2章13話 初対面、そしてデートのお誘い(1)



「どうぞ、わたくしのことはお気になさらないでくださいまし」


 と、白百合のように微笑む少女。

 一瞬、ロイは、そして同性であるシーリーンですら、彼女の美貌に見惚れ、時間の流れさえも忘れたように言葉を失ってしまった。


「い、いえ……流石にそういうわけにはいかないんですが……」


 しかしいつまでも黙ったままでいられるわけがない。困ったような声で応えるロイ。いや、困ったような、ではなく、実際に困っていた。

 むしろ、この状況で困らない方がおかしい。なんせ、深夜に、建物の5階のバルコニーに、少女がジャンプしてやってきたのだから。


 気にしないでほしい?

 いや、いくらなんでも無理がある。


「え~っと、シィが考える分には、2つの可能性があるんだけど――」

「シィ?」


「あなたは不審者だからこんな方法でここにきたの? それとも、なにか大変な事情があって、ここに逃げてきたの?」

「シィ、そんな真正面から訊くことは……」


 と、ロイが言いかけたその時だった。

 突然にもバルコニーから見た夜景がわずかに明るくなる。


 シーリーンと、ようやく起きて寝ぼけまなこを擦っているアリス。特に後者にこの状況で下を確認させるのは、なんとなくやめておいた方がいい気がした。

 そして来訪者である少女はあからさまにバルコニーの柵から距離を置いて、窓の近くで身を小さくしている。


 ここは自分が確認すべきだろう。

 そう判断してロイは4人を代表して、バルコニーの柵から下を見下ろした。


「あれは……黒いローブ? あからさますぎて、逆にイイ人たちなんじゃないか、って思うけど……」


 魔術を使って明かりの代わりに炎を顕現させている黒いローブを着た者たち。

 それが5人ほど集まってなにかを話しているかと思えば、すぐに散開した。


 とりあえず、あまり柵から乗り出して下を見るべきではない。

 ロイはそう考えて、そっと様子を見ていたシーリーンとアリス、そして来訪者の少女の方へ戻る。


 まずはバルコニーから部屋の中に戻るべきだった


「ご主人様、そちらの女性はどちら様でございましょうか?」


 中に戻ると早速、クリスティーナが待ち構えていた。

 待ち構えていたといっても、当たり前だが怒っている雰囲気はない。逆に心配そうな視線でロイと謎の少女に視線をやった。


「ボクたちもよくわからないから、今から訊こうと思ったところだよ」

「安心したわ。眠っていた私だけがわからないわけじゃないのね」


 それこそよくわからないポイントで、アリスは安心してホッとひと息を吐いた。


 そしてクリスティーナ曰く「他の皆さまはまだ眠っておられますので、お話を聞かれる心配はございません」とのことなので、5人は適当にベッドや椅子に座って、あるいはクリスティーナの場合は立ったまま、話は始まる。


「まず、話を訊くのに名前がわからないと不便だし、名前を訊いてもいいかな?」


 椅子に座ったロイがベッドのフチに腰かけた少女に訊いた。

 ロイは基本的にいつも柔和な声で話すが、今はいつもよりも、より穏やかな声で、不安を与えないように少女に語りかける。


「名前、ですの?」

「ぅん? なにかまずかったかな?」


「いえいえ、そんなことありませんわ。どうぞ、わたくしのことは、お気軽にヴィキーと呼んでくださいまし」


 薄々、立ち居振る舞いや、着ている服などで想像できたが、今の喋り方で確信した。

 このヴィキーと名乗った少女は十中八九、貴族である。貴族でなくとも、少なくとも育ちはイイはずだろう。


「単刀直入に訊くけれど、ヴィキー、キミは、その……追われているの?」

「はい、そんなところですわ」


 ロイの質問に、ヴィキーはかなり簡単に肯定した。

 こんな夜に、あんな黒いローブを目深に被ったヤツらに、女の子が追われているなんて、あまり穏やかではない。


 だというのにヴィキーは特に焦った様子も、怖がっている様子もなく答える。


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