2章8話 友達、そしてまた約束(2)



 ロイは先刻、全ての友人関係に共通する普遍的なルールとして、どんな関係だとしても、当人同士が互いに、こいつは自分の友達! と認め合っていることがある。

 そうヴィクトリアに言った。


 だが、果たして、ヴィクトリアが言うようなことをすれば、それは友人関係と言えるのだろうか。

 いや、実際に言う人はいるだろう。男性なら特に。


 しかし、当のロイ本人はそういうふうに言うことができなかった。

 もっと深く言ってしまうならば、それをいたしてしまえば、ヴィクトリアのことを、この子は自分の友達! と、言えなくなってしまう気すらしていたのだ。


 そのことは言葉にしたロイはもちろん、言われた側のヴィクトリアも理解していた。

 だから――、


「――ロイ様」


「なにかな、ヴィキー?」

「わたくしはもしかして――いいえ、もしかしなくても、友達を作るのに、すごく必死だったのでしょうね」


「――――」

「初めての友人を相手に、関係を繋ぎ止めるのに必死で、きっとわたくしは浮かれていた、のでしょうね」


 その見解、自己分析は正しい。

 ヴィクトリアは当然、王女といえども年頃の女の子として、子どもの作り方や、異性の喜ばし方を知っている。


 なのに、友達に対する憧れは子どもレベルなのである。

 ロイの前世で言うところの、小学校に入ったら、友達100人できるかな、という憧憬しょうけいを、100%ではないにしても、心のどこかで完璧に否定しきれないのがヴィクトリアなのだ。


 知識は年相応なのに、憧憬は子どもの頃のまま。

 そのギャップが、先刻のようなアクションに繋がったのかもしれない。


 しかし――、


「でも、少し安心したよ?」

「安心ですの? わたくしの友達は間違っておりましたのに?」


「う~ん、不幸中の幸いというか、不安の中に少しの安心があった、って感じというか」

「むぅ! わたくしにもわかるように言ってくださいまし!」


 プンプンと擬態語が聞こえてきそうなほど可愛らしく不機嫌になるヴィクトリア。

 彼女のことを微笑ましく思いつつも、ロイは笑うのを少しでやめて、上手く伝わるかどうかは微妙だが、とりあえず説明してみることにする。


「いや、疑問だったんだよ。今日、ボクの前では裸になったのに、前回、みんなと一緒の時は、裸になるにしても、それ以外にしても、そういう傾向の行動を取らなかったのはどうしてだろう、って」


「前回はデートでしたから、基本的に公衆の面前だったではありませんか!」

「うん、ボクもそれに気付いたんだ。つまりそれって、いくら友達っていう概念に対して、少し……、なんていうか……、アレなヴィキーでも、思考能力は完璧にストップしていないんだなぁ、って」


「わたくしをおちょくっていますの!?」

「違う違う。友達に対して憧れを抱いているヴィキーでも、それに対して盲目になっているんじゃなくて、目の前が見えているなら、きっと、ボクとも、みんなとも、さっきみたいなことをナシに、友達でい続けられるよ」


「――――」

「だからヴィキー、尊重するのはOKでも、媚びを売るのはナシにしよう」


「――――」

「どう?」


「――わかり、ましたわ」


 すると、なぜかヴィクトリアは椅子から立ち上がり、対面の椅子に座っていたロイの正面に立つ。

 部屋の音の一切は静まり返り、ロイとヴィクトリアは互いに視線を外さない。


 見つめ合う2人。

 冷めた紅茶の残り香が、名残惜しくも空気に溶けて2人の鼻孔をくすぐるその雰囲気の中で、ついに、ヴィクトリアはその花の蕾のように可憐な桜色の唇を開いた。


「言い訳のように聞こえるかもしれませんが、わたくしだって、異性の前で裸になることに対して、微かな違和感はありましたわ。無論、身体を許すことも。仮定の話として、誰か友達、いえ、友達もどきが強引に誘ってきたら流されてしまう可能性はありましたが、心のどこかでは納得できなかったでしょう」

「うん」


 と、ロイは静かに相槌を打つ。


「無論、わたくしの身体はまだ純潔ですし、裸も、異性に限定するならば、ロイ様とお父様以外に晒したことはありません。ですが――」


「ですが?」

「それは結果的にそうなったというだけで、わたくしの貞操観念ならぬ、友達観念が危うかったことには変わりません」


「――――」

「だからわたくしは、より、考えて友達と接しようと思いますの」


「それはいいことだと思うよ」

「それでロイ様、1つだけ、お約束してくださいまし」


「約束?」

「姫として勅令ではなく、友達もどきの媚びでもなく、お願いですから、もしいつか戦場に立ったとしても、亡くならずに、生きて、わたくしのところに帰ってきてくださいまし」


 流石のロイも、どうしてこのタイミングでヴィクトリアがこのような約束を持ち出してきたのかはわからない。

 ヴィクトリアの過去になにがあったのかも、まだ出会って1ヶ月も経っていないのだから、知らなくて当然だろう。


 だが、その、戦場に赴いても生きて帰ってくる、という約束は、友達同士の約束として、美しく、綺麗だと感じた。

 その約束に至った理由がわからずとも、言葉の響きが尊かった、というそれだけの理由で――、


「もちろんだよ、友達を置き去りにして、ボクは旅立たない」


 ――ロイが頷くには充分だった。


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