1章11話 別れ、そして約束(2)



 その瞬間――全員が全員の顔を見合わせた。


 ロイは真面目に王国七星団の人間がここにきた理由を考え始めて、そんな彼のことをシーリーンは心配して、アリスは瞬時に年下グループの様子を確認した。

 イヴはあまりにも急なことに周りをキョロキョロ見回して、マリアはそんな彼女の手を握ってあげている。


 リタはなぜか真剣な双眸で、、この中で一番気弱なティナは涙目になってしまう。

 そしてクリスティーナがメイドとして、ドアを開けて来客に応じるべく、立ち上がった。


「お姉ちゃん、わたしたち、なにも悪いことをしていないよ?」

「大丈夫ですからね? 何事も、まずは相手方の用件を確認してからにしましょう」


 別に、七星団の人間が怖いというわけではない。恐ろしいというわけでもない。

 それは一番気弱なティナだって理解しているし、実際に彼女ですら、本当に怖いとも恐ろしいとも思っていない。


 当たり前だだろう。七星団の人間はロイの前世に当てはめるならば、一種の公務員なのだから。

 自ら志願して街の平和を守る人間や、自分の命を懸けて敵と戦うような人間を、そのように思う必要性は極めて低い。


 だが、なのになぜ、ここにいる全員がここまで戦慄したのか?

 結論としては各々、若干ニュアンスは異なるだろうが、1つ、共通して危惧しているポイントがあったからだ。


「お勤めご苦労様です、七星団の団員様。本日はどのようなご用件でございますか?」


 クリスティーナは低い物腰で、当たり障りなく七星団の団員3名を迎え入れた。

 3人とも魔術師ではなく騎士なのだろう。制服の色が黒ではなく白だった。


「ロイ・モルゲンロートはいるか?」


 先頭に立っていた3人のうちの1人が問う。

 ロイは誤魔化せるとは思えなかったので、早々に立ち上がり――、


「ボクがロイです」


 ――と、その騎士の問いに応じた。


「ボクに……なにかご用でしょうか?」

「然り、我々、王国七星団は君にぜひ、助力を願いたい」


 ぜひ、とか。願いたい、とか。そのような言葉を使っていたとしても、ここにいる全員が理解している。

 いい意味だとしても、悪い意味だとしても、これは強制に他ならない。


 そう、言ってしまえばこれは徴兵だった。

 刹那、先頭の騎士はひと呼吸置く。そして一拍置いてから、ロイに続きを語った。


「近々、魔王軍との大規模な戦闘が行われる可能性が極めて高い。君には七星団に仮入団して、その時、魔王軍と戦ってもらいたい、ということだ」

「――――ッ」


「特務十二星座部隊の【獅子】、キングダムセイバーであらせられるエルヴィス様が見込み、同じく【人馬】、王国最強の錬金術師であらせられるフィル様と戦い、そして生き抜いた君の実力を、ぜひとも貸してほしいのだ」

(――そう、か。これを知っていたから、彼女はボクに依頼を――――)


