3章11話 晴天の下で、リベンジマッチに――(5)



 レナードにそう言われ、アリエルは再度、攻撃の手を休めた。

 しかしロイの時のように、彼の戦い方が不可解だったからではない。


(実は意識があったはずなのに、立ち上がるまでにタイムラグがあった。レナード君もロイ君のことを信頼して、あえて少し遅く立ち上がったのか……?)


 レナードがなにか、起死回生の策を弄している。そのことを察したからだ。

 相手が言葉のやり取りを望むなら、アリエルとしても望むところだった。彼も彼でレナードが話している間に周囲を魔術で探り始める。


「魔術の理論には『3つの波動』と、それの元になる『3つの媒体』がある。音と光と術式が前者で、空気と電磁場と、魔力場が後者だ」


「……初等教育でも習うような基礎的な知識だな」

「で、だ。音や光って、別に人間やエルフが出さなくても、思ったより自然界にすでにあるよなァ? 海に行けば潮騒しおざいが聞こえて、森に行けば木の葉が擦れる音がする。光にしたって、俺たちはいつも太陽に照らされている」


「――――」

「そこで疑問に思ったんだよ。人間の手が加わっていないのに、魔力にもある程度、魔術に使えそうなほどには成立しているヤツがあるんじゃないか、って」


 そこでふと、アリエルは眉根を寄せる。

 だが、正解に近付かれたから焦ったのではなかった。


(詠唱を零砕して、私と私の分身を狙うように【 魔 弾 】ヘクセレイ・クーゲルを配置したか。狙いは魔術を使うのに必要な両足と両手……小賢しい。わざわざ会話で私の気を引いてすることがこれか)

「だがそれじゃ、魔力、音楽で言うところのコードとしてありかもしれねぇが、術式、音楽で言うところの小節としては成立しねぇ」


「無論だ。偶発的に組み合わさるほど、魔術という術式の組み合わせは単調ではない」

「だが、利用することはできる」


「――――っ」

「侯爵の魔術発動のトリガーは身体の部位を鳴らすことだ。ここまでは誰だってわかる。重要なのはその先で、侯爵は自然界に予め存在していて、ある程度成立している術式に、最後のひと押しとして身体の部位を鳴らしているんだろ? 指を鳴らす音はコードでもなければ共鳴音でもねぇ単調な音だが、最後のひと押しぐらいなら担えるはずだ」


「だが、それはおかしいぞ。なぜ、私の周りに予めある程度成立している自然界の魔力や、さらにその上の術式が、都合よく存在しているのだ? それも、決闘中にストックが尽きないぐらい」

「それが侯爵の魔術発動の原理の鍵だ。ハッ、予めある程度成立している術式が、都合よく周りにあるわけがない、ねぇ」


「――――」

「――笑わせんな。魔力がどれだけミクロなモンだと思ってんだ? 仮に侯爵の周りを1mと仮定しても、その中に魔力はいったい、何億個漂っているんだろうなァ?」


 そもそも魔力は魔力場の波動なのだが、電磁場にだって光子フォトンというフォースキャリアが存在する。

 ほんの少しだろうと量子場理論を知っている人間はこの場にロイしかいなかったが、それを引き合いに出せば、少なくともロイはレナードの言っていることに納得できた。


「――結論を言えば、侯爵が本当に多様している魔術はたった1つだ」


 ここまで明かされれば誰であろうとわかるだろう。

 アリエルの魔術が。そして、反撃の狼煙がすでに上がっていることが!


「自分の周囲から使えそうな術式を寄せて、集めて、組み合わせる魔術! それが侯爵の使っている魔術じゃねぇのか!? それを侯爵は決闘開始と同時にいつも詠唱零砕していたんだ! 指を鳴らしたり溜息を吐いたりするのは、すでに発動している魔術に対して、集める対象を指定するための合図にすぎない!」


「術式を収集する魔術、メタ魔術か」

「あぁ、恐らく理論上、最速で魔術を発動できるんだろうな。

 なのに詠唱零砕より安定していて、従来の詠唱と同じぐらいの威力で魔術を使える。

 その上、大気中の魔力の数に比例するストックがあり、たった1回の『最後のひと押し』で複数のストックに干渉できるなら、普通に詠唱するよりも手軽に多重発動が可能だ。

 さらに初見の場合、相手はどの動作でどの魔術が発動するか察知不可能という完璧な初見殺し。

 そして術者本人は術式を軽く後押しする程度という特性上、魔力切れが滅多に起こらず、魔術回路のオーバーヒートもまず間違いなく起こらない。

 だが――


 ――1つだけ弱点があるとすれば、発動する魔術が固定されているということだ!」


 そこで不意に、レナードはロイのことを一瞥した。

 そしてロイも、それで彼が自分に伝えようとしたことを言外に察する。


「たとえば指を鳴らして【魔術大砲】が発動するなら! 【魔術大砲】における『最後のひと押し』ってヤツは指を鳴らすこと以外ありえない! 拍手しても、関節を鳴らしても、それじゃあ【魔術大砲】は発動しねぇはずだ!」


