4章3話 図書館で、アリスと――(3)
いったんレナードは錬金術の本を図書館の司書のお姉さんに返しに席を立った。
手ぶらで戻ってくるともうなにも読む気はないようで、レナードはロイとアリスに鋭い視線を向ける。
「そういやテメェら、業腹だが付き合ってんだろ? どこまで進んだんだ?」
「「…………ッ」」
同時に身体をビクッとさせるロイとアリス。付き合っていることになっている以上、このような質問はされて当然な世間話の1つだろう。
しかし今まで何事もなく穏便に錬金術の話をしていたので、2人にはあまりにも唐突すぎるように感じた。脈絡がないとでも言うのだろうが、どうも2人とも少しだけ気が緩んでいたようである。
「……どうした、ンなそわそわして? 挙動不審だからやめろ」
「「ソ、ソンナコトナイデスヨ?」」
「で、どこまで進んだんだ?」
「先輩」
「なんだ、ロイ?」
「図書館では静かにしましょう」
「今まで散々喋っておきながらそう突っ込める度胸はスゲェが……残念ながらここはグループワークでも使えるように会話が可能なエリアだ。現に俺たち以外にも喋っているヤツらはいるだろ?」
言うと、レナードはその喋っている生徒たちを一瞥した。
ロイだって、ここが会話を許可されているエリアなのを知った上で抵抗してみたのだが、やはりダメなモノはダメだったらしい。
「なにも今すぐ決闘の続きをしようってんじゃねぇんだ。こんぐらい答えてくれてもいいだろ」
「手を繋ぐところまでです」
「キスまでです」
「2人で違うこと言ってっぞ、オイ」
ちなみに「手を繋ぐところまでです」と答えたのがロイで、「キスまでです」と答えたのがアリスだった。
レナードの死角、机の下でアリスがロイの手の甲を少しだけつねる。
「いや、恥ずかしかったんですよ、正直に言うのが……」
「アァ? テメェ、バカかよ。昨日の時点でアリスが、キスだってした、って言っていただろうが。ぶっちゃけ、俺はその先のことを確認したかっただけだ」
「えっと……そう、でしたっけ?」
「ケッ、やっぱテメェ、戦っている時は気になんねぇが、なんかナヨナヨしていてムカつくな。つーか、2人は互いのどこを好きになったんだよ?」
「ええっ!?」「ふぇ!?」
「なにをそんなに驚いていやがる。こういう話題ではテンプレもいいところの質問だろうが」
「い、いえいえ! 言葉にするのに躊躇いがあっただけで、その質問はくるだろうなぁ、とは思っていました」
「全然ンなふうには見えねぇんだが……」
ふと、ロイはアリスのことをチラ見する。するとアリスもロイのことをチラ見しようとしていたので、偶然にも2人の視線がバッティングする。
そしてアリスはエルフ特有の色白で、透明感のある頬を赤らめて、次の瞬間にはバッと顔を逸らした。
この反応は至極当然なモノだろう。
ロイとアリスの本当の関係はただの友達なのだ。だというのに、レナードから互いを異性として好きになった理由を訊かれた。そして今さら黙秘することはできない。
友達の中でも魅力的な異性として見ている部分を説明せよ。
このような質問、アリスはもちろん、ある程度異性との接し方に慣れているロイにとっても、なかなかに難易度が高い。
だが初手で「ヒミツです」と言わずに「その質問はくるだろうなぁ」と口走ってしまったので、前述のように今さら答えないわけにはいかない。
アリスが恥ずかしがっているので、まずはロイが自分から答えようとした。
「ボクはアリスの……、そのぉ……、真面目なところが好きですね。何事にも一生懸命で、曲がったことが大嫌いで、常に誠実であろうとする。たまに自分の心を誤魔化したり、ウソを吐いたりすることがあっても、根が真面目だから、キチンといつかは反省する。100%誠実なエルフってわけじゃないけれど、誠実である努力をしている。そういうのが人間、じゃなくてエルフらしいなぁ、って」
「エルフらしい?」
