2章8話 足湯、そして妹と姉(2)
「たとえば……自分の家族から犯罪者が出たら悲しくなるはずです。逆に、仮に自分の家族からキングダムセイバーやカーディナルが出たら、すごくすごく、誇らしいはずですよね?」
「うん」
「ですが家族の中に異世界人ということなんて……少なくともわたしは前例を知りませんし、転生が珍しいこと、というのはわかりますけど、悪いことでも良いことでも、どちらでもない気がしますからね」
「た、確かに……」
「だからこそ、別に話してくれても、わたしはなにも思いませんでしたね。そのはず、でした」
「――――」
「ですが、弟くんはなぜ、わたしとイヴちゃんに、自分は転生者だってことを隠してきたんですかね?」
少し責められている気がして、思わずロイは口を噤んでしまった。
だが、彼もそれではなにも進まないのは理解していた。この会話はもちろん、マリアとの関係性だって。
「……姉さんになにか悪いことをしたから罪の意識があった、ってわけじゃない。ただ……化物扱いされたらどうしよう、って、罪悪感じゃなくて恐怖はあったよね」
「その気持ちはわかります。秘密というモノは抱えた時、それが珍しければ珍しいほど、プライベートなことであればあるほど、意味があってもなくても不安になってしまいますよね?」
「うん――」
「だからこそ、わたしは寂しかった。もっとわたしを信頼しくれてもいいのに、って思った」
「――――」
「わたしは弟くんを化物扱いなんて、絶対にしません。結果的に打ち明けてくれましたけど、秘密を作られて、弟くんを少し遠くに感じて、寂しかったんですからね?」
「うん……」
「少しイジワルを言いますけど……転生の件は、わたしの方が弟くんから距離を取ったんじゃありません。弟くんの方から、わたしと距離を取ったんですからね?」
「そう、だよね……。ゴメンね、姉さん……」
「だから――」
ふと、マリアは腰かけの役割も果たしている足湯のフチから立ち上がった。そしてそのまま対面に座っていたロイの隣に座り直す。
そして最後に、彼女はロイのことを優しく、愛おしそうに抱きしめるのだった。
「――だからこそ、これからはもっと、絆を深めていきましょうね、弟くん? 言いたいことは言いましたし、転生についてお姉ちゃんからなにかを愚痴る事はこれで終わりです」
天使が奏でるハープのように綺麗な声で、マリアはロイの耳元で囁いた。
ウソ偽りなく、本当にたったこれだけの愚痴で彼女はわだかまりをなくしてくれたのだろう。
ボクの姉さんは、本当に優しいなぁ、と、ロイは胸が熱くなった。
実際、ロイの中身が異世界人、別の惑星の生物の意識だとしても今までの積み重ね、コミュニケーションがなくなるわけではないのだが……それでも稚拙な人なら感情的に気持ち悪いというだけで彼をイジメるような事情なのだ。
自分に重なるところがなにもないというだけで他社を排斥する人はどこにでもいる。住む惑星が変わった程度ではいなくならない。
だというのにこのやり取りを経て、寂しい、だからもっと絆を深めよう。たったそれだけの結論で終わらせようとするマリアは、キチンと他人を多様性を受け入れられる包容力を持っていると言えるだろう。
「ありがとう、姉さん」
「クス、姉として当然ですからね♪」
と、ここでいったん、マリアはロイから離れた。
マリアはもちろん、ロイの方も少し名残惜しかったが、まさかもっと抱きしめられていたかった、なんてお願いできるわけがない。
最近、ロイは救われっぱなしだった。
シーリーンにも優しくされて、マリアにもこうして今、優しく抱きしめられた。
いやらしい意味ではなく、救われた実感をもう少し噛み締めていたかった。だから、あと少しでいいから抱きしめられていたかった。
が、流石にプライドが発動したのだろう。地味に頑固で見栄っ張りなロイはなんとかその言葉をぐっと飲み込んだ。
「それで、イヴの方はどうだったかな?」
「えっ? どうって、別になんとも思っていないよ?」
「なんとも、って……1つも愚痴がないの?」
「うん」
と、イヴはロイの両脚の間でこともなく言ってのける。
確かにマリアのように寂しさとか、逆に怒りとかも見受けられない。まさかイヴに感情を上手に隠せる器用さがあるわけがないし、それに、寂しさや怒りどころか、彼女は驚きさえ覚えていなかった。
まるで火を点けたら明るいという世界の法則として至極当たり前のことを言われたみたいにフラットである。
ここまでいつも通りなら、疑うことはできない。本当の本当に、イヴはロイの転生に対してなにも思っていないのだろう。
「その……お兄ちゃんが気にしすぎなだけで、あまりそんなことに興味なんてないよ〜、みたいな?」
「う~ん、強いて言うなら、やっぱりそうだったのか~、と、思ったぐらいだよ?」
「「やっぱり?」」
示し合わせたわけでもないのに、ロイとマリアの声が重なった。
それほどまでに、イヴ本人としては何気ない呟きは2人にとって意外だった。
「まさか……、やっぱりってことは、イヴはボクが転生者だって、異世界人だって、気付いていたの?」
「む〜ん……、気付いていた、察していたっていうより、赤ちゃんから子どもになって、ちゃんとした意識が芽生えた頃を始まりだとするなら、最初からわかっていた、って感じだよ?」
「最初、から……?」
「言語化できないけど、なんとなくわかっていた、とか。自覚はないけど無意識では知っていた、とか。確信に至るモノはなにもないはずだけど、告白されても少しも意外に感じなかった、とか。自分から
「……感、覚?」 と、呆然と呟くロイ。
「うん、フィーリング、直感。だから、ゴメンね、お兄ちゃん。このことを誰かに100%、語弊なく伝えることは、無理だよ」
「いや……ううん、大丈夫だよ」
なるべく自然体で、ロイは自分の身体に寄りかかっているイヴの頭を優しく撫でた。
するとイヴは気持ちよさそうに目を細める。
それを見て、なにをやっているんだ、ボクは、と、イヴにバレないようにロイは自分自身を心の中で罵った
謝るべきはこちらなのだ。だというのに、イヴに謝らせてどうするのだ、という理由で。
「あっ、でもまだわたし、お兄ちゃんに伝えたいことを伝えていなかったよ。うっかり!」
「伝えたいこと?」
「あのね、お兄ちゃん? わたしは転生のことを聞いて特になにも思わなかったけど、伝えたいことはあるんだよ」
「――――」
「わたしもお姉ちゃんと一緒で、お兄ちゃんが異世界人でも気にしないから、これからも仲良くしてほしい。兄として、妹のわたしを、もっとも~っと、かまってほしい」
「イヴ……」
「えへへ、だって、お兄ちゃんが異世界人だからって、今までのお兄ちゃんの優しさが消えるわけじゃないんだよ♪」
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