2章10話 プリズム、そして後輩(2)



 すると――、

 そこには――、


「わっ……すごい……」


 思わず、ロイの口から無意識的に言葉が出た。

 恐らく、昨日の夜は氷点下だったのだろう。川の水面には氷が張っていた。


 そして今日の昼間はわずかに0℃を越えていたので、氷の一部が溶けて、川の水面にはまばらに氷の島ができている。

 ほんの1㎡ぐらいしかなさそうな氷の板。それは川の流れに従って、上流から下流へ緩やかに流されていた。

 それに――、


「――月の光とガス灯の明かりが反射しているのか」

「クス――、綺……麗、ですよ、ね?」

「アタシが見付けたんだからな! ドヤっ」


 降り注ぐプラチナのような月の光と、ガス灯の橙色の明かり。

 それらはロイが言うように、流れていく氷に板に反射されて、まるで野外の、天然のミュージアムのように煌めいている。


 ちょうど草を掻き分けた先が小さな丘になっていたのもあり、見晴らしは最高だった。

 美しくて、優しくて、儚くて、幻想的。光を反射する鏡のような氷が流れていく様子は、溜め息が出るほど感動的だった。


「ありがとう、リタちゃん、ティナちゃん」

「「?」」


「これを見られただけでも、2人を追いかけてきたかいはあったよ」

「にひっ、どういたしまして」

「はい――、ワタシ、も、……先輩……とこれ、を、見られて、嬉……し……い、です」


 そして、3人は無言になる。

 別に話すことに詰まって無言になったのではない。話すことに詰まったのではなく、話す必要がないと感じただけだ。


 今、この3人だけの世界に、言葉は不要だった。

 ただ、目の前に広がるプリズムのような光景を見ているだけで、ロイとリタは、そしてロイとティナは、絆を深めることができるのだから。


 そして、少ししてから――、


「リタちゃん、ティナちゃん、聞いてほしい話があるんだ」

「話、です……か?」


「もしかして告白!?」

「はふっ!?」


「まぁ、ある意味では告白だけど、愛の告白ではないからね」

「ちぇ~」


 冬の夜だというのに、北風と時間を忘れて目の前の光景を楽しんだあと、唐突、ロイは2人に話を切り出す。

 なぜこのタイミングなのか? そう訊かれれば、ロイは「そういう雰囲気だったから」としか答えられないが。


 しかし、そういう答えで、理由でいいのだろう。

 こういうのは感覚的な話になってしまうが、なによりも気持ちや雰囲気が大事なのだから。


「実は――」


 こうして、ロイは自分の過去のことを、転生のことを、出会って間もないリタとティナに話した。

 目を丸くするリタに、ハッと息を呑むティナ。やがてロイの話が終わると、まずはティナが彼に訊く。


「どうし、て……そ、っ、の、話、を、ワ、タシ……たちに、し……た、んですか?」

「シィとアリス、そして家族であるイヴと姉さんにすら、ボクはこのことを秘密にしてきた」

「「――――」」


 珍しく大人しく無言を保っているリタと、真剣そうな表情のティナ。

 彼女たちに見上げられながらも、ロイは光が瞬く川の方を見ながら、つまり、彼女たちをなるべく見ないまま、話しを続ける。


「でも、もうヤメにしようと思ったんだ」

「ヤメ……で、すか?」


「うん、次に仲良くなる人には、次にできる友達には、最初の最初から、全部話した上で、仲良くしてみたいって、そう心に決めていた」

「で、アタシたちがその選ばれし友達?」


「2人になったのは偶然だけど、そうだね。これが、ボクの、ロイ・モルゲンロートのリスタートなんだよ」


 今までとは違う友達との接し方。

 それは秘密を最初から打ち明けて、隠し事をしないという接し方。


 今までの出会いと違う出会いでコミュニケーションを始めよう。

 それがロイが自分自身で認められるのリスタートの証明だった。


 出会ってから3日だけ経ってしまったが……それは3人きりになれる時間がなかったということで仕方がない。

 示し合わせたわけでもない。だというのにロイが告白し終えると、リタとティナが顔を見合わせて、視線でなにかを確認する。


「センパイっ」「先輩」


 リタは明るく、ティナはいつものようにオドオドせずに、控えめにはにかみながら、ロイのことを呼んだ。

 そして――、


「センパイのリスタートは、ちゃんと成功しているぜ! 前世の病気のことはわかったけど、もうウジウジするなよ?」

「ワタシたちが、それを保証します」


 それを聞いたロイは、心の中であの神様の女の子に感謝する。

 現世では巡り合わせに、恵まれている――、と。


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