3章2話 通学の途中で、美少女4人と――(2)



「どうしたの、アリス?」

「そのロイの言うところの親切な人、その人にどこに住んでいるかとか教えたの?」

「教えてないよ?」


 少なくともアリシア本人には教えていなかった。

 ロイの現住所に関して言えば、王都の住民票を調べれば当然わかる。そして特務十二星座部隊の一員ならば、正当な理由があればもしかしたら無料で他人の住民票まで閲覧できるかもしれない。


 しかし【金牛きんぎゅう】としてのアリシアではなく、一市民、一個人としてのアリシアには当然、他人の個人情報を閲覧する権利はない。

 昨日は立会人がおらず、決闘場の使用許可を取っていなかっただけで、違法な殺し合いではなく決闘をしていたのだ。もとを辿ればロイとレナードの個人的なケンカであり、それを止めたからと言って、アリシアも特務十二星座部隊としての活動として上に報告しないだろう。要するに、他人の住民票を調べる正当な理由に欠けていた。


「住所も? 郵便番号も? 故郷の方もよ?」

「う、うん」


「じゃあ、ロイくん、学部とか学科、学籍番号は言っちゃった?」

「シィも心配してくれるのは嬉しいけど、本当に言ってないよ?」


 彼女たちを心配にさせているのは自分のヤンチャのせいだ。だから自分から「安心していいよ?」なんてロイは言えない。しかし安心してほしいのは事実だったので、ロイは言葉の代わりに表情で応えてみせる。

 そんなロイに微笑まれると、今はそういう時じゃないとわかっていても、シーリーンの胸が思わず、キュン――と、切なくなってしまった。


「なら一応、安心なんですかね?」

「お兄ちゃん、次からは気を付けるんだよっ!」

「うん、みんなゴメンね? いけないことをしたことも、心配させたことも」


 特に決闘場に居残ってもすることはない。

 5人は始業のベルに遅れないように、ロイは騎士学部がメインで使っている1号館と2号館の方、シーリーンとアリスとイヴは魔術師学部がメインで使っている3号館と4号館の方、マリアは高等教育の敷地の方へ移動を開始する。

