2章7話 友達、そしてまた約束(1)



 場所は移っていないが、時は移ろいでおり、すでに窓から見える外の世界はオレンジ色に染まっていた。

 ヴィクトリアに服を着直させたあと、ロイはかなり真剣な表情かおで彼女に話を切り出した。


「ヴィキーにとって、友達って、なにかな?」

「ろ、ロイ様……怒っていらっしゃるので?」


「あっ、ゴメン、そんなつもりはないんだ……。ただ、怒ってはいないけれど、けっこう真面目な話がしたくて……」

「――そうですの、わかりましたわ」


 誤解を正すと、ヴィクトリアの方も認識を改めたらしく、相応の表情になってロイのことを正面から見つめた。

 テーブルを挟んで座るロイとヴィクトリア。2人の間にはどこか、友達同士には少々、似つかわしくない寂しい雰囲気が漂っている。


「ボクはきっと誤解していた、ヴィキーの中の、友達に対する認識を」

「誤解、ですの……?」


「うん。ヴィキーはさ? 友達同士なら、どんなことをしても許されるのが……いや、違うかな。なんていうか……ヴィキー本人は友達になにをしていいか悪いかはキチンと考えるだろうけれど、相手にどんなことをされても許してあげるのが、そういうのが友達だって思っていない?」

「そう、かもしれませんわね、指摘されてみれば」


 ヴィクトリアは普段オテンバだが、王女というだけあり、本来、聡明な女の子だ。

 この会話の流れで、恐らくロイから見て自分に間違いがあるから指摘されたのだ、と、すぐに理解して、素直に受け止めた。


 翻ってロイの方はわずかに、ヴィクトリアを取り巻く環境を内心で恨む。

 一応とはいえこの世界の住人として、ロイだって王女という存在がどういう立場なのか、この世界の社会通念に基づいて理解できている。


 しかし、恨んだってどうにもならないことを頭では理解しているが、ヴィクトリアの『これ』は誰か教えてあげるべきだろう。

 いくら王女といえども、いつまでも無菌室おしろで暮らしていくわけではないのだから。


「もしかしたらこの世界には、互いに尊重し合えない友人関係っていうのもあるかもしれない。互いに一緒にいることを、あまり楽しく思えない友人関係っていうのもあるかもしれない」

「それは……もしかしたら、そうかもしれませんわね。特に、友達よりも過度に自分の方を優先する、ってお方が2人以上揃えば、そういうコミュニティもで来やすいでしょう」


 静かに少しだけ俯くヴィクトリア。

 そんな彼女に、ロイはあまりよくはないが、外の世界で起きうることも語り始める。


「そして、窃盗とか、暴行とか、麻薬とか。あまり認めたくないけれど、世界には友人を悪いことに誘ってくる人だっているんだ。挙げ句の果てには、実際になにかをする友人関係だって、残念だけどあるんだよ」


 でなければ、世界に犯罪グループなんて概念は生まれてこない。

 ロイにとっても、ヴィクトリアにとっても、そういうのは認めたくないが、だが、事実として世界に存在している。


「――それは、わたくしも存じ上げておりますわ」


 それを真正面から言葉として指摘されて、ヴィクトリアは悲しそうな声で肯定した。

 しかし、ロイはそれに対して、逆説の言葉で続ける。


「でも、ね? いい関係でも悪い関係でも、どんな友人関係にも絶対に1つだけ共通しているところがあるんだ」


「それは――?」


「どんな関係だとしても、当人同士が互いに、こいつは自分の友達! って、そう認め合っているところだよ」


 ポカンとするヴィクトリア。

 その表情かおは紛うことなく、なにを当たり前のことを言っているのでしょう? と、目の前のロイに訴えていた。


 だが、そう思った次の瞬間、ヴィクトリアは意外にもロイの発言を否定できないことに気付く。

 自明だ。当たり前だからこそ、基本的に反論されず社会にその認識が広がっているのだから。


「そういえば、ヴィキーは……、その……、ボクの前で裸になったけれど、ボクにだったらどこまでできる?」


「どっ、どこまで……!?」


「いや、うん……ゴメン。非常にセクハラを口にしているっていう自覚はあるんだけど、これを訊かないと話が進まないから」


 すると、頬に乙女色を差して、ヴィクトリアは口もとを手で隠すように恥じらった。


「んっ……、その……、わたくしは……、えっ、と……、ロイ様が相手なら身体を許すことも、いといませんわ……」


「――マジ?」


「――大マジですわ」


 見るからに羞恥心を抱いていたものの、ヴィクトリアの瞳は揺れているが本気だった。

 彼女の悪い本気を察して、ロイにしては珍しく、彼はオーバーリアクションで突っ込んだ。


「いやいやいやいや! でもそれ、仮にするとしても、ヴィキー本人はノリ気じゃないよね!?」


 小さく、コク……と、頷くヴィクトリア。

 こんな様子の彼女に、ロイは優しく、怒るのではなく諭すように、改めて話を続けた。


「あのね、ヴィキー」

「はいですわ」


「まず普通、友達同士だからって、身体を許すなんてありえないよ。もちろん、裸を見せることだって。いや、もしかしたら、本人たちはどう感じているのかは知らないけど、周りから見たら少しただれているそういう友人関係も、たぶん、どこかにはあるのかもしれない。けど――」


「――けど、なんですの?」

「ボクはそれを正直、友達同士ですることとは思えない」


「――――」

「すると必然的に、ボクがさっき言ったことに当てはまらなくなるよね?」


「それは……、その……」


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