3章1話 翌朝、そして自己紹介(1)
流石に宿に断りなく宿泊人数を増やすのはマズい。
ということで、宿には「知り合いと再会して、一緒に泊まってもいい? と、訊かれたのですが……追加料金はもちろん払いますし、同じ部屋でかまいませんので、宿泊させてあげることはできますか?」と確認して、なんとかロイたちはOKをもらうことに成功した。
そして翌朝――、
昨日の話し合いに混じらなかったイヴ、マリア、リタ、ティナが全員起床すると、ロイは昨夜あったことを全部話した。
本当に全部である。やましいことなんてなにもしていないし、説明しておかないと4人全員、特にティナなんかは絶対に混乱、動揺すると簡単に想像できる。
なにせ旅行中に寝て起きたら知らない人が1人増えているのだ。説明はもはや義務である。
そしてそのあと、ようやく自己紹介タイムが始まるのだった。
「みなさんが楽しみにしていた旅に突然お邪魔してしまい、大変失礼いたしますわ。わたくしのことは、気軽にヴィキーと呼んでくださいまし。今の説明にあったように、少々追われている身ですので、無論、守ってくれとは言いませんが、少しの間、匿ってくださいまし」
出会った時のように、ヴィキーは白百合のように可憐に微笑んだ。
悪人ではなさそうだが、この子も一応不審者に分類されるはずなのに、いろいろな疑問が全て吹き飛び忘れるほど、まるで天使のように美しい。
「ロイ・モルゲンロートです。えっと……なんかおかしなことになっちゃったけれど、まぁ、よろしくね?」
「初めまして。シーリーン・エンゲルハルトです♪ ロイくんの恋人で、将来は結婚する約束をしています。ロイくんを奪ったら許さないからね?」
「アリス・エルフ・ル・ドーラ・ヴァレンシュタインよ。その……、えと……、シィと、同じく、ロイの恋人で……婚約者、よ。――コホン! とにかく、よろしくお願いするわ」
「イヴ・モルゲンロートです……。お兄ちゃんの、ロイの妹だよ。その……えっと……なんでもないよ」
「マリア・モルゲンロートと申します。ロイの姉です。こうして出会えたのもなにかのご縁ですので、仲良くしてくださると嬉しいですね」
「リタ・クーシー・エリハルトです! よろしく! にひっ」
「は、はふぅ……ティ……、っ、ティナ・ケットシー・リーヌクロス……です」
「お初にお目にかかります。ロイさま、イヴさま、マリアさまのメイド、クリスティーナ・ブラウニー・リーゼンフェルトでございます♪ ヴィキーさまはご主人様が信じてもいいお人だと仰っておられましたので、どうぞ、ヴィキーさまもご入用の際にはわたくしをお呼び付けください」
シーリーンは早速、ロイと自分のラブラブ一直線のデレデレっぷりをアピールして、
アリスは、自分がロイの恋人で婚約者というところで言葉に詰まり、ツンツンして、
イヴはなにやら訝しむような表情で、そしてマリアの後ろに身体を半分隠していて、
マリアは親しげに、だが初対面であることも考慮して失礼にはならない程度に接して、
リタはリタなのでいつもと変わらない感じで、
ティナも人見知りは急には直らないのでいつもと同じで、
そして最後に、クリスティーナはパーフェクトメイドさんスマイルを浮かべて自己紹介は無事に終わった。
「で、だ、ヴィキー」
「はい、なんですの?」
「キミ、昨日は追われているって言っていたよね?」
「はい、間違いありませんわ」
「でも同時に、ボクをデートに誘った」
「はい、それにも間違いはありませんわ」
刹那、シーリーンは笑顔なのに目が笑っていない怖い雰囲気を漂わせて、アリスはあからさまに不機嫌になって、唇を尖らせてぷいっ、と顔を背けた。
イヴは必要以上にヴィキーのことを睨みつけ、マリアは正直複雑そうである。
リタはこんな時でもリタだから1人で勝手に盛り上がって面白がって、ティナはデートという単語に反応して顔を真っ赤にして口をアワアワさせている。
そしてクリスティーナは(メイドは口を挟むべきではございませんね)というスタンスで成り行きを見守ることにしたようだ。
「う~ん……女の子が昨夜初めて会った男をデートに誘うっていうのも、充分に頭おかしいんだけど……」
「わたくしに向かって頭がおかしいとは、ずいぶんな物言いですわ!」
「いや、キミの貞操観念というか、危機意識を案じてこう言っているんだからね」
「まぁ、そういうことにしておいて差し上げますわ。それで、続きは?」
「充分に頭おかしいとは思うんだけど、この状況で街を出歩くなんて……女の子が昨夜初めて会った男をデートに誘う、って情報をスルーするにしても、やっぱり頭おかしいよね」
「失礼ですわ! 不敬罪で極刑にしたいレベルで!」
ぷんぷん、という擬態語が聞こえてきそうな感じで不満を露わにするヴィキー。
パッと見、淑やかで清楚で、言葉遣いというか語尾も丁寧かつ気品があり、まさに深窓の令嬢という雰囲気だが――実際にこうして少しずつ会話を重ねていくと、思ったよりも表情がコロコロ変わる。
今はプンプンと可愛らしくも一応、怒っているのだが、それなのにも関わらず、その表情には年相応の愛嬌と、不思議な和みのようなモノがあった。
要するに、怒っても全然、怖くなかった。
ちなみに、年相応という言葉についてだが、自己申告によると、彼女は15歳らしい。ロイとシーリーンとアリスと同い年である。
(あ~、アレか――) と、ロイ。
シーリーンが甘えん坊のデレデレで、ラブラブ一直線な女の子。
アリスが真面目で几帳面で努力家で、そして素直になれない女の子。
イヴが年相応より幼い女の子。
マリアが当たり前だがこの中でお姉さんポジションの女の子。
リタが元気いっぱいな女の子。
ティナが引っ込み思案で大人しい、控えめな女の子。
クリスティーナがフレンドリーだが失礼は絶対にしない女の子。
(――だとするとヴィキーは結構、振り回しキャラな感じがする)
まるで前世でいうところの、ノリとか、勢いとか、その場の流れ、雰囲気、空気、そういう曖昧なのに確かに存在しているモノで物事を決める女子高生のようだ。
なんて、ロイは心の中で苦笑した。
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