 だとしても、途中までは全員、進む道は同じだったが。


「ところでシィ、アナタ、ロイに対してヤキモチ妬いていないのね」

「ほぇ?」


 アリスはまるで天気の話をするみたいに気楽に切り出した。話を振られたシーリーンも、イヴとマリアも、なんのことかわからない様子である。

 いや、彼女たちだけではない。正直、ロイもなんのことかわからなかった。


「ロイってば昨日、ラブレターもらっていたのに」

「「「「は?」」」」


 本気でロイに心当たりはなかった。

 しかし懸命に記憶を遡ってみると、ラブレターに間違えそうな決闘の申込書をレナードから受け取っていたことを思い出す。


 そしてそれを発見した時、ロイの隣にはアリスがいたのだ。

 しかもいまだに、あれはラブレターではなく決闘の申込書だった、という感じに、アリスの誤解は解消されていない。


 とはいえ、そのような事情があろうとなかろうと、これはマズイ。

 ふと、自分の腕にくっ付くシーリーンを見れば、今にも泣きそうになっていた。


「ロイくん、約束したよね? 告白されたりラブレターもらったりしたら、シィに報告するって……?」


「いや、そうなんだけど……っ、昨日のあれは――」

「シィ、ロイくんが大好きだもん……。ロイくんが他の女の子にラブレターをもらって、それを隠されるのはイヤだし、せめて一言ぐらい知らせてほしいの……」


「ロイ、話していなかったの?」

「いや、話す必要がなかったというか……」


 と、そこでシーリーンがいったんロイの腕から離れた。

 だが即行で、今度は真正面から抱き付いた。


 妖精のような金色の髪からは甘いバニラの香り。

 女の子特有のやわらかい身体からは幼い感じのミルクの匂い。


 とても愛くるしい匂いを周囲にぽわぽわフワフワさせながら、シーリーンはロイのことを上目遣いで見続けた。

 今、2人きりで、周囲に誰もいなかったら、確実に抱きしめ返してキスしている。そう断言できてしまうぐらい、彼女の潤んでいて少し熱っぽい瞳は可憐だった。


「シィ、ロイくんに嫌われたくないの……。自分でも、メンドくさい女の子になっちゃっているかなぁ、って、不安になる時もあるけどね? それでも、ロイくんに恋している気持ちを、止められないの……。好きで、好きで、大好きで、だから今、ここでギュって、抱きしめてほしい……。ワガママかもだけど、安心させて?」


 なぜか――というほど原因が特定できないわけではないが、ロイは周りからの視線を感じた。

 いや、今に限って言えば、イヴもマリアも(今ばかりは仕方がないかなぁ? 共感できるし、ギリギリ許せるかなぁ?)という眼差しをロイとシーリーンに向けている。


 だがしかし、なぜかアリスだけは確実に、なにかが面白くなさそうにしていた。少しとはいえ、確かにつまらなそうだった。

 そして、やはりなぜか、友達であるロイと、同じく友達であるシーリーンの仲の良さを見て、モヤモヤしている感じだった。


「シィ、不安にさせてゴメンね?」


 アリスのことは正直、考えてもよくわからなかった。

 なのでロイはひとまず、シーリーンを優しく抱きしめて、頭をなでなでしてあげる。


「えへへ~♡ 許す~♡ ロイくん、大好き♡」


 それでロイにギュッとされた瞬間、シーリーンはまるで蕩けたようにふにゃふにゃし始めて、少しだらしない笑みを満面に浮かべた。

 もう完全無欠に顔はデレデレで頭の中はトロトロで、彼女の心には今、ロイに対する大好きという気持ち以外、他の感情はなにもない。


「でも実は昨日もらった手紙って、ラブレターじゃなくて決闘の申込書だったんだよ」

「――ほぇ?」


 ロイもロイでもう少しシーリーンのフワフワやわらかい身体を抱きしめていたかったが、誤解を正すためにシーリーンを離した。

 そして他の3人にも、特にアリスにも聞こえるように彼は説明を始める。


「つい今しがた、壊れたはずの決闘場を見に行ったよね?」


「はい、実際には壊れていなかったですけどね」

「姉さんの言うとおり壊れていなかったけど、なんでそもそも勝手に使うことになったのかというと、決闘を申し込まれたからなんだ」


「お兄ちゃん、相手ってもしかして――」

「うん、男の人だよ。で、昨日、アリスがボクと一緒に見た便箋は、ラブレターじゃなくて決闘の申込書だった、ってわけ」


 説明し終えると、なぜか、シーリーンではなくアリスがその場にへたり込む。

 ホッとした。心が軽くなった。モヤモヤしていた自分でもよくわからない感情が晴れた気がした。そしてアリスはなぜか、ロイはラブレターを受け取っていないと知って、口元が緩んでしまう。


 ロイは一応、へたり込んだアリスに声をかけようか迷う。

 しかし迷っている間に、シーリーンが再度、ロイに抱き付いた。


「ロイくんっ、ゴメンなさい! 疑ったりして!」

「大丈夫だよ、シィ。でも、イヴも姉さんも見ているから、ちょっと離れてね?」


 それとなくお願いしてみたものの、なかなかシーリーンは離れてくれない。ぎゅ~~~~♡ と最愛の男の子との絆をさらに深く強くするように、豊満な胸を押し当てながら、シーリーンは好き好き大好きとアピールする。


 でも、なんとなくロイはホッコリした。女の子にここまで好き好き大好きとハグされて嬉しくないわけがないし、ようやく修羅場を脱出できた気がしたからである。

 だが、その時だった――、


「リア充、爆発しやがれエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」


 ――と、ガラの悪い言葉が響いて、ロイに向かってなにかが飛来してきたのは。


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