3章3話 通学の途中で、告白を――(1)



「詠唱零砕! 【 光り瞬く白き円盾 】ヴァイス・リヒト・シルト五重奏クインテット!」


 とっさに判断したのはロイではない。成績優秀なアリスでも、最年長のマリアでもなかった。

 突然の攻撃に反応したのは、なんと最年長どころか最年少のイヴである。


 刹那、イヴを中心に、轟々と唸るような光属性の魔力が渦巻いた。

 それを見てロイを斬りかかろうと飛来した青年、レナードは目を見張る。


 次の瞬間、彼のアスカロンは【光り瞬く白き円盾】の1層目に斬りかかった。

 壊れるか否かの確率に介入さえすれば、【光り瞬く白き円盾】でアスカロンを防げる道理はない。


 しかもイヴは当然ではあるが、アスカロンのスキルの詳細を知らないのだ。

 だがしかし、信じられないことに、レナードがスキルを発動させても、イヴが展開した魔術防壁には傷1つ付かなかった。


 スキルを無効化する別の魔術を並行して使用している? 否。


(ンだよ、これはッッ!? こんな複雑な……いやッッ、流動的な【光り瞬く白き円盾】、見たことも聞いたこともねぇ! 外からだとなにも変っちゃいねぇように見えるが、これの内部は常に敵の攻撃にあわせて更新され続けてやがる……ッッ! 俺が斬った部分はすでに消滅していて、肉眼では分からねぇ再生と消滅を繰り返しながら、根本的にスキルの対象になることさえ防いでいるってーのか!?)


 レナードは冷や汗を流すほどの戦慄を自覚した。アリシアとは違い、相手が正真正銘の年下だろうと、認めざるを得なかった。

 焦燥感に蝕まれた彼がふと視線をやれば、イヴが心底つまらないモノを見る目で、余裕そうに立っている。


 控えめに言って、尋常ではない。

 ただの剣ではなく、いわゆる聖剣が、5枚ある魔術防壁のうち、最初の1枚すら斬り伏せることができなかったのだ。しかも術者はまだあんなに小さい女の子である。このような魔術の才能、神に祝福されたか、悪魔に魂を売ったかしか、宿る可能性を考えらない。


(しかも詠唱は零砕かよ!? あのガキ、何者だ!?)


