3章3話 花嫁の控え室で、幸せな夢を見るために――(2)



 結婚式の打ち合わせ、段取り決めは存外、簡単に終わるものだ。

 などと言うと語弊が生じる恐れがあるが、要するに当事者、つまりアリスを抜きにしても、アリエルと相手方だけで全てを決めることができたのである。


 つまり、予定を組むのは簡単というわけではなかったが、アリスを関わらせないことは簡単だった。


 そして、結婚式という行事は3つの段階にわけることができる。

 つまりは『打ち合わせ』と『準備期間』と『当日』だ。


 全ては打ち合わせからスタート地点して、準備期間では打ち合わせで決まったことを手配しまくり、ウェディングドレスの用意や、チャペルの予約、参列をお願いする知り合いの貴族の方々への招待状の送付などなどをしておく必要がある。


 しかし、当日だけはアリスがいないと話にならない。

 が、さらにしかし、アリスがいなければ話にならないだけであり、逆にいるようにさえしてしまえば、全ての準備はそれまでに片付いていることになる。


 当然と言えば当然だが、当日だけが本番であり、本番の成功だけが全てなのだ。


「――アリス?」


 ノックしても返事がない。

 ゆえにアリエルは控えめに、アリスがいるはずの控え室のドアを開けた。


 すると、そこには確かにアリスはいた――、

 ――眠りながら、一筋の涙を流していただけで。


「――アリス、私は、お前のことを娘として大切に思っている」


 ふと、アリエルはアリスの座る椅子に近付いて、そう告白――否――独白する。

 アリスが眠っていて、言葉が届いていないのにも関わらず、だ。


 いや、むしろ届かないからこそ、こうして懺悔することができるのだろう。

 娘が見ているところでは、父親よりも侯爵という貧乏クジを引き続ける必要があったから。


「だが、鳥が自分の雛をどれだけ大切に思っていようと、人間やエルフと同じ生活を送らせてやることができないように……貴族の親は子どもに、貴族としての一生を送らせることしかできないのだ」


「――――」

「本人の意にそぐわない強制的な婚姻、恨まれて当然だ。だが……私は自分の決断を間違いとは思わない。未来でどう言われるかはわからないが、いい意味でも悪い意味でも、私たちが生きているのは今だ。ゆえに常識は今のモノが全て。貴族が娘に政略結婚を強いることも、この時代ではさして珍しいことでもない」


「――――」

「……とはいえ、それで割り切れと言うのはあまりにも酷だろう。だからせめて、貴族ではなく親として、私はアリスに今、謝っておく。懺悔しておく」


「――――」

「すまない、アリス。私としても、思うところがないわけではないのだ。だが、これが貴族の娘としての宿命だ。許さなくていいが、流されてくれ」


 これで終わりだった。

 アリエルは誰にも届いていない謝罪をすませると、椅子で眠っているアリスの肩を揺らし、彼女を起こした。


 アリスは寝ぼけたようなまなこをゴシゴシと両手の甲で擦ると、数秒後。ようやく目の前に実の父であるアリエルがいることに気付く。

 その瞬間、自分でも意識していないのに、自然と口が開き言葉が出てきた。


「――お父様、私、今、幸せな夢を見ていた気がします」

「――そうか」


「もう一度、眠るわけにはいきませんよね」

「あぁ、夢はいつか覚める。それが道理というモノだ」


 アリエルは先刻までの慈愛に満ちた悲しい表情を浮かべていない。

 今はおごそかで、貴族としてとても凛々しい表情を浮かべている。


 今は娘が、アリスが起きているのだ。

 憎まれ役を買った以上、それは最後まで貫き通さないといけない。情けない父親の姿を見せるわけにはいかなかった。


「行くぞ、アリス。先方がお待ちかねだ」

「はい、お父様」


 そして、アリスは父親であるアリエルに促されて、ヴァージンロードに向かい始めた。

 ヴァージンロードを歩ききったその瞬間、自らの唇が穢されることを理解した上で。


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