2章9話 プリズム、そして後輩(1)
3人で部屋に戻ると、シーリーンとアリス、そしてクリスティーナの姿はあったものの、リタとティナの姿がなかった。
どうもリタが「探検に行く!」と言ってティナを連れて外出したきり、戻ってきていないらしい。
恐らくこの世界だろうと、誰かに襲われているという可能性は低いかもしれない。
だがリタの性格を考えると、残念なことに迷子になっている可能性はかなり高かった。
ロイはもとより、部屋に戻る途中の売店で飲み物を買い忘れていたのだ。
結果、そのついでということで、ロイは2人のことを探し始めた。
「リタが行きそうなところは……けっこう子どもっぽい言い方になるけど、冒険の匂いがするところかなぁ」
表現が抽象的な割に、ロイのその推測は的を射ていた。
そしてロイも前世で6歳とか7歳の時にその心を持っていたので、というか、今でも微妙に残っているので、リタが行きそうな具体的な場所を絞るのは、そこまで困難ではなかった。
森、山、川、街の入り組んだところ。
彼の考えうる限り、ここらへんがリタが行きそうな有力候補だろう。
「マズイ、迷子の可能性が高まった……」
◇ ◆ ◇ ◆
「あっ、センパイだ!」
「え、えっ……、本、当……っ?」
「ふぅ、やっと見付けた」
リタだけならば森や山などに行ったかもしれないが、よく考えれば今回はティナが付いている。
ティナの性格を考慮すれば、リタだって危険な場所にはいかないだろう。そう推測して歩き続けた結果、危険ではないが冒険の匂いがするところ、即ち温泉街を横断するように流れている川で、ロイは2人を発見できた。
「夜も遅いし、そろそろ戻ろう?」
「でも、センパイ、少しでいいから、これ見てよ!」
3人は今、川の近くの舗装された道ではなく、そこから少し進んで、河原、あと数m進めば川に入れるところで話していた。
そこからリタは川の方ではなく、ロイの背の高さほどの草が生い茂る方に進み、そして突っ込み、姿を消してしまう。
「ティナちゃん?」
「――――」
リタが姿を消したすぐあとに、ティナがロイのコートの裾をチマっと摘まんだ。
顔を恥ずかしそうに赤らめていて、せっかく2人きりになれたのに顔を俯かせていて、恋い慕っている先輩と視線を合わせられていない。
しかしそれでも――、
勇気を振り絞って、ティナは――、
「あのっ……ワタ、シ、も、先、輩……に……見……て、ほしい、で……す」
「見る?」
「は……い、も、し……、よ、ろしけ、れ……ば、えっ、と……、その……、っ、いっ、一緒、に……っ、っ、見た、い、なって……思って……」
ロイのコートの裾を摘まむ華奢な右手。
ティナは少しだけそれに力を込めた。
一方でロイは考えてみるが、見る、ということはなにかの物か、あるいは景色だろう。あまり危険はなさそうである。
強いて言うならば、危険な要素は夜だから足元が
それぐらいなら大丈夫かな?
そう判断してロイはいったん、ティナの手をコートから離させてから、改めて彼女の手を自分の手で握った。
「あっ……」
「それじゃあ、行こうか? 暗いから、足元に気を付けてね?」
なるべく怖がりなティナに不安を与えないように、ロイはなるべく優しい微笑みを浮かべてみせた。
彼のその表情にティナは胸を切なくさせて、同時にドキドキと、抑えることができないぐらい高鳴らせた。
これではまるで、ティナが少年向け小説のヒロインではなく、ロイが少女向け小説のヒーローのようである。
それこそ、ティナが行きの汽車の中で読んでいたような少女向け小説の登場人物だ。
「~~~~っ」
いつも遠くから隠れて見ているだけだった先輩が、隣にいる。
どんな名目があっても声をかけられそうになかった年上の男の人に今、喋りかけている。
昨日までの自分なら、ティナは今のこれだけの会話で満足できただろう。
しかし、今は違う。昨日よりもさらにロイの隣にいたくて、喋り続けていたかった。
「ティナ~? センパ~イ? 早く早く~っ!」
茂みの奥から、リタがロイとティナのことを急かしてきた。
それに少しだけ苦笑交じりに微笑んで、ロイはティナと手を繋ぎながら、茂みを掻き分けて、リタのいる奥の方へ進んでみせた。
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