「特定の種族らしさや、女の子らしさを強制する気はないんです。でも、真面目な子って人でもエルフでも、接していてイヤな気分にならないじゃないですか。人間味の強い人間とか、人間らしい人間とかのエルフバージョンというか」
「要するに、種族がどうであれその心が真っ当だから好き、ってことだろ? そんぐらい俺にもわかるし、それに、流石にそれはウソじゃなさそうだな」
ロイはレナードの指摘するようにウソは吐かなかった。
論理的にどうとかではなく、ロイが、この場面でウソを使っちゃいけない、と、衝動的にそう思ったからである。
自分の心のアリスが誤魔化したのは、ジェレミアとの決闘の時だ。
あの時、その選択の善し悪しは置いておいて、アリスは自分とジェレミアの貴族という身分を気にして、心ではシーリーンを助けたいと思っていたのに、決闘まではしなかった。
そして言わずもがな、ウソを吐いているのは今である。
そしてやはり、アリスだってこの状況に罪悪感を覚えていないわけではない。
自分の出自、立ち位置に押し潰される子どもなだけであって、アリスの心はジェレミアの時も、今も、できることなら現状を打破したいと願っている。
「ンで、アリスの方は?」
レナードに促されるアリス。
彼女は自分でもよくわからないのに、胸の奥がキュンと切なくなった。
場を弁えていないのは理解している。しかし、本当に切なくて、どうにかなってしまいそうなのに、もっともっと、さらに切なくなりたいとさえ思えてしまった。
ただ1つわかることは、ロイが自分のことを好意的に思っていてくれたから、こうなってしまったということ。
ロイがウソを吐いていないのは雰囲気でわかる。
つまり、それはロイが自分のことを「好き」と言葉にしたということだ。しかも初めて、友達としてではなく、異性として。
「私は――」
「ぅん?」「アァ?」
「私は、ロイが好き」
自分でも驚くほど、アリスはそれをストレートに言葉にできた。
「先輩は、好きな食べ物ってありますか?」
「肉だな」
「お肉が好きなのは、お肉の味が好きだからですよね?」
「ったり前だろ」
「私はロイの、ロイって感じが好きなんです。お肉の味をお肉しか出せないように、ロイっていう感じはロイにしか出せない。お料理とか、音楽とかと一緒で、上手く言葉にできないけれど、こういう感じがいい! っていう感じなんです」
アリスの言うことには、反論もあるかもしれないが、しかし絶対に間違っているというわけでもない。特に芸術作品なんかはそうだろうが、アートや絵画や音楽には受け手を惹き付けるナニカがある。でもそれを言語化することは、少なくともアリスには難しい。だが、強いて少しでも説明しようとするならば、受け手を惹き付けるナニカとは、感覚的なモノだろう。
よくわからないけど、こういう感じが好きだ、という現象は、誰にでもたまに起きるだろう。料理で甘い物が好きなら、甘いという感じが好きなのだ。音楽でバイオリンの音色が好きならば、バイオリンの音色という感じが好きなのだ。
それと同じように、アリスはロイの、ロイという感じが好きだった。
「ケッ、ロイは1度死ね」
「あ、あはは……」
ロイは心の中で(言われるまでもなく、1回は確かに死んでいますけどね)と皮肉った。
「そこまで想われているんじゃ、ほぼ人格の全面的肯定に等しいな。ロイの人格が変わらない限り、アリスはずっとテメェを好きでい続けるだろうよ」
憎々しげにレナードは言う。
「先輩……」
「いつか絶対に奪ってやる――ッ」
それだけ言い残すと、レナードは席を立って図書館を出ようとした。
壁にかかっている時計を一瞥すれば、もうすぐで次の講義が始まりそうだった。恐らく、レナードは次の時間に受ける講義があるのだろう。
「アリス」
「な、なにかしら?」
「今、言ったことって、本心?」
「知らないわよ、バカ」
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