 レナードはついに全てを暴ききった。

 ゆえにロイは思う。今度は自分の番だ、と。


(先輩は最低限の役目を、頭脳労働を果たした! だから今度は――)


 そして数秒の沈黙が続くと、不意にアリエルは心底愉快そうに笑い始めた。

 最初はクツクツと口の中で笑いを含み我慢する感じだった。が、徐々に口から声が溢れ始めて最終的には哄笑が響く。


「アッハハッハアッ! 正解だよ、レナード君! それこそが私が編み出して未だどこにも流出していない魔術【収集こそ我がグロースアルティッヒ・業にして到達点】ザムルングサバイトだ!」


「やはり……っ」

「だが――」


 急激に落ち着き笑みを消して、アリエルは自身の身体に殺気を纏わせる。純度の高い、透明な殺気だった。

 まるで心臓をドライアイスの中に放り投げられた時のように、ロイとレナードは心臓をビクッと跳ねさせた。


 そして――、

 ――アリエルは透き通るような殺気を放ちつつ、一歩、前へ出る。


「――惜しいな、レナード君」

「ハァ?」


「君は頭がいい。だからこそ、もうわかっているのだろう?」

「――――」


「理屈を暴けても、勝機には繋がらない、と」

「あぁ、繋がらなかったかもな、戦っているのが、俺1人なら」


 その瞬間、レナードはアリエルを指差して配置済みの魔術を起動した。

 そして同時に、アリエルの方は魔術を無効化するための魔術を。

 しかし――、


「詠唱零砕! 【 零の境地 】ファントム・アリア!!! 【魔弾】を全て無効化す……、……な、にッッ!?」」


 ――アリエルの言葉はそこで途切れた。

【魔弾】の無効化に失敗したわけではない。【収集こそ我が業にして到達点】が異常をきたしたわけでもない。


「ロイは右だ! 収集魔術は同一魔術の多重発動には向いているが、複数の魔術の並列発動には向てねぇ! 突っ走れ!」

「了解!」


 。打ち合わせもなしに、ロイもレナードもアリエルを目指して全身全霊で疾走を開始する。

 今ここで、脚の筋肉が千切れて、もう二度と走れなくなってもいい。今ここで、肉体に生物としての限界が訪れて、一生入院生活になってもかまわない。


 だとしても、一瞬でも速く。速く、速く、より速く!

 そう言わんばかりの気迫でロイは、そしてレナードは、おのが聖剣を両手で握り締めて、その存在を確かめるように突っ走る。


「バカな!? 打ち合わせもなしに!?」


 アリエルが狼狽した理由はそれだった。

 自分の分身と共闘しているわけではない。打ち合わせもなしに息を合わせられるなんて、不可能なはずなのだ。


「参謀が指を差したから、そこを目指して走り始めただけですよ!」

「脳筋なら突っ込むはずだって、こっちはすでに知ってんだよ!」


「…………ッッ!」

「なんせ、アンタには【魔弾】の合図に見えても、ロイにはそう見えていなかったからなァ!」


 ここにきて初めて、アリエルはレナードに後れを取った。確かに彼が指差してきた瞬間、自分にはそれが【魔弾】発動の合図に見えたし、実際に発動したそれを打ち消せている。

 が、だからこそ、そこに2つ目の意味が隠れていることに気付けなかったのだろう。


 勝つために、ボクと相反しているからこそ、先輩が立ち上がるのを待っている。繋がらなかったかもな、戦っているのが、俺1人なら。

 その言葉の神髄をこの刹那、アリエルはついに思い知る。


「往きますよ、先輩!」

「付き合ってやるぜ、後輩!」


 まるで飛ぶような勢いに観客は絶句した。

 まさか最後の最後にここまでの意地を発揮するのか、と。


 だが観客の反応なんて知ったことではない。ロイとレナードが見据えるのは、ただ1人、アリエルだけに他ならない。

 走れ、駆けろ、命懸けの戦場を!


