4章1話 図書館で、アリスと――(1)



 ロイがアリスの事情を知ったあとも、2人は偽物の恋人を演じ続けた。


 理由は3つ。


 まず学院全体が今さら、実は恋人じゃありませんでした! などと言えるような雰囲気ではなかったからだ。

 アリスは確かに後ろめたいことをしたが、ロイとシーリーンが許しているのに、なぜか第三者が許さない展開はロイとしても望ましくなかった。


 次にレナードがますますアリスの恋人になろうと躍起になっていたので、彼の想いを断るための建前が必要だからだ。

 加えて、本人の視点で語るなら確かにロイはウソを吐いたわけだが、ロイに奪われたと認識している状態と、30代後半の男に奪われたと認識している状態、前者の方がまだレナードの精神衛生上はいいのかもしれない。


 そして最後の理由は単純に、アリスが他の人に政略結婚のことを知られたくなかったからだ。

 これに関しては因果関係が少し感情的なモノだが、アリスはとにかく現状維持を望んだ。ロイと別れて現状を変えてしまったら、別れた理由を探られて、真実がバレるかもしれなくて不安、とのことらしい。


「えっと……先輩、真面目に登校してきているんですね」

「流石にそろそろ単位が危ねぇからな」


 トパーズの月、21日、木曜日。

 ロイとアリスが空きコマを使い2人で勉強をしようと図書館に行くと、そのとある一席にレナードがいた。


 一応、他の席も探してみたが、他に空いている場所はなかった。恐らく、レナードの座っている長机だけ席が空いているのは、彼の見た目がまさしく不良という感じで、近寄りがたい雰囲気を出していたからだろう。

 そしてレナードと目がバッチリ合ってしまったこともあり、気付いていないフリをすることさえ気まずく、2人は彼の対面に座ることになったのだった。


「そういえばロイ、シーリーンはどうした?」

「正直、シィは先輩よりも単位が危ないですし、カリキュラムを決めたあとに仲良くなったので、一緒の講義を選択できなかったんですよ」


「あとの祭りってヤツか」

「今度はジェレミアの方が引きこもりがちになったので、もう大丈夫だとは思いますけどね」


 レナードは頬杖を付きながら、ロイと会話しつつ本を読む。


「アリス」


「は、はいっ、先輩、なんですか?」

「別にそこまで俺に負い目を感じる必要はねぇよ。無論、気まずさを感じる必要もねぇ」


「で、でも……」

「相手の想いを断るのは告白された側の立派な権利だ。曖昧に誤魔化されないだけでもよかったし、俺だって、付き合いたいとは思っていたが、告白する以上、振られる可能性は常にあり続けるってわかっていた」


「…………」

「つーか、俺にウソを吐いたのはロイで、少し歯切れが悪かったが、最終的にアリスはホントのことを言ったじゃねぇか。ったく、そもそもなんで、どいつもこいつも告白が失敗に終わったら、する方もされた方もぎこちなくなる~、なんて考え方をしてんだ?」


「えっと……今までどおりの関係でいられなくなるから、じゃないでしょうか?」


 アリスはおずおずと緊張した様子でレナードに答える。

 翻って彼はそれを鼻で笑った。


「なんで今までどおりの関係でいられなくなるんだ? そうなってしまう理由はなんだ?」


「そのぉ……今まで仲がよかったのに、想いを拒絶するからじゃないですか?」

「今度はロイか。確かに仲のいい相手を否定することは罪悪感に繋がるかもしれねぇが、関係が前に進まなかっただけで、後退するわけじゃねぇだろ。プラスに転じなかったがマイナスでもない。告白なんて、失敗してもプラマイゼロの行為じゃねぇか」


「ならどうして、先輩は今まで告白しなかったんですか?」

「確かに告白はプラマイゼロの行為だが、何回も繰り返したら、そりゃ、俺もアリスも感覚が麻痺してくる。すると2回目以降の告白は、当然つったら当然かもしれねぇが、成功する確率が下がるだろ? 決めるなら最初、1回目しかありえねぇ」


「つまり?」

「アリスを完璧に落とせるように作戦を練っていたらテメェに取られたわけだよ、チクショウが……ッ」


「えぇ……先輩、ボクと決闘した時、ボクは感情的な騎士で、自分は論理的な騎士って感じのことを言っていましたけど、恋愛にも計算とか論理とかを求めていたら、普通に失敗しますよね……?」

「アァッ!?」


「い、っ、いや、失敗するというか、無数の失敗する可能性について考えすぎて行動を起こせないから、失敗することもないけど成功することもないと言いますか……」

「チッ、流石学院で一番のモテ男は言うことが違うじゃねぇか。地味に正論なのもムカつくぜ」


 話しながら、そしてロイのことを睨みながら、レナードはつまらなそうに本を読み進める。

 いや、つまらないそう、というよりは、ふて腐れている感じだった。


「ところで先輩、先ほどからなにを読んでいるんですか? 私、気になります」

「……錬金術の文献だ」

「意外です。先輩ってそういう本を読むより、身体を動かす方が好きそうな感じがしたので……」


 アリスはそう言うと、少しだけ身を乗り出して、レナードが読んでいた本のページを覗き込んだ。

 そしてアリスが覗き込んだという前例を作ったあとに、レナードに嫌われているロイも便乗して同じようにする。


「ハッ、身体を動かすのは別にどうでもいいが、こんなお利口さんの本を読むよりは、小説やノンフィクションの英雄譚を読む方が好きだよ」


 レナードはページをめくる。


「……中等教育どころか高等教育の中でも専門的な錬金術の本、理解できねぇわけじゃねぇが、今の俺だと読むのに時間がかかりすぎる」

「じゃあ、なんで……?」


 ロイが訊くと、レナードは忌々しげに答えた。


「熱を物質に変換して、欠損した人体の部位を補う錬金術。それがどんぐらいスゲェのか、彼我の実力差はどんぐらいか、確かめたくなっちまったんだよ」


 ハッとするロイ。

 レナードが言っているのは自分と決闘した時、仲裁に入ったアリシアが見せた錬金術のことだ。


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