3章5話 結婚式で、花嫁を好いている2人の少年は――(1)



「誰だね、君たちは!?」


 突然の乱入者にカールが吠える。しかし、流石にそれは当然の反応だった。

 実際、彼以外のほとんどの参列者も目を丸くして、件の2人に怪訝そうな視線を向けている。


 だが、アリスは違った。

 彼女は涙目から一転してロイたちの登場に、まるでバラのような笑みを咲き誇らせる。どれほど彼らの登場を願っていたのかは、もはや言うまでもない。


「ボクはロイ・モルゲンロート、アリスの恋人です」

「レナード・ローゼンヴェーク、テメェの次はこいつからもアリスを奪う男だ」


 ロイとレナードがいる扉の前と、アリスとカールのいる檀上。彼我を繋ぐヴァージンロードには当然、なにも障害物がなく、真正面に、一直線に続いていた。

 そして2人は大胆不敵にも真っ直ぐに、一切臆せず、攫われるのを待っている花嫁に向かい、靴を軽快に鳴らしながら歩み始める。


「待ちたまえ」

「エルフ・ル・ドーラ侯爵……っ」

「やっぱ出しゃばってくるよなァ」


 しかし、だ。障害物はなにもなかろうと、2人にとっての宿敵は確かにそこに立っていた。

 威風堂々と胸を張って進む2人の行く手を遮りながら、アリエルは幾分かトーンを落とした声をかける。


 そこでロイは強く彼のことを睨み、レナードはガシガシと、片手で面倒くさそうに後頭部を掻く。

 彼我の距離は10歩で詰まるほどしかない。剣が早いか、それとも魔術が早いか、非常に判断に苦しむ距離であった。


 ゆえに、ここに全員が察した。これはもう、流血沙汰が起きてもおかしくはない、と。

 それを知って知らずか、ふぅ……と、アリエルは1つ、呆れたように溜め息を吐く。


「ユーバシャール公爵、申し訳ございません。これは私の落ち度です」

「なにぃ!?」


「この少年たちは娘のご学友です。恐らく、アリスと離れたくないから奪い返しに来たのでしょう」

「だから今、そう言ったじゃねぇか」


 貴族相手に不機嫌さを取り繕おうともせず、レナードは無遠慮にバカにした。

 態度はともかく、目の前でウェディングドレスを着た好きな女が、別の男と向かい合っているのだ。それは不機嫌にもなるだろう。


 一方でロイも、胸中が穏やかではなかった。

 あと10秒でも突入するのが遅れていたかと思うと、率直に言って反吐が出る思いである。


「だがしかし、君たちは2人共、一度ずつ、私に決闘を挑んで敗北しているはずだ。どのような道理でここにきた?」


「ボクたちがエルフ・ル・ドーラ侯爵との決闘に敗北して義務付けられたことは、アリスを馬車に乗せるのに干渉しないことと、それからの移動を邪魔しないことです」

「式はとっくに始まっているし、移動はもう完了しているよなァ?」


 屁理屈ではあるが、同時にただの事実でもあった。

 そもそもの話、確かにこれはアリエルの落ち度だ。結婚式を妨害されたくないのならば、式が終わる時刻を伝えて、それまで王都から出るなと命じておけばよかったのである。


(これが矛盾を放置し続けてきたツケか。気付いていないわけではなかった。しかし、常識的に考えれば邪魔はしないだろうと、甘さが生まれ、実際に恥をかく。因果応報とはまさにこのことだな)


 だが、今の彼は貴族だった。

 結婚というありふれた家庭の営み、それにさえ公務が混じるのには正直、もどかしさもあったが――瞑目して、公私混同はここで切り捨て開眼した。


「――そうか、言葉にしないとわからないようだな」


 とはいえ、心底落胆しているのもウソではない。

 アリエルはそれこそ名刀のように鋭く、ウソ偽りなく人を殺しそうなほど仄暗い目でロイとレナードをめ付ける。


 その刹那、ロイとレナードは戦慄した。背筋が凍え、まるで心臓を鷲掴みにされたかのような錯覚さえ覚える。

 この男は、これほどまでに凄絶な目をできるのか、と、思わず2人は生唾を呑んで緊張する。


 目をあわせただけで確かな殺気を感じる。

 対抗する意思は当然あるが、目を背ければ一瞬で、本当に死ぬことを覚悟しそうになるほどだった。


 あくまでもアリエルは学者で、魔術を用いた兵士ではない。だというのにこのやり取りだけで、2人は格の違いを思い知る。

 まるで骨の髄にまで染み渡るような毒のごとき絶望だった。


「さて――昨日の決闘で君たちに『結婚式の邪魔をするな』という敗者の義務を科さなかったのにはわけがある。結論から言えば、慈悲の心ゆえだ」


「――――っ」


「そこまで強制してしまえば、逆に君たちはアリスのことを諦め切れないだろう。命令されたから行けなかったんだ、とな。だからある程度の緩さを残し、結婚式には自らの意思で行かないと判断してもらえれば、私としては踏ん切りが付きやすいと考えたのだよ」


「ンだと……?」


「ロイ君はもちろん、レナード君も荒れた態度が目立つが聖剣使いだ。さぞ、高潔な魂、そして矜持を持っていると思い、貴族として、平民に慈悲を与えるつもりで甘さを残した」


 だが、と、アリエルは続ける。


「君たちは私の期待を――いや――それと同じく自らの罪悪感を裏切った。勝手に勘違いしたのは私だが、君たちにはほとほと失望したよ。まさか結婚式の邪魔をしないだろうと、君たちの善の心、社会的な常識を信じてみれば、ものの見事に裏切られた」


