を急かすようで恐縮ですが、……娘、つまり王女殿下について、なにかご用件があったのでしょうか?」
「あぁ――、他でもない、ヴィクトリアとの今後ことだ」
「今後のこと、ですか?」
アンニュイな感じを
彼は香りを楽しんだあと、ワインを静かに一口、口の中に含んだ。
思わずロイも同じようにして、ワインを舌の上で転がす。
先ほどコッソリ、ラベルに張られてあった情報を目にしたのだが、どうやらこのワインは100年近く熟成されていたそれらしい。
ロイの前世を基準に考えるならば、ボトル1本で最低でも4~5万円近くするだろう。
最低でなければ、もしかしたら7~8万円もするかもしれない。
その上、情報を付け加えるならば、このワインはいわゆる王室御用達のワインだ。
口に含むだけでこの世のモノとは思えない快楽が襲ってくる、それぐらいの美味であった。
「率直に言おう、娘と、ヴィクトリアと、ずっとお友達でいてやってくれ」
「それはもちろんです。それに約束もしました」
「そうか――」
「――はい」
ロイは真剣にアルバートの目から視線を逸らさない。
仮にアルバートがこの国の王でなくとも、このように真面目な話をする時、相手の目を見て話すのは、最低限の礼儀というモノであった。
ロイのその考えを見抜いてか否か、フッ、と、アルバートは口元を緩めると、だがしかし、少しだけ悲壮感を滲ませた声音で話を続ける。
なにかに思いを馳せるように、少しだけ天井を仰ぎながら。
「少し、昔の話をしよう」
「昔の話、ですか?」
「ヴィクトリアには以前、専属の護衛を就けていた時期があった」
「護衛って、まさか……」
もしその護衛が今も健在ならば、ロイが今の役職でヴィクトリアの傍にいることには、まずならなかったはずだ。
逆を言えば、ロイが今の役職にいるのは、その護衛になにかしらの事情があってしまったという証明である。
ロイは即効でその結論に辿り着く。
慧眼を以ってロイの内心を察したアルバートは、けれどあえて、自分が重く言うとロイも重く感じるから、軽く言うように努めようと思った。
「あぁ、しかし、なぁ……その護衛はヴィクトリアを狙う不届き者からヴィクトリアを守る際に、死んでしまった」
「――――っ」
それが、王である、ということなのだろう。
自分の娘がいつ殺されるかもわからない。そして娘に護衛を就けるということは、その護衛の命をわかっていて危険に晒すということだ。無論、その娘と娘の護衛の危険性の上位互換が、自分と自分の護衛である。
ロイの想像を絶している。
ロイもロイで戦争に巻き込まれそうになっていろいろな覚悟もできてきたが――日常的に暗殺に備えていて、実際に人死も経験したことがあるアルバートは、こういう会話を1つ取っても落ち着きの度合いがロイとは違った。
「ところで、ロイ君」
「な、なんでしょうか?」
「今の話を聞いて、君は私になにも思わないのか?」
「どういう意味でしょうか?」
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