3章6話 結婚式で、花嫁を好いている2人の少年は――(2)



 瞬間、チャペルの中が痛々しいぐらいの静けさに包まれた。

 シン――と静まり返ったというレベルではない。時が凍えたと言っても過言ではないレベルの静寂だった。


 誇張抜きに、卒倒する人まで現れ始めている。貴族も貴族で物理的な争いごと、抜身の剣から縁遠かったというのもあるが、ロイとレナードの覚悟は常軌を逸している。貧血気味で低血圧の女性なら卒倒するのも不思議ではない。

 だが、アリエルは微塵も臆せずに、努めて厳かにこう答えた。


「あくまでも、これが私個人で完結することだったなら、かまわないと答えただろう。だが――」


 ふと、アリエルは自らの背後にいたカールに視線をやった。

 それにあわせてロイとレナードも聖剣を下ろす。


 恐らく、爵位がどうであろうと強いのはアリエルなのだろう。

 以前、ロイは強さでは偉さに勝てない、そう考えたことがあった。が、今は状況が切迫している。このように即断即決がものを言うような状況なら、強さによる威圧感も無力ではないのかもしれない。


 ゆえにカールは血気盛んな3人からの視線を受け止めて、流石に動揺を強めてしまう。

 だが、それでも彼は貴族なのだ。いささか風格に欠けている自覚はあったが、それでも貴族社会を生き抜くための地頭の良さは持っている。


「エルフ・ル・ドーラ侯爵」

「はい」


「その決闘、わざわざ受ける必要はない」

「――当然、ですね」


 ふと、カールもカールで肝を据わらせたのだろう。

 深呼吸は隠せなかったものの、それでも壇上から3人と同じところに下りてきた。


「モルゲンロート、ローゼンヴェーク。これは私の本心だが、君たちの行動力は大したものだ。だが、その決闘を受けたとしても私たちにメリットはなにもない」


「サァ? ホントはあるかもしれねぇぞ? 足りない頭を使ってよ~~く考えてみろよ。まァ、栄養が腹にしか行かねぇなら無理だろうがなァ!」


「…………ッッ、不敬である! 先ほど、モルゲンロートも言っただろう。勝手に押し付けたモノを拒絶されたぐらいで恨むのなら――そんなの優しさじゃない。となれば、その逆も立場も然り。優しさとは、与えられなかったからと言って相手を恨むようなモノではない! お望みどおり、慈悲を与えてあげるという態度はやめてやろう!」


 カールの言うとおりなのだろう。

 優しくする側とされる側。前者が勝手に押し付けたモノを拒絶されても、恨むのは筋違いなのに対して、後者も与えられなかったからと言って、相手を恨むのは筋違いなのだ。


 他人からの優しさなんて、本当は当たり前のモノではない。

 だからこそ他人に本当の意味で優しくできるのはすごいことだし、他人に優しくされたら感謝の気持ちが芽生えるのだろう。


 ゆえに、ロイもレナードも、至極真っ当なカールの反論に、さらに言い返すようなことはしないし、できない。

 が、代わりにレナードが彼にしたのは――駆け引きだった。


「ユーバシャール公爵」

「な、なんだ……っ」


「貴公にも、俺たちは決闘を申し込む」

「ハァ!? 人の話を聞いていなかったのか!? 我々にメリットなんてなにもない!」


 それは武器を持った乱入者への狼狽ではなく、バカを見た時の驚愕だった。

 ここまでくるとカールの2人に対する恐怖心も、ほぼほぼ薄れて消えている。


「公爵様だって、ここまでされたら面目丸潰れだろ? しょせん俺たちは粋がっているだけのクソガキだ。楽勝だと思うぜ?」

「えぇ、まぁ、負けるのが怖ければ断ってくれてもかまいませんが」


「恐怖の有無を話しているのではない! メリットの有無を話しているのだ!」

「…………ッッ、公爵、その反論はマズイ!」


 釣れた。

 レナードの作戦にものの見事にカールは引っかかってしまう。


「ここまで散々口にしたんです。それはつまり、メリットさえ提示できれば、ボクたちとの決闘を受けてくださる、ということですよね?」

「まァ、公爵様が野蛮なのがお嫌いならば、武力を持ちえない方法で決闘しましょうよ」


 レナードが考えた作戦の要は2つある。

 1つはアリエル個人から、まずは決闘を認めてもらえるということ。そしてもう1つは今朝、空を飛んでいた時に確認し合ったように、カールは偉くても強くはないということだ。


