1章11話 温泉街、そして宿(1)



 蒸気機関車――寝台特急モーントグランツの車輪が、緩やかに回転速度を落としていく。

 そして数秒をかけて完璧にその車体は前進を止めたのであった。


 8人は自分の荷物は自分で持って機関車から降りた。

 当然だが、流石に8人分の荷物をクリスティーナひとりに持たせるわけにはいかないだろう。


 はしゃぎながら競うように下車するイヴとリタ。

 ティナは友達に置いていかれないように、焦った様子で2人を追おうとする。


 そんな年下組の様子を微笑ましく思いながら、ロイとシーリーンとアリスも駅のホームに降り立った。

 そして最後に、マリアとクリスティーナが忘れ物のないように注意してから、癒しの都、ツァールトクヴェレに足を踏み入れたのだった。


「やっと着いたね、癒しの都に♪」

「そうだね、シィ」


 背の低いシーリーンが、嬉しそうに笑いながらロイのことを見上げてくる。

 それに対してロイも、もうそういう年齢でもないと自覚しつつも、初の異世界温泉にワクワクしながら返事した。


「ロイ、あまりハメを外しすぎちゃダメよ?」

「ボク、そんなに信用ないかなぁ?」


「だって、あなた、意外と童心を忘れていないっていうか、何歳になってもはしゃげる場合ならはしゃぐタイプじゃない」

「ぐぬぬ……」


 ロイを言い負かすと、アリスは腰に手を当てて、形の整った胸を張ってドヤ顔を炸裂させる。

 が、なぜか次の瞬間にはドヤ顔を霧散させる。代わりにいつものツンツンした表情かおになり、やはりなぜか、ロイの片腕に自分の腕を絡めたのだった。


「しょうがないから、私がロイの腕にくっ付いていてあげるわ」

「――――」

「これなら、ロイも過度にはしゃがないでしょ?」


 流石にそこまでは必要ないよね、と、ロイは苦笑してしまう。

 そして、それを察したのだろう。アリスはロイのことを言えないほど、子どもみたいに頬を膨らませて見栄を張り出した。


「むっ、なにかしら?」

「ううん、なんでもないよ。ただ――」


「ただ?」

「アリスは素直になれなくて可愛いなぁ、って」


「~~~~っ」


 ウソ偽りなくバカップル全開だった。

 となれば当然、今の2人にもう1人の恋人が黙っているはずがない。


 アリスがロイの片腕にくっ付いているのに対抗して、シーリーンも、彼の逆側の片腕に抱き付いた。

 そして好き好き大好き愛している♡ と言わんばかりに彼にその豊満に膨らんだやわらかい胸を押し付けた。


「ロイくん、可愛いのはアリスだけ? シィは可愛くない?」

「大丈夫、シィも可愛いよ」

「あはっ、ありがと! ロイくん、大好き♡」


 と、そこでようやく、ロイは周囲の視線に気付く。

 イヴやマリアたちはもちろん、無関係、まったく顔を知らない駅の利用者までもが、3人のラブラブっぷりに呆れたような視線を送っていた。


 流石にこれは気恥ずかしい。

 ロイを真ん中にして腕は組んだままだったが、それでも3人は駅のホームの出口を目指した。


「お兄ちゃん! お土産屋さんだよ!」

「いやいや、まだ到着したばかりだよね……?」


「センパイ! 木刀売っているよ、木刀!」

「リタちゃんって魔術師学部だったよね!?」


「先、輩……リ……タちゃんは、いつ、も……その、こん……な……感じ、で、ゴメン、なさ、い……」

「ううん、気にしてないよ。ティナちゃんは友達思いだね」


「あぅ……」


 なんとなく、ロイは周囲を見回した。

 お土産屋さんはもちろん、食事処やこの周辺に住む動物との触れ合いスペース、果ては癒しの都というだけあって、駅の中だというのに少し大きめの足湯まであった。


 お土産屋さんには、温泉卵や特産物、他にはリタが言ったように木刀、さらに他にはガラス製や木製のキーホルダーや、近隣の宿御用達の石鹸まである。


 食事処では、ロイの前世でいう和食とまではいかないが、この世界では珍しく、山菜やちょっとした魚介料理を提供しているらしい。


 動物との触れ合いスペースでは、恐らく近隣の森に棲んでいるであろう野鳥やウサギ、キツネやタヌキなんかがウロウロしていて、両親に見守られながら遊んでいる子どもたちが目立っていた。


「みなさま、僭越ながら、一ヶ所に固まっておりますと他の利用者の妨げになります。そろそろ移動いたしましょう」


 地図を頭の中に叩き込んだため、駅から宿までの道はクリスティーナが一番よく知っている。

 なので、クリスティーナがみんなを先導して、最後尾にマリアが付いて、一行は宿に向かって移動を開始した。


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