「そりゃァ、俺たちを舐めすぎだぜ、エルフ・ル・ドーラ侯爵」


「なに?」


 次の瞬間、レナードではなくロイが、アリエルに向かって一歩だけ近付いた。

 いや、違う。正確には、アリエルの背中の向こう側にいるアリスに向かって前進したのである。


 決意を瞳に宿したロイ。

 邪魔する者は誰であろうと斬り伏せる。彼の瞳は確かにそういう覚悟を物語っていた。


「エルフ・ル・ドーラ侯爵」

「なんだね?」


「慈悲を与えて。そういう態度が透けて見える時点で、あなたのそれは慈悲ではなく、傲慢です」

「…………ッッ」


「確かにあなたは善意で、ボクたちに緩い義務を課したのかもしれません。ですが、ボクたちがいったいいつ、そんなことを頼みましたか? 勝手に押し付けたモノを拒絶されたぐらいで恨むのなら――そんなの優しさじゃない。あくまでも、苦しむ人を見るのがイヤな自分のために、まずは提案するのが、自己満足でもあり、実は本当の優しさでもあるんじゃないですか?」


 ロイは前世の自分を思い返す。

 嗚呼、そうだった。そうだったじゃないか、と。


 確かに自分は長期間、入院生活を余儀なくされた。そして結果的に15歳で死んだ。母親にも、父親にも、幼馴染にも、間違いなく多大な悲しみを遺してきただろう。

 だがしかし、両親は一度でもイヤな顔をしたのか? 自分の前ではいつだって献身的で、本当の優しさを与えてくれたのではないか? 幼馴染の女の子だってそうだ。


 だから、ロイは同じ過ちを繰り返さない。

 罪悪感を覚えてと考えていた過去の自分を乗り越えて、アリスを救うことで自分自身も救ってみせる。彼はもう、そう決めていたのだ。


「それに実はボク、アリスとは本当に付き合っていたわけではありません」

「……不敬罪に値するか否かは最後に決める。続けなさい」


 先ほどの言葉に、思うところがあったのだろう。

 アリエルは勝手にもここにいる全員を代表して、ロイに続きを促した。


「偽物の恋人を演じた理由の1つは、周りからの余計な詮索を避けるためです」

「まぁ、理屈は通っている」


「最後まで、私の恋人役を貫いて? ボクはアリスに、そうお願いされました」

「それが、なにかね?」


「しかし――ッッ!」


 刹那、ロイの右手から純白の輝きと黄金の風が渦巻いた。

 そしてその中から彼が振り払うように取り出したのは、一振りの豪奢な聖剣だった。


 ロイの聖剣、エクスカリバー。


 それを見て気の弱そうな参列者の女性が「ヒッ」と短い悲鳴を上げる。

 聖剣が怖かったのではない。これだけの貴族の目の前で聖剣を取り出したことが卒倒ものだったのだ。


 しかし、ロイは周りなんて気にしない。

 それを言葉でも行動でも証明するように、彼はエクスカリバーの切っ先をアリエルに向けて宣言した。



「悪いですけど! ボクはまだ、アリスとは付き合っているつもりだ! ボクはボクの恋人を! 今ここで――ッッ、取り返させていただきます!」



 神の御前に響き渡るロイの誓い。

 それを聞いて、壇上にいるアリスの胸が締め付けられないわけがなかった。


 なんだ、そうか――。


 自分たちは偽物といえど、まだ恋人同士だったのか。

 関係が切れていなかった。繋がっていたんだ。


 その想いで胸がいっぱいになり、アリスの目尻に雫が溜まる。

 無論、それは先刻のように全てを諦観したがゆえの涙ではない。


 救われた。


 ただひたすらにその想いで胸が溢れ、感極まったがゆえの涙だった。

 その涙は日の光を反射して、まるで宝石のように輝いている。


「そういうこった、エルフ・ル・ドーラ侯爵。俺はもちろん、このロイだって、アンタが思っている以上にバカで、どうしようもなくクソガキで、そしてバカでクソガキだからこそ、世界を素直に見れるんだ」


「――――」


「現実がどれほど絶望的でも、貴族にさえ逆らう想いを貫けんだ」


 言うと、レナードも紫電と蒼い炎を自身の右手から奔流させる。

 そして紫と蒼に染まった虚空から、自身の聖剣であるアスカロンを顕現させた。


 ざわめく参列者たち。

 加えて、カールは自分の晴れの舞台が台無しになってしまい、右に左に狼狽うろたえるし、司会進行役の神父も、生まれて初めての事態に額に汗を垂らしている。


 だが、そんなものは知ったことではない。

 よくよく考えてみれば、ここがどのような世界だろうと、本人の意思を無視して結婚させる方が悪いのだ。


 政略結婚の裏には常に、金の流れや利権の気配が広がっていることは察している。

 だがそれは今回の場合、1人の女の子の意思を尊重した上で、初めてやり取りを許されるモノだ。察せられた時点で悪者決定である。


 ゆえに開き直り、レナードもロイと並ぶようにさらに一歩前に出て、アスカロンの切っ先をアリエルに向けた。

 そして2人は特に打ち合わせもしていないのにも関わらず、声を重ねて宣言する。全てはただ、間違ったことでアリスが泣くのが気に喰わないというプライドのために!




「「エルフ・ル・ドーラ侯爵! 貴公に再度、決闘を申し込む!」」



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