「なァ、外ウマって知っているか?」

「……っ、なにかしらの競争が起きた際に、AとBが戦う。そしてAとBのどちらが勝つかをCとDが予想する。そしてCかDのどちらか、予想を当てた方が勝ち、そういう別のゲームを利用したゲームだったか……?」


「俺たちは俺たちが勝つ方に賭けるが、公爵様はどう考えても立場上、アリエル・エルフ・ル・ドーラ・ヴァレンシュタインが勝つ方に賭けるしかねぇよなァ?」

「ちなみにですけど、ボクたちがあなたに要求するのはエルフ・ル・ドーラ侯爵に対する要求と同じ内容です。今後、絶対にアリスを意思を、権利を無視するな」


 そこで息を整えて、一拍置いてロイは続けた。


「一応言っておきますが、確かにあなたがボクたちに賭ければ、そちらのうちのどちらかは100%決闘に勝てることになりますが――」

「――どちらか片方は100%負けて、今後、絶対にアリスを意思を無視できねぇという義務に縛られる。数学のお勉強で言うところの組み合わせの問題だな」


「ぐぬぅ……っっ」

「義務でもないのに、アリスは結婚をさせられそうになっているんです。それに比べたら安いものだと思いますが?」


 やられた、と、カールは自分の失態を悔やむ。

 この少年たちは自分が戦いにおいて弱いことを知っている。だが、そこは別に驚くようなことではない。


 問題なのは決闘のジャンルが武力からギャンブルというカテゴリーに変わったのに、それでもなお、決闘を受けないということだ。

 そもそも自らの結婚式を無難に終わらせられなかった時点で、貴族としてかなりの醜態だ。ここで彼らに見せしめようなことをしておかないと、本当に自らの立つ瀬がなくなってしまうだろう。


 それにもう、自分が弱いから、という言い訳は使えない。

 実際に向こうは自分たちに賭けているケガをするだろうが、アリエル個人に賭けるのなら、カールがケガをする可能性なんて一切ない。自分の代わりにアリエルが戦ってくれるのだから。


 ゆえに、カールは自身のバカさ加減を内心で罵った。

 最初からブレなければよかったのだ、と。


「ハァ、口車に乗せられかけそうになったのは恥ずかしいな。最初から、君たちを不敬罪にしておけば――」

「不敬罪にするのはやめておいた方がいいぜ? 自分が負けると思わねぇなら、結果的にあんたが損をすることになる」


「なんだとぉ!?」

「――さて、ロイ? 俺は講義をサボってるからよく知らねぇけどよォ、国家反逆罪じゃあるまいし、実は不敬罪って死刑はなかったよな? だいたい禁錮何年だ?」


「禁錮、3~15年ですけど、今回はどんなに軽く見積もって5年は超えるでしょうね」

「ハッ、だよなァ」


 その瞬間、アリエルもカールもレナードの作戦に気付いた。

 否、本当に気付けたのは、作戦ではなく、ロイとレナードの覚悟というべきだろう。


 2人を一度ずつ負かしているアリエルも、2人を少しは舐めていたカールも、認識を改めるには充分な戦慄に背筋を震わせる。

 なるほど、と、アリエルとカールは生唾を呑んで、静かに態度を改めた。生半可な決意でここにきて、今、胸を張って立っているわけではない。


 それをウソ偽りなく心底認めて、ロイとレナードを警戒に値する敵と定めた。


 だが、それゆえに口惜しい。

 彼らがここにこなかったら、間違いなく輝かしい未来が待っているというのに。


 悔やんでも悔やみきれないほど残念に思う。

 せめてもの礼儀と思い、アリエルはロイとレナードの覚悟を汲んで、2人に問う。


「――――決闘、か。確かにそれは法律で認められている立派な物事の解決の手段だ。貴族といえども、私とユーバシャール公爵に決闘を挑むこと、それそのものに問題はない。それで、だ」


「「――――」」


「先ほどからほのめかしていた、君たちが賭けるメリットはなんだ? 君たちは――いったいなにを懸ける?」


 レナードは内心で笑ってしまう。

 ロイの方は自分たちの意図を察したアリエルに感謝さえした。


 なにを懸けるか、だって?


 愚問だ。

 この場を収めるために合理的な対価は1つしかない。


 そして合理的か否かは無視したにしても、自分たちのアリスに懸ける熱意を認めてもらう対価も、同じく1つしかなかった。


 往くぞ。

 もう、否、最初から、後戻りなんてできない。



 ならば無茶でも、無謀でも、愚かでも、救いようがなくても――、

 ――がむしゃらに! 全力で! 前に進むだけである!




「貴族にケンカを売るんですから――」

「――命を懸けるに決まってんだろッッ!」



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