3章14話 決闘のあとで、疲れ果てた少年は――(2)



 その言の葉が紡がれた刹那、その場にいた全員の背中にさらなる戦慄が奔った。

 なにかヤバイ、と、今覚えている感覚を的確に表現することさえできず、しかし生理的な嫌悪感――否――それさえ超越した拒絶感だけは確かに身を焦がしていた。


 皮膚感覚の1つに大気中の魔力を感受する魔力覚というモノがある。それはこの世界の常識だった。

 が、その魔力覚がまるで毛穴が広がるように全開になる感じが、ここにいる全員に襲いかかる。


 強烈すぎる光は逆に目を潰すように、莫大すぎる音は逆に耳を聞こえなくするように――、

 ――その嵐のごとき魔力の奔流はそこにいた者たちの魔力覚をものの数秒でぶち壊した。


 その数秒でなんとか察知できた、この異常な魔力の発生源。

 アリエルが空に目を向けると、そこには驚くほど美しい1人のエルフが浮いていた。


「アリシア!?」

「お姉様!?」


 妹であるアリスが、姉であるアリシアを見間違えるわけがなかった。そして同じように、アリエルがアリシアを見間違えるわけがない。

 決闘場の空に魔術を使って浮いていたのは、紛うことなく、エルフ・ル・ドーラ家の長女、アリシア本人だった。


「――――」


 しかし、アリシアはなにも言わずに瞬間的に姿を消した。

 アリスは理解できなかったが、アリエルはすぐに把握する。概念をその身に宿し、自らが概念になる魔術、【神様の真似事】アドヴェント・ツァイトを使い、自分自身が『速さ』になったのだ。


 まさか、あの神の領域に踏み入る魔術を完成させいていたとは――。

 アリエルは実の娘に魔術師として負けたこと、そして他の全てのことを差し置いて、まず戦慄が一番に先立った。


 そんな彼がハッと我に返り――、

 改めてロイの方を向くと――、


「あれ? 身体がなんともない? えっ、え?」

「~~~~っ、ロイ!」


 なんと、信じられないことにロイの身体が完全回復していた。

 で、そんな彼のことを、アリスは強く、強く、温もりを確かめるように強く抱きしめる。


 レナードも今回ばかりは2人の再会を邪魔しなかった。

 ここで割って入ったら、いくらなんでも無粋すぎる。自分はアリスのことが好きだが、ダセェ男になったつもりはない。と、レナードは内心で呟き、ロイが回復したことに安堵の溜息を深く吐いた。


「ロイ君、そしてレナード君」

「アリエルさん」「侯爵」


 ゆっくりと、改めてアリエルは2人に近付く。

 その瞬間、3人のやり取りに集中すべく、周りにいた全員がいっせいに静まり返った。


 シン、と、まるで水を打ったような静寂である。

 誰もが3人に注目し、ある者は息を呑み、ある者は固唾を飲んだ。


 そして――、

 アリエルは――、


「一切の文句なく、君たちの勝ちだ」


「それじゃあ――っ」

「アリスは!」


「ああ、学院に戻そう」

「~~~~っっ」


 感極まって、アリスは両手で口を抑えて嗚咽を必死に我慢しながら、瞳を潤ませ涙を流し始める。

 そしてロイとレナードは片手を握り、互いにコツンと、軽めにぶつけて互いの健闘を言外にたたえ合った。


 一方で、アリエルは近くで状況を見守っていたカールにも、言わなければならないことがあった。


「ユーバシャール公爵、申し訳ございません」

「ハァ、残念ではあるが、エルフ・ル・ドーラ侯爵が謝ることではない」


「しかし――」

「勘違いしないでもらおうか」


「ん? と、申しますと?」

「私はエルフ・ル・ドーラ侯爵が2人に負けたから結婚を諦めるのではない。私自身が2人との賭けに負けたから、結婚を諦めるのだ」


「公爵……」

「私は若い女が大好きだし、男としてそれを当然だと思っている。だから世間ではロリコンと言われているが……しかし! 決闘の内容を反故ほごにするほど、貴族として落ちぶれた気は毛頭ない! 勘違いしないでもらおうか!」


「――はっ、ありがとうございます」

「フン、話さねばならぬことは多々あるが、跡継ぎに関して言えば、あの2人のうちのどちらかに責任を取らせておけ」


 と、アリエルとカールのやり取りが終わった、その時だった。

 どうやら、ようやくロイも自分の身体を確かめ終わり、立ち上がることができたらしい。


「ところで、ボクはアリシアさんのおかげで回復しましたけど、先輩は?」

「アリシアは俺たちが次になにをするか知っているからな。俺もことも完璧に治してくれたぜ」


「――なら、問題なしですね」

「アァ? なに言ってやがる。問題があったって、俺はテメェと決着を付けるぞ」


 回復早々、2人はギラついた双眸で互いに睨み合った。

 しかいもう以前のように、極端にいがみ合っている雰囲気はなく、むしろ好戦的ではあるが清々しく笑っていた。


「アリス、悪いんだけど、今からすぐに、王都に戻れるかな?」

「ロイ? えっ、でもウェディングドレスを――」


「ちょうどいいじゃねぇか。そのままのカッコで行こうぜ?」

「先輩!? ドレスって高いんですよ!?」


「アリス、仮に傷付いても、お金なら私が出す」

「――お父様?」


「その格好のまま、2人についていってもかまわない。今までお前に貴族であることを押し付けてきた私からの、最初の自由で、償いだ」

「――――」


 話は決まり。

 そう言いたげに、ロイとレナードは互いに言った。


「やっぱり、ラスボスを倒したあとは、ライバル同士の一騎討ちですよね」

「テメェにアリスは渡さねぇ。そしてルーンナイトに昇進すんのも、この俺だ」


「上等です。ボクだって、アリスも、昇進も、先輩にやる気は微塵もありませんよ」

「ハッ、それじゃあ、往こうか」


「えぇ、ずっと待ち焦がれていた――」

「――決戦の舞台に」


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