4章1話 問答で、【獅子】の目を見て――(1)



 すでにロイ・モルゲンロートとレナード・ローゼンヴェークのルーンナイト昇進試験の開始予定時刻は過ぎている。

 だというのに、不良と呼ばれているレナードどころか、優等生として知られているロイも試験会場、即ち王都の国営の決闘場に姿を現していなかった。


 両者とも自宅なり寄宿舎にはおらず、行き先も不明らしい。

 そして念話のアーティファクトによる連絡も通じないとのことだ。


「2人ともまだ連絡がつきません!」

「いったいどこに行ったというのだ!?」


「今、目撃情報を集めています!」

「ただの子どもならまだしも、聖剣使いが2人揃って行方不明なんだ! これが長引くようなら新聞に載るぞ!?」


「急いで探せ!」

「ですが、いったいどこを探せば……!?」


 試験の関係者が慌ただしく決闘場の建物内部の廊下を行き来する。

 まさに多忙という雰囲気そのもので、そこを小走りで行きかう人々は皆一様に焦っていて、額には肉体的な疲労とは別の冷や汗をかいていた。


 そしてその様子を険しい目つきで1人の男、エルヴィスが眺めていた。

 エルヴィス・ゴルトベルク・ランゲンバッハ。王室直属の部隊、特務十二星座部隊に所属するキングダムセイバーで聖剣使いの男だ。そして、ロイとイヴを王都に招待した張本人でもある。


「ロイ、どうやら試練の時のようだな」


 厳しい口調で、エルヴィスは独り言を呟く。

 彼はロイのことを確かに心配してはいたが、他の関係者のように、別にここまで必死になって探す必要はないと考えていた。


 遅刻するのも、遅刻の末に試験が中止になるのも、エルヴィスからしてみればどうでもいいことだった。

 性別と年齢を問わず、自身が心から成し遂げたいモノ、貫き通したいモノがある時は全て自己責任であるべきなのだから。


 そして全てが自己責任であるからこそ、試練はその人にとって試練たりうる。踏破した時に過去の自分より成長できる。

 ゆえに気持ちがわからないわけではなかったが、エルヴィスは行き交う関係者にたちに対して(試験を中止にした方がむしろ誠実なのだがな、他の参加者はもちろん、ロイとレナードにとっても)とドライな目を向けていた。


「しかし、まぁ、責任は本人たちが取るべきという考えと、2人ならこの試練を乗り切れるはずだという想いが、自分の中に同居するとは……まだまだオレもお人好しだな」


 自嘲するようにエルヴィスは微笑んだ。

 そう、彼はもし、ロイたちがなにかヘマをして、なにかをダメにしても、弁護する気は一切ない。だというのに、彼はロイたちのことを強く応援していた。


 矛盾だ、と、エルヴィスは一笑にす。

 しかし、それは別に問題ではなかった。


 矛盾を内包するのが人間の心であり、それと折り合いを付けていくことがエルヴィスの考える成長だった。

 ゆえに、問題なのはただ1つ。


「ロイたちが試練を乗り越えることができず、さらに責任を取れなかった場合、か」


 ふと、エルヴィスはロイたちがヘマをした時に、どのような責任の取り方があるかを考えてみた。

 正直なところ、ルーンナイトに限らず、昇進試験に遅刻、あるいは欠席する受験者は当然、多くはないが、絶対にいないというわけでもない。


 ロイたちを贔屓ひいきしているわけではなく、ただ純粋な事実として、今現在、関係者が忙殺されそうなのは、自分たちで勝手に騒いでいるからだ。

 前述のとおり、他の受験者だったらこうも慌てないはずなのに。遅刻者も欠席者も、多くはないがいることにはいるのだから。


 となると一番の問題はありきたりだが報告、連絡、相談の3つを怠ったことだろう。

 そして最後に、これから起きるかもしれない悪い可能性の1つとして、ロイもレナードも今日中に戻ってこない、という展開もある。


「――あと、10分ぐらいが限度か」


 エルヴィスは壁にかけてあった時計を一瞥しながら、そう呟いた。

 と、その時である。彼の近くに1人の幼女、特務十二星座部隊の序列第2位、オーバーメイジのアリシアがやってきたのは。


「あら、なにがあと10分なのですか?」

「流石にあと10分も遅れたら、ロイとレナードの昇進試験は中止になるだろうな、そう思っていたところだ」


「まぁ、残念ですね」

「――――――」


 そこで不意に、エルヴィスはアリシアの目を上から覗き込む。

 いや、覗き込むといっても顔を近付けたわけではない。そのままの顔の位置で、目の奥、心の底まで見透かした、と言うべきか。


「なるほど、お前が元凶か」

「……なんのことですか?」


「オレよりも序列が上といっても、まだまだ20代前半だな」

「――――むっ」


「一瞬、お前の言葉がおかしかった。単語が変という意味ではなく、声がわずかに素っ気なかった、という意味で」

「……感覚的な話ですね」


「残念とお前は言ったが、その瞬間、なにかを隠そうとする意思を感じたぞ。普段のお前なら、もっとフランクに返事して、会話を続けていたはずだ」

「そうですか?」


「早速素っ気ないな。年長者として、あとでいろいろ聞かせてもらうぞ」

「はぁ、なんで魔術もなしに、人生経験なんてモノでわかるんでしょうか……」


 アリシアが溜息を吐くと、ちょうどそのタイミングで決闘場の廊下が騒がしくなる。

 今までも騒がしかったが、より一層だ。


 観察するまでもない。人の流れが一方向になっていて、流れの向かう先には決闘場のエントランスがあった。

 瞬間、エルヴィスは察する。決戦の舞台に役者が到着したのだ、と。


「行くぞ、アリシア」

「えぇ、もちろんですとも」


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