「コンビネーションか……面白い! 最上の迎撃を用意してあげよう!」


 瞬間、アリエルは指を鳴らす。そして超々特大の【魔術大砲】が顕現した。

 まるで空を覆い尽くすかのように出現した高密度の魔力の塊。それはアリエルが演奏会の指揮者がタクトを振るうように右腕を振ると、さらに禍々しく膨張して広範囲攻撃に打って出る。


 しかし――、

 ――レナードではなくロイの方が、その展開を見越していた。


「先輩! エクスカリバーを踏み台に!」

「応ッッ!」


 ロイの言葉に従って、レナードは自らの両脚に重点的に肉体強化を張り巡らせる。続いてエクスカリバー目掛けて跳び蹴りのような動きをした。

 それを見て、ロイはタイミングを合わせてレナードを左に吹っ飛ばす。


 一方でロイ本人はその後、エクスカリバーの刀身を伸ばして、右の斜め後方の床にそれを突き刺す。

 そして最終的には【魔術大砲】が当たる直前に、刀身を戻して床に刺さったそれに引かれて広範囲攻撃を免れた。


 そしてすぐさま体勢を立て直すと、2人は目の前の宿敵を目掛けて、まるで競い合うように再度、戦場を駆け抜け始めた。

 聖剣使いにこのまま突っ込まれたらマズい! そう考えたアリエルは舌打ちを1回。


「っっ、先輩! 今度は魔術防壁です!」

「ってぇことは! アスカロンなら余裕じゃねぇか!」


 事実、ロイの推測――否――予言どおりに魔術防壁がアリエルを守るために展開された。

 しかしそれと同時に、アスカロンの紫電のごとき斬撃が叩き込まれる。


 刹那、確率の収束に抗う能力チカラが発動する。

 普通なら、見たままに剣の速度と魔術防壁の強度を考えるなら、どう見積もってもレナードがその防壁を突破できるわけがない。だがしかし、結果的にガラスが砕けるような音と爆発的な煙を立てて、アリエルの魔術防壁は破壊された。


「ハッ」


 と、アリエルは鼻で笑う。

 だが正直、意趣返しとしてロイもそれを鼻で笑いたい気分だった。


「今度は索敵魔術です!」

「ってーことは、俺が突っ込んだ先にはすでに侯爵がいるんだよなァ!?」


 煙の中からレナードが姿を現す。

 そして確かに、彼の目の前にはすでに右手を構えたアリエルがいた。


 彼我の距離は3m以内。

 剣を振れば斬れる距離だが、アリエルの高速魔術なら充分に張り合える――はずだった。


「次は【魔術大砲】!」

「――応ッッ!」


 次の瞬間、確かに【魔術大砲】は発動した。

 しかしレナードはそれを超々至近距離で撃たれたのにもかかわらず、わずかに横に逸れるだけで射線から外れてみせた。


「バカな……ッッ! 手の内がバレるにしては早すぎる!?」


「ロイ!」

「こっちも今、もう片方を追い詰めています!」


 ロイの言葉にハッとして、アリエルは分身の方を一瞥した。

 やはり分身の方もロイに追い詰められており、流石のアリエルでも動揺を抑えきれない。


 なぜこちらの攻撃が見切られる?

 そのような間抜けな疑問が脳裏を過った瞬間、アリエルはそれを頭を振って打ち消した。答えなんて、最初から出ているようなモノなのだ。


「ロイ君、まさか君は……ッッ!!?」

「散々脳筋とか言われてますけど、ボクは本来、真面目なんですよ! 勝つにしろ負けるにしろ、最初から自分に糧にするつもりでしたから――あなたとの初戦は全て! 記憶しています!」


「そんな子どもでも思い付くゴリ押し戦術を脳筋というのだ!」

「まったくだ! けど、まァ、その優等生の手本みてぇな姿勢に、アンタは押され始めてんだぜェ!?」


 レナードが言うと、彼は聖剣を振り上げた。

 そして轟ッッ、と、渾身の聖剣をアリエルの頭蓋に向かって勢いよく振り下ろす。


 紙一重で、アリエルはなんとかそれを躱したが――、

 しかしッッ!


「――――…………    」

「……っ、分身を狙った!?」


「ナイスタイミング」

「先輩こそ、やるじゃないですか」


 あのロイとレナードが、互いに互いを褒めたたえる。

 そう、レナードが振り下ろした剣は、ロイが攻めて後ろに追い詰めていた、もう片方のアリエルを斬ったのだ。


(挟み撃ちになるように誘導されていたのか!? タイミングが少しでもズレていたら、私の方が……ッッ!)


 まさに協力プレイとはこのことか。誇張抜きで、今のは完璧に息が合っていたコンビネーションである。

 この2人は互いに仲がいいわけではない。


 だが――、

 ――アリスを助けたいという気持ちだけは一緒だった。


 本当にただそれだけで、ここまで互いに協力し合えるコンビが生まれた。

 それは本当に、アリエルからしたら戦慄するレベルの劣勢で、アリスからしたら、世界一頼もしい救援である。


「さぁ、これで逆転は完了です!」

「となれば、あとは勝つだけだよなァ!?」


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