3章2話 翌朝、そして自己紹介(2)



「でも実際、よくわからない人たちに追われているのにデートなんてしたら、誇張抜きで危険なんじゃないかしら?」


「あら、アリス様? もしかしてご自分の恋人が奪われるかもしれなくて怖いんですの?」


「そっ、そそそ! そんなんじゃにゃいわよ!」


 噛みつくようにアリスはヴィキーに反論する。そして実際にヴィキーではなく舌を噛んでしまう。結果、彼女は恥ずかしそうに「うぅ~」と涙目になった。

 ある意味ではシーリーンよりもあざとい言動に、会話の内容は置いておいてロイは少しだけ萌えてしまった。


 しかし、実際にアリスの言っていることは間違っていない。

 この状況で温泉街を出歩いたらどこからどう考えても危険である。


「う~ん……シィにはよくわからないかなぁ」

「わからない、ですの?」


「ヴィキーさんは、シィたちに、守らないでいいけれども匿ってはほしい、みたいなことを言ったよね?」

「そうですわね」


「なのに、ヴィキーさん本人が街に出て、あろうことか! シィの恋人である! ロイくんと! デートしたい! なんて、矛盾しているなぁ、って」

「シーリーンさま、一部心の声がダダ漏れでございます」


「まっ! 気にしないで大丈夫ですわ。仮に捕まっても、全て自己責任ですませますわ」


 ロイは少し困ったように苦笑いで誤魔化した。

 ヴィキーはどうも自己中心的な女の子だった。


 周囲の人間を振り回すというか、自分の言いたいことを思ったままに全て言ってしまうというか、他人の都合を考えないというか、典型的な周りに迷惑をかけそうになるどこかの屋敷のお嬢様タイプというか、自分が1人でなんとかすれば問題は解決すると思っているというか。


 特に、最後のヤツが一番致命的である。

 現に今、ヴィキーは自分1人が責任を負えば問題ない、と、考えているのかもしれない。だがこうして一晩、同じ部屋に泊まらせた時点で、ロイたちはどう足掻いても無関係とはいかなくなる。


 ――仕方がない。


「ヴィキー、とりあえず、行ってみたいところはある?」

「ロイくん?」「ちょっと、ロイ」


「本人は全て自己責任ですませる、って言っているけど、もう完璧に関わっちゃったし……ならもう、仕方がないから最後まで関りきっちゃおう」

「流石ですわ、ロイ様!」


 嬉しそうに微笑むヴィキー。

 しかしヴィキーには悪いが、ロイには別の思惑があった。彼女が無邪気に喜んでいる間に、ロイはクリスティーナにとある指示を出した。


(クリス、ここから最寄りの七星団の詰め所ってどこにある?)

(申し訳ございません。流石にそこまでは……)


(なら、調べておいてくれるかな? デートするフリをして、彼女をそこまで連れていくから)

(承知いたしました)


 ここまでのやり取りは全て小声だったため、ヴィキーにはもちろん、他の全員にも聞こえていないはずだ。

 そのことをみんなの様子で確認してから、ロイはみんなで外に繰り出すことに。


 そして――、

 数分後――、


 みんなには「少々準備がございますので、メイドの身で非常に恐縮ですが、入口付近でお待ちいただけると幸いでございます」とウソを吐いて、宿屋の主人から七星団の詰め所の場所を教えてもらったクリスティーナが戻ってくると、これで9人が集合したことになる。


 先頭を行くのはやはりヴィキーだった。そしてヴィキーと手探りではあるが、仲を良くしようとするシーリーンとアリスが彼女の隣に並んで歩いている。

 で、恋人2人をヴィキーの隣に行かせて、ロイはなにをしているのかというと――、


「…………」

「? イヴ、どうかした?」


 先ほどから、厳密に言うならばヴィキーと出会った時から、イヴの様子はおかしかった。

 もしかしたら当然かもしれないが、まるで疑っているような目、信用に値しないと言外に伝えるような雰囲気で、彼女はヴィキーから一定の距離を置いている。


 風邪を引いているわけではないだろう。

 遠出して疲れたというわけでもないだろう。

 寝不足というわけでもなさそうだ。


 なのに、イヴはどこか、顔に陰りを落としていた。


「――イヴ?」

「お兄ちゃん、ヴィキーさんが……」

「ヴィキーが、どうかした?」


 ヴィキーがどうかしているのは昨夜、出会った時から割とずっとなのだが……しかしロイが話したいのはそういうことではない。イヴの様子から察するに、これは相当真剣なことのはずだった。

 そして不意に、イヴはロイのコートの裾をチマっと摘んで、恐る恐る『その事実』を口にした。


「ヴィキーさんから、闇の魔術の匂いがするんだよ……」

「……えっ? 闇の魔術って……闇属性の魔術ってことで、いいんだよね?」


「うん。でも、王国にも闇属性の魔術を使う人はいるよね? これはもっと純度の高いに悪意に満ちていて……感覚的でゴメンね、お兄ちゃん? でも、実際に出会ったことがないから比較できないけど、たぶん、その……この闇の匂い、魔王軍の匂いだよ」

「――――ッッ」


 ヴィキーから、闇の魔術の匂いがする? 魔王軍の匂いがする?

 ロイには到底、信じられないことだった。騎士の道を往くロイだって、魔術の感覚がないわけではないのだ。しかし、彼が感覚を研ぎ澄ませる限り、彼女からそのような匂いはしていない。


 だが、だからといってイヴがウソを吐いているとは思えない。

 彼女は元気っ娘なだけで、行動で人を呆れさせることはあるかもしれないが、ウソで人を困らせることはしない子なのだ。


 それに、仮にウソを吐くとしても今回のようなことは絶対に言わない。もしこれがウソなら、致命的すぎる。そのぐらいの分別はイヴにだって付いていた。

 ゆえに、ロイは自分の感覚よりもイヴを信じることにするのだった。


「――わかった、常に頭に入れておく。可能性として、きちんと覚えておくよ」


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