2章11話 ワイン、そして赤らんだ頬(1)



 他のみんなが寝静まったあと、あてがわれた部屋のバルコニーにて、ロイとシーリーンとアリスは、3人でワイン、カクテルを飲んでいた。

 グーテランドの法律では、15歳以上ならアルコールを含んだ飲み物を飲んでも良いことになっていた。


(そういえば、ボク、前世では20歳になる前に死んだし、現世では特に飲む機会もなかったし、これが初めてのお酒なんだよね)


 思った以上に不思議な味だった。

 前世で父親は「ただ美味しい物を飲みたかったらジュースでいい。お酒よりも美味しいジュースなんて山のようにある「でも、酔っ払うことはアルコールでしかできない。アルコールは酔っ払うためにあるんだ」なんて言っていたが、わかる気がする。


 なんとなく、ほろ酔い気分は心地がいい。

 ロイは本当に生まれて初めて飲んだ酒にそう思った。


「美味しいわね、シィ」

「うんっ、あっ、アリス、もう顔が赤いよ?」

「シィだって赤いわよ?」


 ほろ酔い気分が心地いいのは目の前の2人も同じなのだろう。

 対面に座っていたシーリーンとアリスも瞳をトロンとさせて、頬に乙女色を差しながら、女の子同士だというのに親しげにボディタッチを交わしている。


 アリスに対して優しくて穏やかで、ちょっぴり眠たそうな表情かおをしているシーリーン。一方でアリスはシーリーンの頬を人差し指でツンツンしたり、彼女自身に頬ずりしたりして、かなり甘えん坊になっていた。

 シーリーンとアリス、女の子同士の仲良しな光景を、ロイはただ、嬉しそうに口元を緩ませながら眺めている。


「最近、ボク抜きでもシィとアリスって仲がいいよね?」

「ふふっ、だってもう、シィとアリスは親友と言っても過言じゃないぐらい、月日を積み重ねてきたもん。最初の頃はロイくんを通じてだけど」

「あはは、なにかしら、ロイ? もしかしてヤキモチ焼いているのかしら?」


 アリスは少し酔いすぎだった。

 人やエルフは酔ってしまうと素の自分が出るもので、普段はシーリーンが甘えん坊な感じで、アリスがしっかり者の、いわゆる委員長タイプだったのだが、今に限ったことを言えば、シーリーンの方が年上っぽく、雰囲気が落ち着いているお姉さんという感じで、アリスは明らかにはしゃいでいた。


「普段、抑圧していたのかな?」

「抑圧?」


 シーリーンが追求してきたので、ロイはやわらかく微笑んでそれに答える。


「アルコールを摂取すると、よく、理性が取っ払われて本当の人格が出るって言うよね?」

「それがなによ~?」


 アリスはシーリーンに抱き付きながら、ロイにさらに訊く。

 先ほどまで乙女色だった頬はもう、果実のように赤くなっていた。


「理性が取っ払われた本当の人格でも、充分に正しんだけど、人によっては誤解しているパターンもあるんだよ。厳密には、理性が取っ払われた人格、というよりも、抑圧から解放されたありのままの自分、っていう方が正しいね」

「むぅ……今の私じゃ、よくわからない……」


 段々と眠くなってきたのだろう。

 シーリーンに抱き付いていたアリスはいつの間にか、逆にシーリーンに抱きしめられていた。まるで母親の胸の中で微睡む赤子のようである。


「たとえば今のアリスに当てはまりそうな、テンションが高い、普段よりよく喋る、普段から想像も付かないぐらい笑う、って酔い方だと、真面目で、そして欲求不満……って言い方だとアレだけど、日常ではなにかしらの我慢が多い、最後に神経質で緊張しやすい、っていう傾向があるんだ」


「そっかぁ、アリス、今までずっと、我慢してきたもんね」

「あはは……そんなこと……、うぅ、少し眠くなってきたわ……」


 シーリーンの胸の中でうっつらうっつら、と、舟をこぐ感じのアリス。

 こんな様子の彼女の髪を、シーリーンは優しく撫でてあげた。


「アリスが眠る前に1つ訊きたいんだけど――」


「? なぁに、ロイ?」

「ボクに、前から言おうとしたこととか、ないかな?」


「前っていつぐらい?」

「えっと……、ボクとレナード先輩の戦いが終わったあたりだけど」


 ぼんやりしている頭で考えるアリス。

 そして数秒後、アリスは答えを見つけた。答えは、確かにアリスの中にあった。


「ロイ」


「な、なに?」

「――大好き」


「えっ」

「――私、は――、ロイのことを、愛している、わ」


 そういうと、まるでアリスは糸が切れた人形のように、ついに寝落ちしてしまった。

 残されたのはロイのシーリーンの2人だけ。そしてシーリーンはロイに小首を傾げて、イジワルそうに微笑みながら訊いてみた。


「ロイくんは、本当はなにを訊こうとしたの?」

「転生のことだよ」


「あっ、だからレナード先輩との戦いが終わったあたり、って言ったんだ」

「うん、ボクがアリスにそのことを伝えたのはそのぐらいだったから、言おうとしたことが生まれるなら、絶対にそのあたりだし」


「ねぇ、ロイくん?」

「ぅん?」


「顔、赤くなっているよ?」

「知っている」


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