4章2話 図書館で、アリスと――(2)
「質量保存の法則がある以上、どんな魔術だろうと宇宙の質量を増やすことはできねぇ……だが、土属性魔術の中でも錬金術と呼ばれるジャンルの魔術なら、創造はできなくても変形はできる。もちろん、素材となる物質の体積や重さなどと、完成品の体積と重さなどは等価である、って基礎は理解しているが……だからこそ、わからねぇ」
本を読むだけで地味に疲れたのだろう。
レナードは憂鬱そうに深い溜息を吐いた。
「ハァ……なにかを錬成するために、同等のなにかを対価にする魔術。逆を言えば、なにかを対価にすれば、同等のなにかを錬成できる魔術。まぁ、どっちでもいいが、無形のモノから有形の物を錬成するなんて、意味がわかんねぇ……。俺は騎士学部の学生だからよォ、錬金術なんて必修科目の基礎はともかく、応用なんて無理すぎる。正直、これはお手上げかもしれねぇな」
「えっと……少しだけならボクでも教えられることがあると思いますけど……」
「ハッ、自信があるようじゃねぇか。なら頼むぜ」
「本当に基本的な部分だけなら。これは必修の基礎錬金術で習う範囲なので先輩も覚えているでしょうけれど、錬金術は錬成の対価として使う物質に、主に分解や化合や相転移などの化学反応を起こす魔術です」
「それは流石にわかる、バカにしてんのか?」
「分解して改めて別の形に化合することを、ひとまとめに『組み換え』と呼ぶこともあるんですけど……たとえば水素に酸素を化合させると水ができあがる。逆に水を分解すると水素と酸素ができあがる。この場合、化合、あるいは分解を科学的方法ではなく魔術的に行うのが錬金術ですね」
「で、あの錬金術の原理は?」
「例外なく元素は原子核と、その周りに確率的に存在している電子によって構築されています。そしてさらにその原子核を構築しているのが陽子と中性子で、これらの数を弄れば理論上、錬金術の原点、別の元素から黄金を生み出すことだって可能です」
「……えっ? 待って、ロイ」
「どうしたの、アリス?」
「それ、私でさえ初耳というか……その発見が本当ならあなたの名前、毎度のごとく王国の教科書に載るわよ!?」
レナードの前ではあるが、アリスは興奮する気持ちを抑えることができない。
彼女は心の底から尊敬と憧れの念を込めてロイを見つめて、彼の手を握った。
前々から、運動だけではなく勉強もできるようだと思っていたが……まさか、それこそ学者を越えるほどの天才だとは、流石に思っていなかったのである。
瞳を潤ませ、頬を薄っすらと上気させ、とても興奮した様子でアリスはロイのことを見続けた。
一方で、ロイは少し気まずそうな
しかし、ロイが前世から運んできた知識を、さらにアリスが自分の発見だと主張すること。そして今後、自分がいなければ学者である父を越え続けられないということ。この2つの要素以外にも、無視できない可能性があったのだ。
「いや……たぶんまだ一般的に広まっていないだけで、別の人がすでに発見していると思うよ」
「えっ? そうなの? 残念ね、またロイが王国の教科書に載るかもしれなかったのに……」
と、その時である。
アリスの様子が落ち着いた瞬間、完璧に2人の世界を創っていたロイを邪魔するように、レナードが机をドンッ、と、蹴って話を続けようとした。
「単語の意味はさっぱりわからねぇが、森羅万象は全て、原子核とか電子とかで構築されている、ってことでいいんだな?」
「はい、これは錬金術専用の術式進行理論の参考書じゃなくて、物理学の教科書に載っているようなことですけど」
ちなみに王都では魔術だけではなく、科学もある程度は発展していた。
だが、地方ではそこまで日常生活に取り入れられていなかった。
たとえばロイの故郷の村なんて、ガス燈を家に設置していれば、それだけで科学的に最先端の家なのである。
彼の両親なんかも元素ならギリギリ聞いたことがあるだろうが、原子核なんて言葉は聞いたこともないだろう。
「まァ、とりあえず説明してくれてありがとよ。で、結局、熱エネルギーという対価を払って人体を錬成するのは、どんぐらいヤバいんだ?」
「熱エネルギーを物質に変形できるということは、その逆も可能です。そしてその領域に達している魔術師なら、物質から生み出した熱エネルギーを一時的にどこかに保管することも」
「なるほどなァ……。つまり、アレか。その場で材料を調達したんじゃなくて、予め物質をエネルギーにしていた、ってことか。となると重要なのはその倍率か。ロイ、どうせ知ってんだろ?」
「……E=mc^2」
「なんだ、それは?」
「外国の本で得た知識ですので、今ここで、全てをスラスラ翻訳するのは、ボクでも少し難しいんですけど……約0.7gの質量を熱エネルギーに変換しただけでも、半径2km以内の全てを吹き飛ばして、どんなに建物があっても更地にしてしまう。人じゃなくて戦場そのものに撃つ。あの錬金術を逆に使えば、そういうレベルのえげつない火力が出るんですよ」
「……全てを吹き飛ばすって、流石に比喩表現かなにかだよな?」
レナードの問いに、ロイはただ首を横に振った。
「この魔術を使うことの是非はともかく、この理論に辿り着くだけで、控えめに言っても天才。控えめに言わないんだとしたら、今を生きている天才たちの中ではなく、王国の歴史が始まってから現れた全ての天才たちの中でも、上位3%には絶対に入る天才です。……まぁ、ボクの主観も混じっていますけれど」
「ケッ、気に喰わねぇ。才能がねぇことは努力しねぇ理由にはならねぇけどよォ、流石に少しは挫けそうになるぜ」
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