 と、そこでレナードはアスカロンを下げて、粒子化させて戦闘の意思はないと言外に伝えた。

 対してイヴも5枚の【光り瞬く白き円盾】のを解除する。


 そのように、こともなくやってのけるイヴに、ロイも、シーリーンも、アリスも、最年長で落ち着きがあるマリアさえも、みな一様に驚愕の眼差しを送った。


「おっと……腰が抜けちゃったよぉ……」

「イヴ、大丈夫?」


 イヴが足腰をガクガクさせながらへたり込むので、ロイはそっと、へたり込んだ彼女のそばに寄って身体を支える。

 それでなぜか、彼女の身体は少しだけ火照っていて、頬が赤らんでいた。


 どこか惚けた顔をしていて、きっと今のことを追求しても、本人ですら答えられないだろう。

 そのことをここにいる全員が察して、ひとまず、今の時点ではイヴを地面に座らせて休ませておくことにロイはした。


「すまねぇな。ロイのヤツが妬ましくて、つい斬りかかってしまったぜ」

「先輩、いくらなんでも剣で斬りかかるのは殺人未遂ですよね?」

「確かに反論できねぇ。本当に反省しているし、もう絶対にしねぇ」


 ロイに言われ、レナードは素直に頭を下げた。不良で乱暴な気性の持ち主だが、同時に潔い性格でもあるのかもしれない。

 そして数秒だけ頭を下げると、レナードはロイに視線を向けて問う。


「テメェ、決闘場を見に行ったんだろ? 俺はちょうど今から行くところだったんだが、どうだった?」

「直っていましたよ、完璧に」

「ハッ、てぇことは、あの幼女、本当にオーバーメイジだったのか」


 レナードは苛立たしそうに言葉を吐き捨てる。自分は聖剣使いで、その上、言わずもがな昨日の幼女、アリシアよりも年上のはずなのだ。

 なのに自分の方が弱い、未熟など、レナードにとってムカつく事実だった。


 世界には、上には上がいる。

 世界には、簡単に大人を倒せる子どもも、もしかしたらいるのだろう。


「ねぇ、ロイ、この人――」


 アリスはロイの制服の裾を、控えめに女の子らしく引っ張る。

 また、シーリーンも、イヴも、マリアも、似たような疑問を抱いているらしい。そんな感じの表情かおをしていた。


「さっき言ったけど、ボクは昨日、決闘を申し込まれて承諾したんだよ。で、その相手がこの人、レナード・ローゼンヴェーク先輩」


「アリス以外は初めましてだなァ。レナード・ローゼンヴェーク、騎士学部アサルトナイト学科の第7学年次だ。一応、これでも学部の第1位の実力者ってぇことになっている。昨日、井の中の蛙ってことを思い知ったがな……」


「ちなみに先輩もボクの同じ聖剣使いだよ」


 ひとまずロイはレナードの紹介を終わらせた。

 すると、なぜかすぐに、シーリーンがロイに抱き付いた。


「ロイくん、すごい! 学部最強の最上級生、しかも聖剣使いと戦っちゃうなんて!」


 好き好き大好き愛している! という感じの例のイチャイチャオーラを発しながら、シーリーンはロイの身体に頬ずりした。

 さらには本人なのに気付いていないわけではなく、スキンシップの一環として、たゆんたゆんの胸を押し付ける。


 シーリーンは身も心もトロトロデレデレになりながら、ロイくんは世界で一番、カッコいい男の子! 世界で一番、優しくて誇らしくてシィの自慢の恋人なの! そういうことを臆面もなく内心で何回も唱えていた。

 もうどこからどう見てもロイにメロメロである。


「流石お兄ちゃん! 略してさすおに!」

「当然ですね! わたしの自慢の弟くんですから!」


 似たような感じで、妹であるイヴは兄に尊敬の眼差しを送って憧れていた。そして姉であるマリアも、弟を自慢するように褒めちぎっている。

 イヴもマリアもブラコンで、お兄ちゃん大好きっ娘、あるいは弟くん大好きっ娘なのだが、この反応は、極端なだけで普通なのかもしれない。


 ロイの前世でいうならば、なにかのスポーツをしている部活動で、1年生が3年生と互角に戦ったようなモノだ。

  ありえないとまでは言わないが、そうそう簡単になせるようなことではないはずである。


「それでお兄ちゃん、どっちが勝ったよ?」


「残念ながら、戦える状況じゃなくなっちゃって、引き分けになったんだよね」


「それでも充分すごいですね!」


 可愛くて可愛くて仕方がない! 

 マリアがロイのことをどうしても甘やかしたくなり、思わずロイの頭をなでなでし始める。少しだけ子ども扱いだったが、悪い気はしなかった。


「ケッ、ハーレムかよ。爆発しろ」

「ていうか、先輩だって聖剣使いなんですよ? 騎士として模範的な言動……じゃなくても、平均的で無難な立ち居振る舞いをすればモテるでしょう?」


「ハーレムは羨ましいと思うが、俺は作ろうと思わねぇ」

「それにイヴも姉さんも……このツインテールの子も、お姫様カットの子も、家族ですよ?」


「でもわたし! お兄ちゃんとなら結婚してもいいよ?」

「わたしも、弟くんを超える男性が現れなかったら、異性の理想を高めた責任として、弟くんにもらってもらわないといけませんね♪」


 レナードは全世界の男の敵を見るような目で、ロイに殺意を向けた。

 イヴとマリアの謎の発言により、なかなか反論が難しくなったので、流石のロイでも視線を逸らす。


 が、その先には、なぜか寂しそうに遠い目をしていたアリスがいた。


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