3章8話 講義室で、アリスが堂々とみんなに対し――(2)



「さて、改めて講義を進める!」


 教壇の上で教授が注目を集めるように、パン、パン、と2回手を叩いた。


「最初に言っておくが、この世界は天動説だ。魔王の手下たちは地動説を信じているようだが、そんなことは断じてない。この講義も天動説を中心に行うから留意したまえ」


 ロイは必死に笑いを堪える。

 ここにいる自分以外の全員が、本気で天動説を信じているのだ。


(とはいえ……少しおかしいよね。物理学じゃなくて魔術学だとしても、可視光線や脳波まで研究の対象になっているのに、まだ天動説を信じているなんて……)


 ロイは少し違和感を覚えたが、それを発表する気にはなれなかった。

 仮にここで真実を伝えても、誰にも信じてもらえず、魔王の手下として裁判にかけられる可能性すらあるのだから。


「まず、いきなり言われても困惑するだろうが、星というモノは振動している。物理学を独自に勉強している生徒なら知っているかもしれないが、遍く物体には固有振動数というモノがあり、星でさえ例外ではない」


 教授は黒板にチョークを、カツカツ、と、軽快な音を鳴らして走らせた。


「で、魔力には共鳴と呼ばれる現象がある。あぁ、そうだな、魔力工学の分野では共振と言われているが……まぁ、それは置いておこう。とにかく星という超巨大な振動装置、そして魔力タンクが特別な位置関係になると、陳腐な表現だが、運命が変わる。これを占星術では星間共鳴と呼ぶ」


 大真面目に運命という言葉を使う教授に、何人かの生徒から笑いが漏れた。

 しかし、その反応を察していた上で、教授はさらに真剣に続ける。


「運命なんて言うからバカにされるが、ここでいう運命とは、術者の任意で変わる未来と、未来改変さえ可能な量の魔力のことだ。占星術は星の動きで未来を占う魔術である。確かに何百年も前にはそのように言われていた。しかし今、正確に語るならば、占星術とは運命、つまり先述のように術者の任意で変わる未来を把握したり、あるいは占星術を極め、自らが未来を改変したりする技術、及び学問だと言わせてもらう。まぁ、そこまで万能ではなく、君たちが使うなら1週間後に銅貨を1枚拾う未来が確定できる程度だがな」


 教授の説明を、学生たちが必死にノートに写す。


「あくまでも把握するのは魔力の動きだ。で、動きを把握したならば、たとえイヤでも動いたあとの結果もわかってしまう、というのが占星術の基礎的な考え方である」


 再び教授は黒板にチョークを走らせる。

 軽快なカツカツという音が再び鳴った。


「占星術における共鳴という現象は、普通の魔術にも存在する。たとえば私が【 魔 弾 】ヘクセレイ・クーゲルを展開すれば、私と【魔弾】は共鳴することになる。で、共鳴した2つを維持するのが魔術回路だ。これは魔力の貯蔵量とは別物だから注意してほしい」


 そこで教授はいったんチョークを置いて、生徒たちに向き直る。


「よくよく考えてみたまえ。魔術は大気中の魔力場を揺らして発動させるのだろう? つまり体内の魔力は使っていないことになる。ではなぜ、魔力切れや魔術回路のオーバーヒートなどという現象が起こるのだ? ロイ」

「またボクですか?」


「遅刻した君が悪い」

「たとえば【魔弾】を展開したとします。それで魔術発動の原理を思い返してほしいんですが、魔力場の波動、即ち魔力が組み合わさって術式になって、その術式のさらなる組み合わせが魔術として、なんらかの形になりますよね?」


「ああ、そのとおりだ」

「そこで例の共鳴という現象が絡んできます。全ての意識は世界とさえ繋がっていて、魔術を使用する際、術者は主に詠唱という手段で世界と共鳴します。そして魔術という世界に対する命令コード術式に基づいた現象が起きたあとは、その任意の魔術を維持するために、共鳴という現象は必要不可欠なのです」


「それで?」

「詠唱を終わらせたら、魔術の維持は脳波だけで充分可能ではあります。ですが、そのために体内の魔力を使います。同じ波長の魔力は共鳴するとよく言いますが、厳密に言うならば、リアルタイムに状態を同期させて、型崩れが起きないように、体内の魔力から指示を下せるということです。一例として【光り瞬く白き円盾】の場合、これを損なうと攻撃を受ける前からヒビ割れを起こしたり、下手したら壊れます」


 人体に使われている物も含めて、全ての物質は宇宙の始まりまで経歴を遡れる。そして全ての物質は宇宙が始まった時点で量子もつれを起こしているから、1つの世界を全ての意識が共有できている。

