1章3話 旅行延長、そして別荘(1)



「そろそろ別荘に着くから、念話、切るね?」

『仕方がありませんわね。それではごきげんよう』


「うん、バイバイ」

『とはいえ、またすぐに会えると思いますけどね』


「えっ、それって――」


 と、そこでヴィクトリアからの念話が切れた。

 本当に周りを混乱させる女の子である。


 結論から言うと、旅行は延長となった。

 宿泊施設の利用日数は今日までだったのだが、せっかくロイが別荘を手に入れたのだ。そういうことで、もう少しここに留まって旅行を満喫しよう、と、そのようにみんなで決定したのである。


 それに、ロイは去年(といっても数日前だが)の殺し合いでかなりの傷を負っていた。

 彼の体調のことも考慮して、肉体的にも精神的にも落ち着いてから、充分に休むことが難しい寝台特急に乗って帰ろう、ということになっている。


「ここでございます」


 不意に、地図を持って案内役を務めていたクリスティーナが足を止める。

 ここはツァールトクヴェレの郊外にいくつもある高台のひとつ、その中間付近の木々が開けたエリアだった。その開けたエリアの中央には、確かに木組みで3階建てのコテージが建っている。


 ロイはなんとなく、前世の雪の積もったヨーロッパにありそうな山小屋を思い出す。


 とはいえ、人が暮らすことを前提に作られた建物ということを考えれば当たり前だが、そこまで厳しい環境ではない。

 登ってきた高台もジョギングには打って付けぐらいの斜面、道のりだし、雪も猛吹雪が常に発生しているというレベルではなかった。むしろ10cmぐらい積もって、雪だるまを作るのや雪合戦をするのに丁度いい程度の環境である。


 それに、徒歩で温泉街まで移動できるというのも別荘としては高評価だろう。

 ロイを勇敢な若者に仕立て上げることで、七星団がどれほど得をするのかはわからない。しかしそれでも、たとえ大金を出して買ったとしても最上位の別荘をタダでもらえた、という評価さえ過言ではない。


「お兄ちゃん、鍵、鍵ぃ♪」

「センパイ、早く、早くぅ!」


 嬉しそうにロイのことを急かすイヴとリタ。

 だが、わかりやすいのはこの2人というだけで、他の女の子たちも、そして当然、ロイ本人も、観光地に別荘を持てるという事実に、間違いなくワクワクしていた。


 そして、ロイはクリスティーナから別荘の鍵を受け取ると、それで開錠して木製のドアを開く。

 そこに広がっていたのは、ゆったりとかなり広くて、なおかつ趣がある小洒落た空間、玄関と境目がないリビングだった。


「わぁ~っ! これがロイくんの別荘なんだね!」


 みんなを代表するようにシーリーンが感嘆を表す。


 ここにいる8人が全員で囲ってもまだまだ余裕がありそうな、ロイの前世で言うところのカブリオレ・レッグなテーブル。

 そしてそのうちの3方向を囲むように、同じくカブリオレ・レッグの高級ソファが用意されており、残りの一方向の正面には外の雪景色を眺めることができる大枠の窓が設置されていた。


 時計は大きな置き型の振り子式の物。

 天井まで届いている、というよりも、建物の一部として壁に埋め込まれている本棚はどこかシックな感じがした。


 壁にはキャンドルが備え付けられていて、夜になれば、さぞ幻想的にリビングを照らしてくれることだろう。

 前世の生活水準が高い世界を知っているロイからすると、全体的に上品でアンティークな感じがするリビングだった。


「ご主人様、僭越ながら、わたくしのスキル、〈守るべき我が主の理想の日常リーバ・マイン・マイスター〉で別荘全体をオールスキャンいたします」


「クリスのスキルで?」


「ご主人様、お忘れではございませんか? わたくしの種族はブラウニー。種族スキルと使えば暮らし、衣食住にまつわる魔術の性能を何段階も底上げすることができるのです。特に住、家屋に関してのスキル発動は大の得意でございます♪」


 自信満々に、低い身長に不釣り合いなほど発育良好な胸を張るクリスティーナ。

 その自信を証明するように、彼女は住に関する魔術を詠唱零砕で発動させた。そして右手の人差し指に淡い暖色系な光が灯ったかと思うと、すぐにそれは別荘の中を駆け巡り始める。


 そして数秒後――、


「スキャン完了でございます。別荘の中に不法侵入者はございませんでしたし、不審物らしき物もございませんでした」

「クリスさん、すごい! う~ん、シィもロイくんと結婚したあとのために、その魔術覚えたいなぁ」


「それと少々、手入れが行き届いておらず埃が被っているところもございましたので、それも大方綺麗な状態にいたしました。また、ほんのごく一部に老朽化している部分もございましたので、魔術で老朽化が進行する前の状態に戻しておきました。エッヘン」

「ありがとう。クリスは本当にすごいなぁ」


「ロイが着々と有名になっているのは、クリスさんの支えがあってのことよね」

「勿体なきお言葉、ありがとうございます、ご主人様、アリスさま」


 陽だまりに咲くタンポポのような笑みを浮かべるクリスティーナ。

 彼女は主人と、その恋人に褒められて、嬉しそうに所在なさげに身体を揺らした。


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