3章8話 挑む聖剣使い、そして迎え撃つ錬金術師(2)



「少年、名をなんという?」

「――ロイ・モルゲンロート」


「どこかで聞いたことがある名前だな」


「あなたは?」

「フィル・アッカーマン」


 名乗り終えると、七星団の男――フィルはロイに向かって片手を突き出した。

 そしてロイは――、


「最後に、1つだけ聞かせてください。ボクたちは冤罪、無実なのですが、そう言っても信じてもらえませんよね?」

「緊急事態とはいえ、礼状もなき仕事なんて……私としても不服極まる。しかしながら、半ば現行犯のようなモノだからな」


「えっ、現行は――」

「――――往くぞ」


 瞬間、ロイの言葉に聞く耳を持たず、フィルは魔術を発動させた。

 詠唱を零砕しているため、どのような魔術かはわからない。しかし唯一ロイにも理解できた事実があるとするならば、それは――、


「――【 強さを求める願い人 】クラフトズィーガー十重奏デクテット

「ぐっ――ッ! なぜ……!?」


 驚愕に顔を歪ませるロイ。

 そんな彼にフィルは肉体強化の魔術を自らに施したあと、【 魔術大砲 】ヘクセレイ・カノーナを3発も撃った。


 轟々と唸るように迫りくる3発の【魔術大砲】。ロイはそれを肉体強化の魔術を使わずに回避――、

 ――否、肉体強化の魔術を使わなかったのではない。なぜか使えなかったゆえに、生身で回避するしかなかったのだ。


 なぜかこの瞬間、ロイの周囲には無属性の魔力が漂っていなかった。

 そして代わりに他の属性の魔力が、これでもかというぐらい、大気中に普段よりもかなり多く充満している。


「バカな……ッッ、無属性の魔力が他の属性の魔力に書き換わっているのか!?」


「――――」


「だが――ッッ!」


 これではロイは無属性の魔術を使えない。だが逆を言えば、他の属性の魔術は普段よりも強い威力で、安定して撃てるということである。

 エクスカリバーを使うよりも先に、まずはそれが真実か否かを確かめる。ゆえにロイはひとまず、実験と称して【火炎魔弾】フランメクーゲルをフィルに向けて撃とうとした。


 しかし――、


「な……に? 炎の魔術でも発動しない……? 今度は炎属性の魔力がボクの周りから消滅している……?」

「どうした、ロイ少年。剣を持つならばそれらしく、魔術ではなく剣で戦いたまえよ」


 次の一瞬、目の前からフィルの姿が残像を置いて掻き消える。

 そしてロイがフィルの姿を探そうとした次の瞬間、ロイの視界がフィルを捉えたのと同時に、魔術師であるはずの彼は騎士の脇腹に回し蹴りを炸裂させた。


 ゴッッ!!! と、まるで肉を抉るようなグロテスクな音が木霊して、ロイは真横に吹き飛ばされる。

 どんなに少なく見積もっても50kgはある男性の身体が、まるで銃弾のように勢いよく軽々しく飛んでいく。


 そして幹が太めの大木に身体が激突して、ようやくロイは止まることができた。

 しかし当然、その刹那、大木に打ち付けられたロイの背中に激痛が走る。そしてロイはそのまま、大木の根元に身体を落とした。


 マズイマズイマズイマズイ……ッッ!!!!!

 彼我の実力差のロイの脳内にけたたましい警鐘が鳴り響く。必然、すぐにロイはエクスカリバーを杖の代わりにして、片手で脇腹を抑えながら、奥歯を噛みしめながら立ち上がった。


「カハ……ッッ、は、……【 癒しのハイレンデス――」

「治癒魔術など使わせはしない」


 ロイは十数mも蹴り飛ばされたせいで、先ほどまで立っていた位置から離れてしまった。

 だが、そのせいだろう。不幸中の幸い、今、ロイが立っている地点には無属性や光属性の魔力が充分に存在していた。


 これならば普通に【 癒しの光彩 】ハイレンデス・リヒトを使えるはずだ。

 そう察したロイだったが――だがしかし、フィルがパチン、と指を鳴らすと、瞬く間にロイの周辺の無属性や光属性の魔力が別属性の魔力に書き換わった。


「――――ふむ」


 翻り、拍子抜けしたようにフィルはロイに視線を送る。

 国家に対して反逆を企てる輩と聞いていたのだが、実に呆気ない。本当に反逆者か疑わしいぐらいである。


 だが先ほどもフィル自身が口にしたように、ロイは今、半ば現行犯のような扱いなのだ。

 弱いとしても、見逃す道理はどこにもない。


 弱い者イジメのようで気が引ける。

 フィルは心底つまらない仕事、下らない上層部の事情に嘆息を吐き、憐れむような視線をロイに向けた。そしてここに、彼にトドメを刺すべく、右手の人差し指に魔力を宿した。


 が――、


「ク、ハハハ……アハハハ……」


 ――ロイはなぜか、楽しそうに笑い始めた。

 果たしてこの状況でなにが楽しいのか。流石のフィルも不可解と言わんばかりに顔を歪ませロイに問う。


「なにを笑っている?」

「そりゃ、笑ってしまいますよ。あなたの魔術の正体がわかったんですから」


 俯いていた顔を上げるロイ。そこには凄絶な笑みが浮かんでいた。

 犬歯を剥き出しにして、彼は種も仕掛けも暴かれた魔術師マジシャンに向かってエクスカリバーの切っ先を向けてみせる。


 無言、無表情を貫くフィル。翻って、好戦的な笑みを浮かべるロイ。

 相反する表情の2人の戦いは、ここからが本番と言っても過言ではない。


「――錬金術、それがあなたの魔術の正体だ」


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