3章3話 昼前、そしてお着換え(1)



 まずはヴィキーの希望……というより、行き当たりばったりで立ち寄ることになったのは、宿の近くの服屋さんだった。

 しかし、服屋といってもただの服屋ではない。この地域の民族衣装を貸し出している服屋だった。一時的なレンタルもOKだし、少々高額になってしまうが、お金さえ払えば普通に売ってくれるとのことである。


「とりあえず、レンタル……だよね?」

「心配ご無用ですわ!」


 ロイがみんなの財布の紐を握っているクリスティーナに、そっと視線を向ける。

 が、それよりも先に、ヴィキーが自分の服のポケットから財布を出した。


 そして枚数さえ数えずに財布から金貨を適当につかむ。

 最終的にそれらは店主のいるカウンターに、小気味いい音を鳴らしながら落とされた。


「お釣りはいらないですわ。これで服を8着、いただけますわよね?」


 白百合のような微笑みを咲かせるヴィキー。


 その淑女の中の淑女のような笑みからは想像も付かない発言に、一瞬、店主は言葉を失ってしまう。

 しかしすぐに我に返って(素晴らしいお客様だ!)と思い直すと、「お買い上げありがとうございます!」とホクホク顔で、早々に民族衣装を8着も用意してくれた。


「これで、みなさんお揃いですわ♪」

「おぉ~~っ、すっっ、げえええええええええ!」

「う……うん、っ、ワタ、シも……すごいと、思、う」


 リタはもちろん、内気なティナまで瞳をキラキラさせている。

 やっていることの豪快さ、清々しさを考えれば誰しも一度はやってみたい買い物だ。


 今日に限って言えばイヴは正直、複雑そうにしていたが――シーリーンとアリスとマリアも、リタとティナほどではないが嬉しそうにしていた。やはり、女の子としては、新しい服が増えるのは喜ばしいことなのだろう。

 またクリスティーナも、自分はメイドでございますから、みたいに遠慮がちだが口元は確かにニヤついている。


「ボクの分はないんだね」

「えっ!? だってこれ、女性用の衣装ですわよ!?」


「あはは、冗談だよ」

「むっ、わたくしをからかうなんて、100年早いですわ!」


 なんてやり取りをしつつも、みんな揃って試着室に向かう。

 無論「ロイ様は試着室の外で待っていてくださしまし!」とのことで、ロイは美少女だらけの更衣室の中には入れなかったが。


 というわけで、ロイは店内の椅子で考え事をしながら時間を潰すことにした。

 考え事とは当然、ヴィキーのことだ。


(さて、ボクの中では1つ、辻褄が合いそうな答えはもう出ている)


 バルコニーに跳んでくるという、ヴィキーとの出会い方。

 ヴィキーを追っている黒いローブのヤツら。


 七星団への電話で聞くことができた第1級警戒態勢というワード。

 そして、イヴが感じた闇の魔術の匂い。


 情報は現時点で4つある。

 で、これらを矛盾しないように事実を推測していくと――、


(ヴィキーはイヴの感じたように闇魔術の使い手、魔王軍の一員で、それもかなりの実力者。黒いローブのヤツらは実はボクたちにとって味方で、ヴィキーは彼らから逃げる途中で、昨夜、バルコニーに跳んできた。それで、ヴィキーはまだ捕まっていないから、七星団は第1級警戒態勢を敷いている、っと)


 これぐらいなら誰にでもできる推測だった。

 第1級警戒態勢という情報はロイが伝えていないので抜けているが、アリス、マリア、クリスティーナあたりならば、彼同様に、この推測に行きつくはずである。


 だが――、


(それにしてはヴィキーって、フレンドリーだし、それどころか距離の詰め方を間違えていそうなぐらい精神的にも物理的にも近づいてくるし、なによりも少し頭がよくなさそうというか……。まぁ、もちろんボクの評価が間違っている可能性もあるけれど、魔王軍の一員とは思えないほど、隙が多い)


 加えて、シーリーンも言っていた。匿ってほしいのに街に出たいというのは矛盾している、と。

 それを考慮すると、ますます、彼女のことが魔王軍の一員とは考えられなくなってくる。


「ボクたちが騙されている可能性も否定できないけど、イイ女の子であるよね。なんというか、事情は明らかになっていないけど、すごく前向きで、行動派っていうのが伝わってきて――」


 イヴほど幼くもないし、リタほど体力を持て余しているわけでもない。

 だが、前向きさでいえば、ロイの直感は当たっていて、ヴィキーはイヴよりもリタよりも前向きである。


 理由は特に説明できないが、ロイはそんな感じがした。

 事実、今、ヴィキーは特にシーリーンとアリスあたりと友達になろうとしているのだから。


   ◇ ◆ ◇ ◆


 一方で――、

 ――更衣室の中では思春期の乙女たちが、瑞々しい素肌を晒して着替え始めていた。


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