3章7話 講義室で、アリスが堂々とみんなに対し――(1)



 遅刻も遅刻でダメなことだが、欠席よりはマシだろう。

 そう考え、ロイとアリスは遅れて1時限目の講義に参加しようとした。


 2人は講義室の一番端のドアから、講義を邪魔しないようにコッソリ入る。

 だが、どんなにコソコソしようが、講義中に開かれるドアが気付かれないわけがなかった。


「ロイ、アリス、君たちが遅刻とは珍しいな」


「す、すみません……」

「ゴメンなさい」


 この講義は占星術アストロロジーの講義だった。

 その占星術を研究している教授に指摘されて、黒板を向いていた生徒たちが一斉に2人の方を向く。講義に遅刻したことがある人なら誰もが共感できるイヤな感じが突き刺さった。


「ロイとアリス、2人に問題を出す。答えられなかったら、この講義の間はずっと立っているように」

「「は、はい……」」


「先週までは占星術の歴史を勉強してきたので、今日からいよいよ占星術の原理について学ぶ。で、実践的な占星術を勉強するには、魔術発動の原理から復習する必要がある。では、ロイ、魔術発動の原理を説明してみたまえ」

「――この星の地表には一般的に『3つの波動』と、それの元になる『3つの媒体』というモノがあると言われています。『3つの媒体』は空気と電磁場と、そして魔力場の3つです。空気の波動が音になるように、そして電磁場の波動が光になるように、魔力場の波動も魔力と呼ばれるモノになります」


「そこまでは正解だ」

「でも、ただの音は言語でも音楽でもなく、同じようにただの光は景色でも写真でもありません。だから同じように、ただの魔力は魔力場の波動なだけであって、なにかの現象を発生させる魔術には至っていません」


「なら、次はアリス、どうやって魔術は発生するだろうか?」

「組み合わせます。音の組み合わせが言語や音楽になるように、それこそ音楽のコード進行の魔術バージョン、術式進行に基づき、その組み合わせの結果、魔術は発動します」


「次はロイ、生き物はどうやって魔力場に干渉する? 魔術は術式進行に基づいたその集合体で、術式も結局は魔力の組み合わせ。そこまではわかった。だが、そもそも魔力場に干渉できなければ、魔術に必要な術式を揃えることはおろか、魔力場に波を立てることさえできないはずだ」

「そのための詠唱です。人間やエルフなどに元から備わっているのは、魔力そのものと、魔力を感じる身体の感覚だけです。魔力に直接干渉して、操作できるわけじゃありません。生き物には血が流れているのに、血を任意で操作できないのと同じです」


「それで?」

「詠唱はただ言葉を並べるだけじゃありません。声の周波数トーン音圧ボリューム、アクセントや滑舌、息の吸い方や吐き方に至るまで、様々な要素を把握して、大気を揺らすことで連動的に魔力場を揺らします。余談ですけど、エルフが魔術に長けている理由は、遺伝的にこの皮膚感覚が優れているからと言われています」


「それなら詠唱零砕なんて本来、不可能なはずだ。声を使わないのでは、空気のついでに魔力場を揺らすことなんてできないぞ? 順番的に、次はアリスだ」

「詠唱零砕は音を必要としないだけで、波動を必要としないわけではありません。脳内で術式進行を行い、その結果、音ではなく、脳が微弱に発生させている……えっと、そう、脳波というモノで、空気の代わりに魔力場を揺らします」


「ならば少し応用問題だ。なぜ人間やエルフは魔力を感知することができるのか? これはロイに応えてもらおう」

「いわゆる進化論が主な理由だと一般的には言われています。たとえば音波には可聴周波数という領域があります。これは人間やエルフが耳で感知できる音の範囲で、これが高すぎると超音波、低すぎると超低周波音と呼び、人間やエルフには聞こえない領域の音になります。同じように光にも可視光線という領域があります。これも音波と同じように、人間やエルフが目で感知できる光の範囲で、可視光線よりも波長が短い光を紫外線、長い光を赤外線と呼び、人間やエルフには視認できない領域の光になります」


「続けたまえ」

「ですが可聴周波数や可視光線なんて区分は、あくまでも人間やエルフを基準にしたモノです。一例としてコウモリなんかは人間やエルフが認識できない、前述の超音波を知覚できます」


「ほう?」

「太陽の光を詳細に調べてみると、そのほとんどの領域が可視光線だとわかります。これは偶然ではなく、人間やエルフの目がこの領域の光を認識できるように適応したからと言われています。そこで質問の答えですが、なぜ人間やエルフが魔力を感知できるかというと、やはり人間やエルフの肌が魔力を感知できるように適応したからです」


「それで?」

「実は人間はもちろん、エルフですら全ての魔力を感知できるわけじゃありません。人間やエルフが感知できる領域を、勝手にボクたちが感知可能範囲魔力と呼んでいますけど、それよりも上にも下にも感知できない魔力の範囲があります」


「うむ」

「結論としては、大気に漂う魔力の大部分が感知可能範囲魔力だったからこそ、その範囲を特に知覚するように、人間やエルフが進化、適応して、名前と定義をあとから用意したんです」


「完璧だ。しかしロイ、そしてアリス」

「はい?」

「なんでしょうか?」


「なんか君たちが遅刻しても、予習できているから面白くないな」

「「えぇ……先生の言う言葉じゃない」」


 すると講義室のいたるところからドッと笑いが起こった。

 みんなの人気者であるロイ、そしてアリス。2人に対して負けを認めるように、教授は「私の負けだ。早く適当な席に着きなさい」と着席を促す。


 そして講義室にいた女の子たちの9割以上が――、


「ロイくん、カッコよかったねぇ♪」

「うんうん、遅刻してきたのにスラスラ問題を答えるなんて、本当に恋愛小説のヒーローみたい!!」

「憧れるよね! ロイくんと付き合えたら幸せだろうなぁ……♡」


 ――みたいなことを口にした。


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