ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~願いで現実を上書きできる世界で転生を祈り続けた少年、願いどおりのスキルを得て、美少女ハーレムを創り、現代知識と聖剣で世界最強へ突き進む~
3章4話 結婚式で、誓いのキスをする前に――
3章4話 結婚式で、誓いのキスをする前に――
チャペルの扉から檀上、さらに神父の前まで続く真紅のヴァージンロード。
そこをアリスはアリエルと並んで、いささか俯き加減に歩いていた。
ヴァージンロードはチャペルの中央を縦に一線するように敷かれている。で、それによって分けられた右側と左側、その両方には多くの参列者が横長の椅子に座っていた。
右側はエルフ・ル・ドーラ家に、左側はユーバシャール家に
「アリス」
「はい」
アリエルに名前を呼ばれるアリス。
そのタイミングで彼女は彼から離れた。
そして独りで、ユーバシャール公爵が待つ壇上へ。
神様からの祝福を連想させるような感動的なパイプオルガンの旋律が響く。ラッパを吹く天使が象徴的なステンドグラスからは、まるで木漏れ日のように日の光が差し込んでいた。
荘厳ではあるが堅苦しくはなく、喋り声は聞こえてこないが、アリス以外、過度に緊張しているわけでもない。適度にマナーを弁え、適度にリラックスしていて、雰囲気さえもが清廉潔白そのもので――まさに神の御前に相応しい空間になっていた。
そのような中でアリスが壇上、ユーバシャール公爵の前に辿り着くと、ふとパイプオルガンの旋律は綺麗に終わった。
カール・アーメント・フォン・ユーバシャール。
ユーバシャール公爵の本名はそれだった。見るからにアリスよりも一回り以上、年齢が離れていると断言できた。ここにロイはいないが先刻、空の上で彼がレナードからの情報に「ロリコンですか!?」と突っ込んでしまったのにも頷ける。
貴族としてかなり裕福な暮らしをしている証明だろう。
肥満というほどではないが、割とふくよかな体型をしていた。背は微妙に170cmに届かないぐらいで、顔は中の下だが清潔感は確かにあった。
愛想を良くしていれば、貴族ということも相まって、いい感じのおおらかな紳士に見えるかもしれない。
しかしそれもそれで事実だったが、実のところ、アリスを結婚相手に選んだのは政略的な意味合いだけではなく、多分な趣味も入っていた。
決して私欲だけではない。なのに私欲を満たす。カールは自身のこの結婚を以前、「趣味と実益を兼ねた結婚だ」と自画自賛したことさえあった。
クズというほどではないが、自分に忠実な人間なのだろう。
「それでは、みなさん、神を賛美いたしましょう。讃美歌、102番」
讃美歌にも歌うシーンに応じていろいろなそれが用意されている。当たり前だが、全部が全部、全く同じように神を賛美するモノではない。
要するに、讃美歌の102番は結婚式で新郎新婦が愛を誓う時の讃美歌だった。否、より厳密にいうならば、愛を誓うのはもはや前提で、2人の愛に祝福を与え、永遠を約束してください、というニュアンスの讃美歌である。
「…………っ」
声を出す必要がない1番と2番の間奏で、アリスは思わず奥歯を軋ませてつらそうな顔をした。
ロイの前世でいう無神論者には伝わりづらい感覚だが、この世界に生まれて、そして竜の聖書教の信徒であるアリスに、これは酷な時間だった。
本心ではカールなんて、微塵も愛していない。形式上結婚してしまうのは百歩譲って諦めるにしても、心まではそうはいかない。
人間、そしてエルフは感情を抑えることはできても、感情を別物の感情に変換できるようにはできていないのだ。
当たり前のことだからこそ、覆せる余地なんて微塵もない。
アリスの場合、屈辱を我慢することはできても、屈辱という感情を愛という感情に変換なんて、できるはずがなかった。
だというのに、永遠の愛を自身が信じる神の前で誓い、あまつさえ、祝福を願う。
宗教の色が根強い国に生まれたアリスは今、心がズタボロにされる思いである。
「それでは、聖書の一節を朗読いたします」
讃美歌が終わる。
神父が壇上で、両手を宙に向かって伸ばすように広げると、事実、彼は聖書の一節を音読し始めた。
エルフ・ル・ドーラ家も、ユーバシャール家も、どちらも竜の聖書教の信者だった。
ゆえに宗教争いも特に起こらず、今、神父が読んでいるのも竜の聖書教の聖書であった。
そして聖書の一節を読み終えると――、
――神父はお決まりのセリフを言い始める。
「新郎――カール・アーメント・フォン・ユーバシャール」
「はい」
「汝は、病める時も、健やかなる時も、新婦を支え、永遠に愛することを誓うか?」
「はい、誓います」
神父の言葉に、カールは強く頷いた。
確かにアリスを花嫁に選んだのは趣味も混じっている。
が、しかし、少なくともカールにとって、彼女のことを永遠に愛するということは本当だった。
いくらなんでも結婚する以上、カールだってアリスを蔑ろにするわけがない。というより、本人でさえそう神に誓えるほど、アリスはまるで人形のように可愛らしかったのだ。
「新婦――アリス・エルフ・ル・ドーラ・ヴァレンシュタイン」