 薄々、そうなのではないか、と、察してはいた。そう察することができる情報が、すでにいくつか揃っていたからだ。

 ゆえに、ロイの返事も決まっている。


「――わかりました。ボクに、お手伝いできることがあるのなら」


 覚悟が伝わるような声音で、そして決意がありありと窺えるような双眸で、ロイは七星団の人の誘いにYESと答える。

 その覚悟は竜の炎よりも熱く、その決意は王国の城壁よりも遥かに固いのだろう。


 口にした瞬間、ロイが思い出したのはとある少女とのやり取りだった。

 神秘的なパープルの長髪と、それと同じ色の幻想的な瞳を持つ少女。即ち、神様の女の子とのやり取りである。


 そう、ロイは彼女に宣言したのだ。

 困っている誰かを助けるのに、理由なんていらないはずだ、なんて格好付けて。


 だが、格好付けていたとしても、その道理に間違いはない。

 正しさの極致にあるようなその道理を撤回する理由がどこにもないなら、これ一切臆おくする必要はなく、威風堂々としていればいい。


 そう考えたのだろう。

 だからロイは迷う素振りも見せず、淡々とそう答えられたのだ。


「ロイくん……」

「――ロイ」


 シーリーンとアリスが、切なそうにロイの名前を口にする。

 将来を約束した恋人が、自分の意志とはいえ戦場に往くのだ。まるで胸が締め付けられるように切なく最愛の人の名を呼ぶのは必然だった。


「お兄ちゃん……」

「――っ、弟クン」


 そしてやはり寂しそうに、イヴとマリアもロイのことを呼んだ。

 長い間を一緒に過ごした兄が、弟が、自分たちの元から離れようとしている。その事実はイヴとマリアに寂しい思いをさせるには、残酷なほど充分である。


「センパイ……」

「……、先、輩……」

「――ご主人様」


 不安そうに、リタとティナ、そしてクリスティーナがロイのことを呼ぶ。

 3人は恋人というわけでも家族というわけでもなかったが、流石にこういう時、どのような表情かおをしていいか分からないのだろう。


 しかし、ロイは一様に悲しそうなみんなに向けて、笑顔を浮かべた。

 まるで、ボクのことは心配しないで、と、言わんばかりに。


「ねぇ、シィ」

「っ、なに、ロイくん?」


 穏やかな声音で、ロイはシーリーンを愛称で呼びかける。しかし翻って、シーリーンの返事はどこか震えていた。

 当たり前である。いくらロイが優しく微笑もうが、そこに不安はあっても、逆に欠片かけらも安心はないのだから。


「そういえば、さっきの話だけど、シィとの約束をまだ決めていなかったね」

「――――っ」


 シーリーンは全てを察する。また、彼女だけではなく、一様に他の少女たちも、ロイが言わんとすることを、望まんとすることを、流れるように察してしまった。

 わかりたくなくても、わかりやすすぎて、わかってしまう。


「早く、決めちゃおうか」

「ロイくん……っ」


 ロイがこのタイミングでシーリーンとの約束を持ち出したのには、彼なりの理由があった。


 ロイは自分で自分のことを、約束を絶対に破らない男、とまでは断言できなかったものの、約束を破ったら罪悪感に苛まれる男、とは自覚していた。

 そして事実、確かに彼は他人との約束を破れば罪悪感を覚える少年だし、その他人とやらが、ここにいる7人の少女であればなおさらである。


 たとえ百の戦場を超え、千の屍を味方と共に積み上げて、万を超える悲劇に直面したとしても、もしかしたら――、

 ――シーリーンとの約束があれば、生きて帰るための希望になり得るかもしれない。


「――――っ」


 一方で、シーリーンはロイのように、即断即決できなかった。


 とはいえ、ロイの判断が常軌を逸して早すぎるだけで、普通、シーリーンのように迷ってしまうのが当たり前のはずだろう。これは彼のように戦場に往く騎士だけではなく、その者の周囲の人間にも大きな影響を与える人生の岐路なのだ。

 決断を下すのに、慎重になって、慎重すぎるということは絶対にない。可能ならば可能なぐらい、限界まで悩むべき事柄である。


 無論だ。シーリーンに知る由はないが、ロイは神様の女の子と再会した時から、こうなった場合、こう応えると決めていたのだから。

 逆に、シーリーンにはこうなった場合、どう応えるかを決めるキッカケが存在しなかった。


 だが、どのように応えるかを早々に決めないと、刻々と時間が無慈悲に過ぎていくだけなのも理解していた。

 七星団の人間が、シーリーンがロイになにも言えない、そう判断された時点でアウトなのである。


 が――シーリーンはなにも思い付かない。


 だから、逆に考えた。

 自分がなにを約束したいのかではなく、ロイが、約束する相手がなにを約束してほしいのか、を。


 瞬間、自分の中でなにかが腑に落ちた。

 まるでジグソーパズルの最後の1ピースを埋める時のように、なにかがスッキリと、キッチリと、寸分の狂いもなく完成した感覚が胸の奥に芽生える。


 自分はロイにこう言うべきだ。

 ロイは自分にこう言われるべきだ。


 それが唐突に頭の中に浮かんだのだった。

 そうして、シーリーンはここにいる少女たちを代表して――、


「ロイくん、必ず生きて帰ってきてね? 約束だよ?」

「大丈夫だよ、シィ、それにみんなも。ボクはみんなを残して先に死なない、絶対にだ」


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