2章3話 説明、そして戦慄(1)



 その後、ロイとヴィクトリアとアリシアはの要塞の中にあるヴィクトリア専用のVIPルームを訪れた。

 アリシアがその扉を開けて、先に入ったヴィクトリアがロイに言う。


「どうぞですわ、ロイ様」


 そしてアリシアからも手で先に入るように促されて、その部屋に入った瞬間、ロイは驚きのあまり言葉を失う。

 その部屋が、あまりにも豪華すぎたからだ。


 部屋の広さはロイが在籍しているグーテランド七星団学院の一番大きいサイズの講義室と同じぐらい広く、シャンデリアがぶら下がっている天井までの高さは優に3mを超えているだろう。

 一番目を惹くのは天蓋付きのプリンセスサイズの高級ベッドで、その隣にはこの世界でかなり有名なブランド、その中でも一級品のサイドテーブルがあった。


 窓際には使用目的で作られたのではなく、芸術作品として創られたのでは、と、勘繰りたくなるレベルでデザインが洗練されたテーブルと、それを囲むような4脚の、いわゆるロイの前世でいうフレンチ・カブリオレの椅子もある。

 このVIPルーム全体を完璧に暖める暖炉が壁際にはあり、それが大理石でできているなんて、実際に見てもなかなか信じることができない。言わずもがな、大理石でできている暖炉なんて、ロイはこの日、生まれて初めて目にしたのだ。


 床に広がる赤い絨毯じゅうたんには、金色の糸でところどころに刺繍が施されていて、その刺繍の一部分だけでも、どこかに売れば平民なら1ヶ月丸々働かなくてもいいぐらいのお金が入ると推測できる。

 壁には子どもでも知っているような超有名画家が描いた絵画が、宝石をあつらえた額縁に入れられて飾られていた。


「とりあえず、窓際の椅子に座ってくださいまし! ここからの眺めが、本当の本当に最高なんですもの!」

「う、うん、そうだね」

「では、そのようにいたしましょう」


 ヴィクトリアが提案して、それにロイが曖昧に頷いてアリシアが決定する。

 そして一応、ロイとヴィクトリアは友人関係ではあるが、彼女を上座に座らせる形で3人は席に着いたのだった。


「それでロイ様、なにからお聞きになりたいですの?」


 部屋に予め待機していたメイドがヴィクトリアの目の前、テーブルの上にソーサーと紅茶の入ったティーカップを給仕する。続いて、メイドはヴィクトリアの次にロイとアリシアにも紅茶を差し出した。

 そうして、ヴィクトリアは紅茶の香りを楽しんで、口に一口含み、視線でロイに促してくる。聞きたいことがあるなら今のうちに全部を、と。


 一瞬、ロイは考える。

 で、刹那に考えをまとめ終えると、ロイはヴィクトリアと、加えてアリシアに疑問をぶつけた。


「まず、ボクが前々から疑問に感じていたことを訊かせてもらうよ。これは重要なことで、これを確認しないことには、ボクはなにもできないと言っても過言ではないからね」


「もちろん! かまいませんわ。ねぇ、アリシア」


「姫様はずいぶんとロイさんをお気に召したようで」


 許可は得た。ロイは覚悟を決めるように、いったん深く息を吸って、そして吐く。

 まず間違いなく、ロイが『次の質問』をすれば、返ってくるのは国を揺るがしかねない答え、情報だろう。


 つまり後には引けない、前に進むしか他に道がない。

 それを覚悟した次の瞬間、ロイは真剣な眼差しで2人に問う。


「なんで、国王陛下とヴィキーは王都の星下せいか王礼宮おうれいきゅう城ではなく、今、ツァールトクヴェレにいるのかな?」


「「――――」」


「2人がここにいるということは、恐らく、このツァールトクヴェレで重大なことが起きるということなんだろうけれど……今、王国に、そして魔王軍に、なにが起ころうとしているの?」


 その質問を受けて、ヴィクトリアとアリシアは真剣な顔つきになり、そして互いに顔を見合わせる。

 そしてヴィクトリアは手を軽くアリシアの方に動かして、彼女に説明を譲った。


 決して自分が楽をしようとしたのではない。

 アリシアの方が誰かになにかを説明することが上手だし、そしてヴィクトリアよりも論理的で、七星団という組織の内情にも詳しいのだ。


 事実、ヴィクトリアの選択は正しく、確かにここはアリシアの出番であった。

 それを本人も理解しているからこそ、ついに、彼女はロイに『この国の現状』を伝えようと口を開いた。


「聞き及んだ話になりますが、ロイさんは初めて国王陛下との謁見を許された時、視察地、という言葉をお聞きになられたと思います」

「――はい、そのとおりです」


「でも、冷静に考えて、視察をするということは、なにかしらの視察するに至った理由があるのが自明というモノですよね?」

「――あっ」


 そのことに、ロイはようやく気付く。

 当事者ならば、このことに気付いて当たり前だ。しかしロイは今まで少しだけ遠いところにいて、正式に当事者の仲間入りを果たしたのはつい先刻からだった。


 気付けなかったのは仕方がないといえば仕方がないのだが、ロイは猛烈に後悔する。

 もしもそのことを、別荘に残してきた大切な人たちに伝えることができていたなら、と。


「結論から申し上げます」


 と、アリシアがロイの知る中で一番シリアスな口調で続きを語る。


「未来視ができる魔術師もいる参謀本部からの情報によりますと、今から約6週間後に、魔王軍の大規模侵攻が、国境付近の紛争地帯で開始される予定なのです」


「……っ!? 侵攻そのものは耳にしていましたが、そんなに早く!?」


「もちろん、国王陛下と姫様は侵攻が開始され、迎撃戦が始まる数日前には王都に帰還なされます。でも、少なくともこれで視察の理由は理解できましたよね?」


 ロイは思わず項垂うなだれる。彼の視界に今、入っているのは自分の膝と足ぐらいだった。


 だが、いつまでも絶望している暇はない。

 切り替えて、ロイは顔を上げると、キッ、と、強い意志を宿した双眸で、再度、アリシアに問う。


「なぜ、このタイミングで大規模侵攻が? 今までも小競り合いはあったでしょうけれど、少しは落ち着いている状態だったはずじゃないんですか? だからボクも王都で平和に暮らせましたし、少なくとも、一般人にはそのような情報が与えられていましたけれど……」


「それがわからないのが困ったところです」

「わからない? 確定している情報でなくとも、既存の情報で推測ぐらいは――」


「それも踏まえて、目的が一切不明、と、なっているのです」

「そんな……」


「未来視が得意な特務十二星座部隊の序列第4位、【巨蟹きょかい】のシャーリさんさえ未来にプロテクトがかかっていて上手く視れないと仰っていました。よほどこちらにバレたくない目的のようですね」


 相手の目的がわからなければ、守るべき対象や、部隊の構成と配置、相手の部隊構成の予測、相手の出方、その全てがハッキリしないということになってしまう。

 それだけで、こちらはかなり不利な状態から戦いを始めなければならないことになってしまうのだ。


 だからこそ――、


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