「……はい」
「汝は、病める時も、健やかなる時も、新郎を支え、永遠に愛することを誓うか?」
「…………」
アリスは答えない。
だが、たったそれしきのことで参列者がどよめくということもなかった。イヤな話であるが、政略結婚で花嫁がこういう態度を取るのは、そこまでありえないことではなかったのである。
アリスはまだ10代で、しかも相手は自分より何歳も年上なのだ。イヤがるのは誰にだって理解できる。
ゆえに、気持ちはわかるが、だからと言って今さらどうこうできるはずがない。そういう答えに至り、参列者の誰しもがここでは静寂を貫いた。
そしてアリスがこれ以上待っても答えないと確信すると、神父はアリエルの方を一瞥した。
慣れたくないことに慣れてしまったのだろう。そのアリエルが頷くのを待ってから、神父は神妙な面持ちで式を再開する。
「……無言は肯定とみなし、それでは、新郎新婦、2人で誓いの口付けを」
促されると、アリスとカールは前方から互いの方に向き直る。
そしてカールはアリスの純白のベールを頭から取った。
露わになるアリスの美貌。今の彼女は男性なら誰もが感動するほど美しかった。まるで、それこそ神様に特別扱いされたような美しさである。
薄っすらと桜色の口紅を塗っていて、
よく、女性の初めてを奪うことを、女性を穢してしまう、と、そう比喩表現することがある。
そして一部の男性では、好きな女性を穢したくないから、初めてを奪わないということもあった。
誰であろうと穢すことは許されない。
今のアリスのにはそんな神聖性、処女性が確かにあった。
ロイが今の自分のウェディングドレス姿を見たら、純白のまま、純潔のまま、そばに置いておきたいなんて思うのか。
そんな悲しくて無意味なことを、この期に及んでアリスは思う。
「綺麗ですよ、アリスさん」
「……っ」
カールの鼻息は少しだけ荒かった。
下品というほどではないが、早くアリスとキスがしたい、と、余裕のない感じがありありと窺える。
再三になるが、今のアリスは傾国級に麗しい。
そこまで素敵な美少女との口付けを、自分だけが約束されているのだ。抑えた方がいいが、ここに揃った男性陣にとって、カールの気持ちは理解できないほどではない。むしろ彼を羨ましいと思った者さえいたぐらいである。
(――ロイ……っ)
翻ってアリスは心の中で、初恋の男の子の名前を呼ぶ。
彼の名前を呼び続けていれば、どんなに屈辱的なことでも耐えられると思ったのだ。
しかし、次の瞬間にはきっと、自分の唇は汚れてしまう。
そう思うと、ついに涙が溢れそうになった。好きな人としか、ロイとしか、キスなんてしたくないのに、と。
嗚呼――やはり、ロイにファーストキスを捧げておいてよかった。
そのことがもはや、アリスにとっての支えになっている。
皮肉な話だ。その支えがあるからこそ、充分に満足してしまったから、それが諦めのキッカケにもなりえるなんて。
(これ以上、なにかを求めるのは、贅沢よね)
――でも――
――しかし――
(けど、ロイとキスのその先、一度でいいから、してみたかったわね。一度しかない女の子の初めては――ロイ、やっぱりあなたに、捧げておきたかった)
流石に一度キスしてしまえば、つまり汚れてしまえば、アリスの心は折れる。
そう、諦めるのではなく、折れてしまうのだ。後者は前者に比べて、尊厳が傷付く、心が元に戻らない、復元不可能という意味で致命的である。
そして、折れてしまえば、アリスは自分の旦那はカールだと、納得はしないが、妥協はしてくれる。
勉強ができるからこそ、逆にわかってしまったのだろう。これこそが、全てを波風を立てずに無難に終わらせるための儀式だ、と。
ゆえにアリスはせめてもの抗いとして目を瞑る。見たくない世界を見ないために。
そしてカールは勘違いをする。彼女の心の準備はできたのだ、と。
「それでは――」
(ロイ、私、あなたのことが――)
カールの顔が迫り――、
アリスが心の中でそう呟くと――、
「「その結婚! ちょっと待ったアアアアアアアアアアアアア!!!!!」」
バンッッ! と、乱暴な音を立てて、チャペルの扉が勢いよく開いた。
まるで蹴り飛ばして開けたかのような勢いである。
突然の乱入者に、今度こそ参列者たちはざわめいた。
呆然とするアリス。情けなく慌てふためくカール。アリスのような娘に慣れてしまった神父でさえ、予想外のことに少しだけ取り乱している。
だがアリエルだけは、少しだけ口元に笑みを覗かせた。
アリスの父親ではない。エルフ・ル・ドーラ侯爵を邪魔するとしたら、あるいは止めてくれるとしたら、やはり君たちかと、そう言いたげに。
アリスとカール、2人がいる前方をアリエルは向いていたのだが、矛盾を抱え、彼はゆっくりと振り返る。
そこにいたのは、2人の少年だった。どちらに転ぼうが、自らの矛盾に
「アリス、キミを救いにきた」
「悪ィな、花嫁はもらっていくぜ」
――ロイ・モルゲンロートと、レナード・ローゼンヴェークだった。
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