3章10話 挑む聖剣使い、そして迎え撃つ錬金術師(4)



「飛翔剣翼!」


 そう叫び、ロイは速攻で斬撃を飛ばした。

 まるでカマイタチのごとき鋭利な斬撃に大気さえ斬り裂かれ音を鳴らし、飛翔剣翼は風よりも疾くフィルを肉薄にする。


 眼前に迫りくる死の恐怖。

 それには慣れたと言わんばかりに微塵の焦燥さえ窺わせず、フィルは地面に足踏みをする。そして『その場にあった土』を変形させて『防壁』を錬成した。


 瞬間、飛翔剣翼が錬成された土の防壁に激突する。

 土に錬金術を施した以上、その防壁の材質はどう足掻いても土だ。ゆえに本来ならば、飛翔剣翼がそれを斬り刻むのが道理だろう。


 しかし――、


「な……っ、飛翔剣翼がガードされた!?」

「錬金術において、重量を増やすこと、そして材質を変化させることは不可能だ。だが、物質を圧縮して完成品の密度を高めることなら、造作もない」


 こともなく、フィルは心底つまらなそうに言い捨てた。

 事実、本人の語るように彼にとってこの程度の錬金術は造作もなく、児戯に等しい。


 そして、次の攻撃はフィルから繰り出された。

 ロイの斬撃から身を守るために目の前に錬成した防壁。それをまるでドアをノックするかのように軽く叩く。


 その刹那だった。

 土の防壁は水、流体のように形を変えて、津波のようにロイの視界を覆って迫ってきた。


(どうする!? 今のボクはフィルが錬金術のせいで思うように魔術が使えない! つまり、魔術防壁もだ! そしてエクスカリバーには敵の攻撃を迎撃する技はあっても、防御する技はない!)


 一瞬の間にロイは思考を加速させる。

 結果、答えなんてすぐに出た。防御ではなく回避する他に助かるすべはない。


 肉体強化を使えないその身体でロイは必死に足を動かす。

 だが――、


「予想どおりの動きだな」


 土の津波を回避したその先には、あろうことか自分だけ肉体強化を使っているフィルが待ち構えていた。

 その彼はやはり流水のように滑らかで、一切の無駄がない動作で強化された拳をロイに向かって撃ち放つ。


「魔術で負けても、魔術師に近接戦闘では負けられない!」


 騎士の底意地を見せ付けるように、ロイはおのが聖剣でフィルの拳をガードする。

 激突する強化された拳と伝説の聖剣。拳に宿っていた魔力が辺り一帯に嵐のごとく奔流し渦を巻き、聖剣の衝撃がその威力で地面を抉る。


 まるで鍔迫り合いをしているように今なお激突し合っている拳と聖剣。

 いかに聖剣になんらかのスキルがあろうと、使い手は生身の人間だ。それを判断材料に、フィルは強引に押し切ろうと己が右腕に魔力を費やす。翻って、ロイは潔く力負けの予感を理解して、歯を食いしばって無理矢理聖剣でフィルの拳を真上に弾いて逸らした。


 即行、フィルの拳を上手く逸らせたのと理解すると、ロイは聖剣を翻して、閃くようにその刃を彼の喉元に向けて振り始める。

 だが、フィルはそれをバックステップで完璧に避けた――、


「伸びろ!」

「――――っ」


 ――はずだった。

 ロイが聖剣にイメージを流し込むと、聖剣はそれを反映する。


 騎士の望む理想に剣になる能力チカラ

 理想は剣という武器の本来の使用用途から逸脱しない範囲でなければならない。そういう制限も存在するが、それを踏まえても充分に反則級の能力だ。


 数瞬後、ロイのイメージを受け取った聖剣は本来、完璧に躱されたはずのフィルの喉元に再度、その切っ先を伸ばした。


 相手は七星団の一員だ。殺したらマズイ。

 だが――殺す気で戦わなければ、こちらが殺されるのも事実だった。


 ロイは覚悟を決めた双眸で、フィルの首級に狙いをすます。

 が――、


「――【 人体錬成 メンシュアルヒミー・零式 】・ヌルト――」

「なん……だと!?」


 間違いなくフィルの首を獲れたはずだった。

 しかし、技を隠していたのはロイだけではなかったということだろう。


 聖剣が首を斬る直前、フィルは肉体を霧散させて少し離れた場所に再び肉体を出現させる。

 それはまるで、空間転移の魔術のようであった。


 しかし、違う。


 確かにフィルは錬金術においては天才、傑物かもしれない。

 だがロイが値踏みした限りだと、空属性の魔術については(無論、ロイ以上であることは間違いないが)たとえばアリスの姉、特務十二星座部隊の序列第2位、【金牛きんぎゅう】のオーバーメイジであるアリシアには遠く及ばないはずだ。


 そこで、ロイは1つの仮説を立てる。


「自分の身体を一度分解して、別の場所に再構築した……!?」

「やはり君は――殺すには惜しい」


 その反応はロイの指摘を半ば肯定しているようなものだった。

 明確にそれを察するほど、フィルは心底落胆したような視線をロイに向ける。


「実力は私の基準に合わせれば中の下だが……目の付け所と発想の的確さが未熟者のそれではない。光るモノが確かにある。大人になれば、さぞかし名を馳せる騎士になれただろう」


「クッ……」


「反逆者なのが残念だ。君ならば、七星団に入団してもかなり上まで行けるだろうに」


 ウソ偽りなく、心の底から残念そうに言うと――続いて、フィルは自分の隣にあった大木の幹に右手で触れた。

 すると大木は一度分解され、再構築されて、つまり変形の結果、重さ100kgを余裕で超える球体に変貌を遂げる。


 そしてこの森は山の近くになり、立てばわかるほどには斜面になっている。

 フィルはその斜面の上にいて、ロイはわずかに下だった。


「――――ッッ、くっ」


 畢竟ひっきょう、数秒前まで大木でしかなかった球体は、ロイに向かって地鳴りのような音を轟かせながら転がり落ちる。

 当然、ロイは全力で回避するも、その先には――、


「くそ……っ、遠隔錬成まで……ッッ!」


 ――いつの間にか錬成されていた落とし穴が待ち構えていた。

 今度、ロイはそれを真横に跳躍して回避に成功する。


 が、今度は上から蓋の付いた柵、つまり檻が落ちてくる。

 やはりフィルが錬金術で錬成したのだろう。まさに神業と言っても過言ではないほどの創造だった。


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