1章10話 別れ、そして約束(1)



 翌日――、

 純白の積雪が朝日を反射させている清々しい朝――、


「な~~んで、シーリーンさんは弟くんにずっとくっ付いていて、アリスさんは顔を赤らめて弟くんと目を合わせようとしないんですかねぇ……?」

「え……っと、それは、その……」


「秘密です♪ ねぇ~、ロイくん?」

「~~~~っ、ロイのケダモノ……」


「……怪しいですね」


 朝食時、唐突にマリアが3人に対してそういうことを指摘した。


 ちなみに、席順は上座にロイとシーリーンとアリス、3人から見て右側のソファにイヴとマリアと、「メイドの身でございますのに……とても恐縮でございます」と隣に座らせてもらっているクリスティーナ、3人から見て左側のソファにリタとティナ、という感じである。


 さらにちなみに、朝食はクリスティーナの手作りだった。

 真心を込めて作ったパンとベーコンエッグ、トマトやコーンも入っているサラダ、そして冬の朝に飲むと芯まで温まるようなスープという内容で、かなり豪華な朝食になっている。


「昨日の夜、なにかあったの、お兄ちゃん?」

「みんなに喋るようなことはなにもなかったよ」


 ウソは言っていない。

 イヴの言うところの『なにか』はあったのだが、『みんなに喋るようなこと』は、確かになにもなかった。


 要するに厳密には、ロイはイヴの質問にキチンと答えていないのだ。

 イヴもマリアもそのことに気付かないまま、何事もなく穏やかな朝食は進んでいく。


「なぁ、イヴ、ティナ、今日はなにしよっか?」


 リタがフォークでベーコンを口に運びながら同学年グループの2人に訊いてみた。

 すると、イヴが口に入れていたパンを咀嚼して、嚥下えんげしたあと、思い出したように答えてみせる。


「そういえば、市街地の温泉宿って、宿によっては宿泊客以外でも、お金を払えば中の温泉に入れるらしいよ?」

「じ……地元……の……方々……が……憩、いの、場……として、観……光客ではな、いけど、入浴す……る場合も多、い、んだって……」

「そっか! なら市街地に戻って、前とは別の温泉に入るのもいいかもな!」


 無邪気にはしゃいでいるのはリタだけだったが、イヴとティナも、彼女の決定に特別、異論はないようだった。

 と、ここで思い出したように、リタがロイたちに向き直る。


「センパイもどう? っていうか、温泉、みんなで一緒に行かない?」

「ボクは全然、大丈夫だけど――みんなは?」


 ロイはテーブルを囲うみんなのことを見回した。

 で、真っ先に反応したのはシーリーンだった。


「うん、シィも大丈夫だよ。またロイくんと一緒に混浴したいなぁ♡」

「――って、ちょっと、シィ」

「なに、アリス?」


 シーリーンの発言に、すかさずアリスはツッコミを入れる。


「いや……流石に今日の温泉に混浴はないと思うわよ。仮にあったとしても、貸し切りではないでしょうから、男性も女性も、他の入浴客と一緒だと思うわ」


 要するに、自分の身体を他の男性にも見られる可能性がある、と。

 加えて逆に、ロイが自分たち以外の女性の身体を視界に入れてしまう可能性もある、と。


「あっ、そういえばそうだね……。うぅ~~」


 シーリーンは涙目でロイのことを上目遣いで見つめてくるが、そればかりはどうしようもない。

 ゆえに、ロイは1つ、代替案を出すことにした。


「ボクもシィと一緒に入れたらもちろん嬉しいけど――」


「あ~、センパイ、えっちなんだ!」


「いや、リタ、普通に恋人同士、あるいは友達同士で一緒に入れたら楽しいし、逆にひとりだったら寂しいよね、っていう意味だったんだけど……まぁ、それはともかく、この別荘の浴場も温泉なんだし、それを使うのは?」


 ロイは様子を窺うようにシーリーンに提案する。

 確かにロイの言っていることに間違いはない。この別荘には昨日確認したとおり、温泉が備わっているし、実際にほんの数人なら、一緒に入浴することも可能な広さだった。


 だが、反論は別のところから飛んできた。


「わかってないなぁ、センパイは! 自宅から飛び出して、冒険感覚でまだ見ぬ街の温泉を探して、選んで、その過程を経て入浴するからワクワクするんじゃん!」


 と、ドヤ顔のリタ。


「お兄ちゃん、ここの浴場って、昨日も入ったよ?」


 と、少しつまらなそうなイヴ。


「えぇ……」

「ご主人様、これは難題でございますね」


 どうやらこの2人は早々に、この別荘の温泉にマンネリを感じ始めているようだった。


 が、実はロイも、その感覚がわからないわけではない。

 たとえば市街地の温泉宿のほとんどにはツバメの湯、ツグミの湯、ツツドリの湯、みたいに浴場が3つか4つはある。しかしこの別荘には当たり前だが、浴場が1つしかない。加えて、湯船が広いといえば広いのだが、やはり当然、5人以上で入浴するようには作られていなかった。


 だからだろう。ロイは、そして彼以外のシーリーン、アリス、マリア、ティナ、クリスティーナも、イヴとリタの意見にそこまで強く反論しない。

 むしろマリアとクリスティーナの比較的大人びている組は、イヴとリタならそういうふうに思うはずだ、と、ナチュラルに認めていた。


「どうしますか、弟くん?」

「仕方がない――シィ」


 ふと、ロイがなにかを決めた感じを窺わせつつ、シーリーンに呼びかける。

 それに対して彼女は可愛らしくキョトン、と、小首を傾げてみせた。


「今すぐに実行できるわけじゃないけど、なにか、一緒に温泉に入ることの代わりになりそうなお願いってないかな?」

「お願い?」


 と、シーリーンは復唱する。


「あ~、お兄ちゃん、わたしにもお願いする権利がほしいよ!」

「シーリーンセンパイ、それはズルいぜ!」

「う……、んっ……、少、し羨ま、し……い、か……な」


 イヴはロイにねだるように甘い声を出して、リタはシーリーンにジト目を向ける。

 さらにはティナまでもが心底、羨ましそうに、そして寂しそうに、自分でも気付かないうちに呟きを漏らした。


 もしかして不公平だったかな? 少し失敗したかな?

 と、ロイが内心で反省し始めた、その時だった。


 コンコンコン、というノックと、そして――、

 ――「我々は王国七星団の者だ!」という声が別荘のドアの外から聞こえてきたのは。


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