1章9話 挑発のあとで、決闘を――(2)



「なら、突っ込む!」

「な……っ!?」


 この時初めて、アリエルの表情かおに焦燥が浮かんだ。

 そして1秒後にはロイは【魔術大砲】に撃たれて、彼は爆発に包まれる。


 爆発といっても炎が発生するわけではない。

 電磁場の波動が光に、大気の波動が音になるように、魔力場の波動が魔力になる。それが発動と同時に圧縮されて、形をなし、可視化され、まるでソニックブームを起こすように圧縮状態から解放されるのが【魔術大砲】という魔術だった。


 ゆえに爆炎が出ないからといって、ロイのダメージが軽いわけがない。

 事実、ロイは頭から血を流し、腹部にも衝撃があったのか、制服を焦がしていた。しかし――、


「君は怖れを知らないのか!?」

「恐ろしいですよ! こんな特攻より、この決闘に負ける方がよっぽど!」


 ロイの英断のおかげで、アリエルは自らの【魔術大砲】の爆発に巻き込まれてダメージを負う。

 しかし、ロイの本命はそれではなかった。


「魔術は術式を組み合わせないと発動しない! そして術式は魔力を組み合わせないと揃わない! そして今、この場の魔力は【魔術大砲】のせいで狂いまくっている! つまり――ッッ!」

「面白い戦い方だ。私にダメージを負わせることではなく、近場の魔力を乱すのが本命か」


 フッ、と、アリエルは笑った。

 やはり自分の目に狂いはなかった。この少年は本物だ。内心でそう呟き、彼はどこか満足げに目を瞑る。


 しかし、残念でもあった。若い、青い、甘い。所詮はまだまだ10代に過ぎないということだろう。

 何気なく、まるでお日様の下で散歩するみたいに気軽に、アリエルは目を開くと左手の親指と人差し指を鳴らして【 癒しの光彩 】ハイレンデス・リヒトを発動させた。


「バカな!? この状況でも詠唱を零砕!?」

「魔術は発動するにしても、少なくとも詠唱零砕は封じたつもりだったか?」


 詠唱を使って発動させる魔術と、詠唱零砕によって発動する魔術。この2つには互いに長所も短所も存在していた。

 威力や、難易度の高い魔術の発動に対して確実性を求めるなら詠唱すべきだし、相手になにを撃つか隠したい時や、難易度の低い魔術で速攻を仕掛けたい時には詠唱を零砕すべき。これが魔術を用いた戦闘における基本的な戦術だった。


 しかしながら、発動の速度に関しては魔術の難易度や術者の技量に依存するところが大きく、一概にどちらにすべきとは言い難い。

 ただそれを理解した上で、ロイはアリエルが詠唱を零砕したことに驚愕する。


(詠唱零砕は言葉の代わりに脳波を使って魔術を発動させるだけで、手軽に魔術を発動できるわけじゃない! むしろ集中力に欠けると、通常の発動よりも時間がかかる場合があるはずなのに!?)


 動揺しながらも、ロイはアリエルに斬りかかり続ける。

 右から左に、左下から右上に、上から左を経由して右下に。風を斬って音が鳴るほど目にも止まらぬ速攻を維持した。


 同時に、ロイは考え事も並行で処理していた。

 間違いなくヒーリングが発動した時、アリエルは詠唱をしていなかった。しかし、詠唱を零砕できるほど時間は経っていない。詠唱の有無による時間差なんてわずかなモノだが……今、大気中の魔力が乱れていることを考慮すれば、無視できない情報である。


「いい太刀筋だ。鋭く、速く、的確で、フェイントも混ぜて決して一直線というわけではないのに、まるで無駄がない」

「…………ッッ」


 ロイはエクスカリバーのスキルを発動させる。

 聖剣の切っ先の次元が屈折を起こして、4つの斬撃がまったく同時にアリエルの首に狙いを付けた。


 斬撃舞踏、レナードとの決闘でも使ったエクスカリバーの技の1つである。

 アリエルに迫る聖剣の刃。1つ分の太刀筋ならともかく、全ての斬撃を回避できるタイミングなんて存在しない。そもそも、ロイが回避できる隙を与えないタイミングで放ったのだ。


 さぁ、しのげるものなら凌いでみろ。

 確率の収束に抗う能力チカラを持つ初見殺しの聖剣、アスカロン。これはその持ち主のレナードにさえ初見殺しと恐れられた斬撃である。


「チッ」


 と、舌打ちをするアリエル。

 ロイに苛立ったのかと思いきや――まるで違った。


 次の刹那、アリエルの首を一周するように魔術防壁が展開される。

 全身を守るように展開されたのではない。太刀筋を見切った上で、攻撃が入る箇所にピンポイントで展開したのだ。


(また詠唱零砕!? 完璧に読み間違えた……ッッ!!!)


 完全に悪手だったことを認め、ロイは強い戦慄に襲われる。

 そして肌の表面に意識を集中させて、大気中の魔力を感じ取った。


 視覚といえば目。聴覚といえば耳。嗅覚といえば鼻。味覚といえば口。

 だが皮膚感覚というのは面白いモノで、人間は、そしてエルフは、皮膚だけで触覚や痛覚、温度覚など様々なクオリアを覚えるのだ。


 そしてこの世界における魔力覚も皮膚感覚のうちの1つだった。

 ゆえに、ロイが魔力を感知するのに皮膚感覚を鋭敏化させるのは当然なのだが……彼は魔力を感じ取った瞬間、さらに強い焦燥をあらわにする。


(やっぱり、さっきの爆発で魔力は乱れたままだ! 別に術式を組み上げられる状態にまで戻ったわけじゃないし、事実、ボクは今、魔術を使えない! なのに――!?)


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