2章12話 ワイン、そして赤らんだ頬(2)



 それから少しの間、ロイとシーリーンは恋人同士の静かな夜のひと時を楽しんだ。

 2人は互いの顔を見合いながら、互いのことを恋しく思う。そしてあどけない顔で寝ているアリスを見て、同じように恋しいと思った。


 そしてロイもシーリーンも、自分の感情を再確認する。

 それができただけで、ロイはアリスに訊きたかったことを訊けなかったが、この夜、3人でバルコニーに出たことに充分、満足した。


「――アリスが、言っていたよ?」


「? なにを?」

「ロイくんのこと、を」


 シーリーンに言われて、ロイは察する。

 自分にはなにも言ってこなかったが、アリスはシーリーンに自らの出自のことを、なにか言っていたのだ、と。


 思わずロイの瞳が不安で揺れる。

 しかし彼の不安を察して、それを和らげるようにシーリーンは首を横に振って話し始めた。


「転生のこと、アリスは本当になにも気にしていないらしいんだよね」


「……ボクの前世にはVRっていう、まぁ、変身魔術みたいな技術があって、精神年齢はその時の肉体に引きずられるって研究結果があったんだけど……本当はボク、30歳だよ?」


「それを踏まえて、アリスは気にしていないと思うよ? もちろんシィも。年齢とか出身地とか、そういう肩書きでシィたちはロイくんのことを好きになったんじゃないんだもん」


 自分が好きな男の子の中身が、実は30歳でも気にしない。あまりに非現実的で言われてすぐには受け入れられないことを、シーリーンは事もなげに認めてくれたのだ。

 即座に断言してくれた彼女に、自らの人生に悩んでいたロイも流石に瞳から不安を消した。


「イヴもなんとも思っていないって言っていたけど、まさかアリスとイヴが似た感想を覚えるなんて」

「ふふっ、違う違う。なにも思っていないんじゃなくて、なにも気にしていないんだよ?」


「どこが違うの?」

「ロイくんには悪いけどね? 転生ってとっても珍しいことでしょ? だからアリスも、なにか思うところはあったはずなんだよね」


「そう、だよね……」

「でも、気にしてはいない。それを気にして、つまり原因にして、ロイくんへの態度を変えるなんてありえない、って。思うところはあるけれど、その程度のことでロイくんとは別れたくない、って。アリスはそういうふうに思っているよ、絶対に」


「そっ、――か」

「まぁ、本人は、貴族として生まれた土地の差異で人を差別するなんてナンセンスだわ! なんて言っていけど――とにかく、ロイくんも知っているでしょう? アリスが真面目なこと」


 それはウソ偽りなく本当のことだった。

 アリスは生まれた土地の差異で誰かを差別なんてしない。


 ただ、1つ目の本当のことで、隠しておきたい2つ目の本当のことを隠しただけだろう。

 結局シーリーンに本心を暴かれているが、アリスの乙女心的に、素直に言うのが恥ずかしかったのだろう。


「でも、アリスに直接訊こうとしたのは、失敗かな?」

「なんで?」

「アリスが正直に言うわけないから♪」


 見る者全員を恋に落とすような、そんな可愛らしい微笑みをシーリーンは浮かべる。

 降り差す月の光も相まって、シーリーンのその微笑みはすごく幻想的で美しかった。彼女がどこかの国のお姫様ならば、この美しさと可愛さだけで、敵国の王子でさえ求愛するほどの美少女である。


 こんな表情をした理由は確かに存在するのだが、残念なことに、ロイはそれに辿り着けない。

 ゆえにロイはシーリーンをこんな表情かおにさせたアリスが、少しだけ羨ましかった。


「……このために、ちょっとだけ卑怯だけど、ワインを飲ませたのに」

「あ~、ロイくん、いけないんだ~。そんなことのために、女の子にワインを飲ませるなんて」


 シーリーンは楽しそうにクスクスと笑ってみせた。

 それに対して、ロイも「そうかもね」と自然と笑みを零す。


 これでアリスにも、イヴとマリアにも、訊きたいことはきちんと訊けた。新しく友達になったリタとティナにも、伝えるべきことを伝えられた。

 旅行初日でこれらのミッションを全てクリアできるとは、ロイ自身も少々意外である。


「ねぇ、ロイくん」

「今度はなに?」


「――――」

「シィ?」


「あのね?」

「うん」


「大好き、愛している」


 その愛の告白は、あまりにも唐突だった。

 虚を突かれて思わず、ロイはそれもう、わかりやすすぎるぐらい驚いた顔をする。


 いきなりだった。不意打ちだった。卑怯だった。


 だからこそ、心にみた。

 普段思っていることを、いつも一緒の相手に真正面から伝える。そんな大人になればなるほど言いづらいことをシーリーンは言ってくれて、すごく、すごく、彼女への好きという気持ちが溢れ出そうだった。


「あはっ、アリスだけに愛の告白はさせないもん」

「さっきのアレ、アリスは明日起きたら忘れているだろうけどね」


 と、その時だった。

 よりにもよって、こんな最高の雰囲気の時だった。


 ここは温泉宿の最上階のバルコニーで、つまるところ建物の5階だ。人がジャンプして着地できる高さではない。

 しかしその瞬間、風が唸るような轟音がして、なにかがロイとシーリーンと、寝落ちしたアリスがいるバルコニーに着地した。


 身長はシーリーンより少し高いぐらいだが、アリスよりはだいぶ低い。

 月の光を反射して、まるでプラチナのように瞬く銀色の長髪はとても綺麗だった。それは神様が一生をかけて作り上げたアートと言われても信じられるぐらい幻想的で、呼吸を忘れるほど芸術的である。


 まつげは同性でも嫉妬を忘れてただ羨望するしかないほど長くて、パッチリした二重まぶたの中に浮かぶ瞳はトパーズのように煌びやかな黄色だった。

 鼻は小さいのにとても高くて、まるでお人形のようである。桜色の唇はまるで花の蕾のように可憐であった。


 顔もやはりお人形のように均整が取れていて、身体は女の子らしさという概念の具象化と思うほどプロポーションに優れている。

 まるで魔術を使って、世界一男性の心を奪う女の子、という存在を生み出したかのようである。


 その謎の美少女はロイとシーリーンに対してこう言った。

 即ち――、


「――――――………………


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