 ふと、ロイは神様の女の子からの情報と、インターネットで集めた前世の知識を思い出した。


 彼の前世には量子力学という学問があり、その中には『量子もつれ』という概念があった。それはたとえば、2つのフォトンAとBがあった場合、AとBが全く同じ振る舞いをするというモノである。ただし、AとBがもともとは同じで、つまり1つのフォトンだったモノが分裂したという前提が必要だが。

 とにかく、脳波で現象を維持するのならば、魔術における共鳴も、もしかしたらこれが関わっているのかもしれない。確定情報ではないが、ロイはそういう可能性もあると少し推測してみた。


「術者と魔術は共鳴して、もつれている。想像や思考、即ち脳波と同期しているから、魔術は維持することができる。この前提があるから魔術の支配権は術者本人にありますが、意識に干渉する魔術を使われ、自分の魔術に敵の意識が紛れ込めば、洗脳や催眠のようなことをされることもあるでしょう」

「ここまでは正解だ。諸君には注意してほしいが、ロイの言うように、共鳴を起こして自分と魔術をもつれさせないと魔術は維持できない。さて、ロイ、続きを」


「それで魔術と術者が共鳴を起こすならば、魔術を構築している魔力と、術者の体内の魔力は同じ振る舞いをしますよね? もちろん、魔術は他人にも観測できて、逆に体内の魔力は自分でも観測できません。ですが、それでも魔術がバラバラにならないように、身体中の共鳴している魔力を維持するために踏ん張る。かなり感覚的な説明ですが、この踏ん張りができなくなると、いわゆる魔力切れと呼ばれる症状が起きてしまうのです」

「OK、そこまでで結構だ」


 許可をもらいロイは席に着いた。


「ロイくん、メチャクチャ頭いいよね~♡♡♡」

「イケメンで頭良くて優しいって、最高すぎる♡♡♡」


「笑うと可愛いし、戦っている時はカッコイイし、お付き合いしたいなぁ♡♡♡」

「正直、初めてを捧げるならロイくんがいいよねぇ♡♡♡」


 そこでまたもや女の子たちから、ロイを絶賛する蕩けたように甘い声が上がる。

 しかし、教授はキリがないと察し、強引に続けた。


「身体中の共鳴している魔力を維持するために踏ん張る、か。確かに感覚的な説明ではあるが、間違いではないだろう。私たちが生きる上で数多の細胞が生まれて死ぬのを繰り返すように、体内にある魔力も酷使すれば無論、減り続ける。そして魔術回路のオーバーヒートの方についてだが……こちらは魔力が底に達しなくても、魔術を維持するための脳波、それを発生させるための脳や、その内部の神経が著しく疲弊することを言う」


 教授は再び黒板にチョークを走らせた。


「そろそろ占星術の話に戻るが、いわゆる星座と呼ばれる星々の繋がりは、共鳴が頻繁に発生しやすい星々の組み分けだ。夜空に平面的に広がっている星座だが、当然、宇宙空間では立体的に星々が存在していて――……  」


   ◇ ◆ ◇ ◆


 その後はつつがなく講義が進んだ。

 流石に学習したのだろう。ロイに問題を当てたらほぼ間違いなく完璧な答えが返ってくるし、それに連動して女子生徒は黄色い声を上げ始めるのだ。


 ゆえにロイに問題を出すことをやめた教授が残り5分というところで、予定していた分が終わったらしく、今日の講義を終了させる。

 だがしかし、事件は講義の最後の最後に起きてしまった。


「そういえばロイ、今日はアリスと一緒に遅刻してきたが、もしかして君たちは付き合っているのか?」

「「「「「…………っっ」」」」」


 講義室に残っていた生徒全員に戦慄がはしる。

 教授は知らなかったのだろうが、同級生は当然のように知っていた。ロイと付き合っている女の子はシーリーンだということを。


 しかし同級生以上に動揺したのはロイだった。

 先ほどのレナードとのやり取りのあと、急いでここまでやってきたのだ。まだまともにアリスと打ち合わせできていない。


 アリスに偽者の恋人を演じるように頼まれた今、どのように教授の質問に答えるべきか。焦りながらロイは頭をフル回転させていたのだが、その間に、ギュッと、アリスが彼の腕に抱き付いた。

 そして――、


「はい、そうなんです。ロイと私、少し前から付き合い始めていたんですよ♡」


 瞬間、講義室に驚愕の声が轟く。

 まさかこれで、ハーレム王とか呼ばれるようになるの? と、ロイは自分のことながら、遠い目をして諦めに近い覚悟を決めたのだった。


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