1章10話 美少女7人と寝台特急、そして到着(2)



「むっ、完璧に2人だけの世界ね」

「はわ……っ、なん、だ、か……見ているこっ、ち……まで、ドキドキ、して、き、ます……」


 いい雰囲気で寄り添い合っているロイとシーリーン。

 アリスは少し嫉妬するだけに留まった。が、恋愛に対して初々しさをまだ残しているティナは違った。口をあわあわさせて、本を読むフリをしつつも、ちゃっかりと2人の方をチラチラ窺っている。


「あっ、あの……アリ、ス、先……輩は……えと、えと……2人の間に、混じら……ない、ん、ですか?」

「……、今日は本を読みたい気分なのよ」


「でっ、も……さっき、から……先輩の方を見て、……そのぉ……、……、喋りたい、けれど、素直になれない……みた、い、な……感じで。あと、あと……関係な、い、かもしれない、で、す、けど、……顔も、赤い、です、し……」

「ぐぬ……」


 ティナに指摘されて、アリスが思い返すのは昨夜のことだった。


 ロイの前で、あんなにも乱れてしまった。

 ロイのせいで、あんなにも淫らな姿になってしまった。


 ロイのために、あんなにもエッチなことをした。

 性の魔術のおかげでもあるが、何回もロイに幸せにされてしまった。


 昨日といえば昨日だが、終わった時間を考えるとまだギリギリ10時間も経っていない。

 だというのに、なかなかいつもどおりに顔を合わせられるわけがなかった。少なくとも顔を合わせられたとしても、流石に赤面だけは抑えられないはずだろう。


(私、ロイとはいつもこんな感じね)


 愛し合う直前とその最中は大胆になって、素直になって、イチャイチャした感じでロイのことを必死に求める。

 が、終わってしまうと、その時の自分が恥ずかしくなって、彼を前にすると顔が赤くなって身体が熱くなるのがアリスだった。


「ま、ぁ、それ……は、置いとい、て、旅の……途、中で、小説を読む、の……も、楽しい……ですよ、ね?」


「そうね、私はいつも自室で読むことが多いのだけれど――こうして、汽車に揺らされながら本を読むのもいい感じだわ。なんていうか、新鮮な気分よ」


「はい」


 アリスの返事にティナは控えめに微笑んだ。

 明るくて朗らかな大笑い。確かにそれと比べるとそこまで楽しそうな印象は受けないが――お淑やかで、いい意味で物静かで、ティナらしい穏やかな微笑みである。


「――――」

「どう、か、しまし……たか?」


 なんて、ティナはおずおずとアリスに訊いた。

 それに対してアリスは、こう答える。


「いえ、ティナちゃんは、そういうふうに笑うんだな、って、そう思っただけよ」

「~~~~っ、恥ずか……しい、です……」


 まるで小動物のように小さくて可愛らしいティナが、純情可憐に恥じる様子を見て、同性のアリスですら彼女のことを抱きしめたいと思った。

 それこそ小猫のようないとけなさである。


 ネコ耳も尻尾も、ケットシーゆえに小さい身体も、庇護欲を煽る大人しい性格も、同い年の男子に一定の人気があるだろう。

 言えばティナが困惑するのは火を見るよりも明らかだ。ゆえに口にはしなかったものの、アリスは自分にはないその性格を少し羨ましながらそれを確信する。


 そして――、

 一方で――、


「はいっ、わたしが1位だよ!」

「ぐわ~っ、イヴに負けた~っ!」

「大丈夫ですからね? わたしもまだ上がっていませんし」


 イヴとマリアとリタは3人でトランプをしていた。ポピュラーな大富豪である。


 イヴが1位で、マリアとリタの最終決戦にもつれ込んだこのゲーム、当然ながらマリアは手加減していた。

 リタは考えていることが顔に出やすく、基本的に自分の手札のことしか考えていない。相手がなにを考えているのかを考える、という発想が完全に抜けている。


 しかも厄介なのが、手加減しているとバレたらバレたで、「マリアセンパイ! 勝負の世界に手加減は無用だぞ!」なんて言うに違いないところだ。

 その結果、(手加減するといっても……バレない程度に実力を調節するのって、思ったより難しいですね)とマリアは勝つよりも難しいゲームに興じることになったのだ。


「リタ~、頭を使うゲーム苦手なのに、なんで大富豪なんてしようと思ったの?」

「わかっていないなぁ、イヴは! 旅と言ったらトランプでしょ!」


「だとしても、8切り、10捨て、Jバック、革命、階段、縛り、ジョーカーに対してのスペ3、7渡し、2とジョーカーで上がっちゃダメ、その他諸々の追加ルールはやりすぎだよ?」

「ふっふっふっ! バカだなぁ、イヴは」


「えつ!? わたしの方が!?」

「だって、なんとなくルールが多い方が頭いい感じじゃん!」


「それがすでにもうバカの考えだよ!」

「まぁまぁ、ほら、次はリタちゃんの番ですからね?」


「おっ、ラッキー、これで残り1枚!」

「……あぁ~、これ、終わったあと、手札なに~? って訊きますよね?」


「当然っ! だって気になるし!」

「じゃあ、ゴメンね? 8切り、ジョーカー、そして最後の1枚」


「ぐわぁ~っ! 少しぐらい手加減してくれてもいいのにぃ……」

「いや、充分手加減したつもりなんですけどねぇ……」


 リタはベッドに突っ伏した。

 イヌ耳がペタンと倒れて、尻尾からも元気が失われてしまったようである。


 そんなリタに対して、イヴもマリアもなんとなく苦笑した。

 が、その3秒後にはリタは復活して、敗北なんてなんのその、彼女はトランプを集めてシャッフルし始めた。


「さっ! 次はなにする? ポーカー? ブラックジャック?」

「リタちゃん、ポーカーフェイスって言葉、知っていますかね?」


「聞いた感じポーカーと関係ありそうだけど、初めて聞いた」

「……ポーカーというゲームの語源ですからね?」


 この分だとリタは表情を隠すこと、ポーカーフェイスを貫くことさえ無理だろう。

 前述のとおり、リタは顔に考えていることが出やすい。お世辞にもポーカーが得意そうな性格とは言えなかった。


「リタ、ババ抜きしよ? ねっ? そっちの方がリタでも勝機があるよ?」

「ふっふーん、イヴはわかっていない! 知的で、戦術的で、戦略的で、なによりもクールなゲームの方が、アタシには向いているはずなんだ!」


 断言しながらリタはクリスティーナ以上に、小さい身体に不釣り合いで、豊満に膨らんでやわらかそうな胸を張る。

 もしかしたら栄養のほとんどが、頭ではなく胸に回っているのかもしれない。


 と、リタが新しいゲームを考えている、その時だった。

 クリスティーナがみんなを食堂車まで移動するように促したのは。


「みなさま、お食事の用意が整ったようでございます。食堂車まで移動いたしましょう♪」


 1日目、つまり乗車した日の夜に限り、リタの提案を尊重して、そして寝台特急の初日の夜は乗車する前に食べておくのが一般的であるため、駅弁を食べた。

 が、それ以降は他の乗客と同じく、みんなは食堂車で食事をしていたのだ。


 それはさておき、食事をすませると、音響魔術が施されたアーティファクトから、車掌のアナウンスが流れ始める。


『乗客のみなさま、長い間、お疲れ様でした。大変長らくお待たせいたしました。間もなく癒しの都、ツァールトクヴェレでございます』


 ――と。


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