ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~願いで現実を上書きできる世界で転生を祈り続けた少年、願いどおりのスキルを得て、美少女ハーレムを創り、現代知識と聖剣で世界最強へ突き進む~
1章2話 新しい気持ちで、新しい日常を――(2)
1章2話 新しい気持ちで、新しい日常を――(2)
「ボロボロになることは、必ずしも格好悪いことではございません。逆に、高みで常に優雅でいることも、必ずしも格好いいことではございません。人の格好の善し悪しを決めるのは、ご本人様の人柄と熱意でございます」
「クリス……」
それはまるで、この前の決闘のロイとジェレミアを対比したような言い方だった。
「部屋に引きこもって読書に明け暮れても、熱意を持って読む側から書く側に回れば、そして熱意を持って本当に小説家になれば、それはカッコいいことでございます。逆に、スポーツに勤しんでも、熱意を持たずに練習で手を抜き、そして熱意を持たずに投げ出して逃げ出せば、それはカッコ悪いことでございます」
「――――」
「加えて、成功するか失敗するかなんて些末な問題でございます。失敗してもいいし、次に繋がらず失敗のまま終わってもいい。いつか必ず成功してください、なんて、絶対に言いません。その時その時、今生きているこの時において、一生懸命か否かが、ご本人様の生涯を、人として満たされていたかどうか定めるのです」
と、クリスティーナがそう締めくくった瞬間、数秒だけ無言の時間が発生した。
その間に背中がかゆい空気、青春クサくて恥ずかしくなってくる感じが充満してくる。
ロイは、そして彼以上にクリスティーナは、いたたまれなくてリンゴみたいに赤面しながら、雰囲気をなんとか取り繕うと試みる。
「あ、わわ、わっ、わたくし、メイドの身ながら、少々すぎた真似をいたしました! 申し訳ございません!」
「い、いや! 大丈夫だよ!? すごく、その……あれ? 嬉しいのに涙が……」
「ご主人様!?」
事実、ロイの言うとおり彼の目尻には涙が浮かんでいる。
クリスティーナは慌ててメイド服のポケットからハンカチを取り出し、主人の目元を拭こうとした。が、流石に恥ずかしかったので、ロイはそれを遠慮して受け取らない。実際、服の裾で拭えば消える程度の涙だった。
「その、ご主人様……」
「なに?」
「なぜ、ご主人様は涙を?」
「――そう、だね。イヴはもちろん、姉さんも知らないんだけど、さ……。昔、本当に昔、ボクは失敗続きで、しかも、最終的に成功できないまま終わってしまったモノがあったんだよ」
ロイの言う『最終的に成功できないまま終わってしまったモノ』とは、当然、ロイの前世、人間1人分の人生のことだ。
ロイの前世は正しい意味で100%自分のせいではないのに、成功とはいえない一生だったのである。
「だから今、クリスにあんなことを言われて、報われて、それが泣くぐらい嬉しかったのかもね」
「ご主人様……」
共感するところがあるように、クリスティーナがロイのことを呼ぶ。
しかしすぐに我に返って、こう言った。
「で、でも! 勘違いしてはいけませんよ? 好ましいと言ったのは、あくまでも人としてで、異性として好きという意味ではございません」
「まぁ、それぐらいはわかっているよ」
そして2人は控えめに笑い合う。
「さて、ご主人様、午後3時からは新聞記者の取材がございます」
「ゴメンね、メイドなのに秘書なんてやらせちゃって」
「いえいえ、メイドが忙しいということは、ご主人様がご活躍なされているということでございますから!」
そう、ロイはジェレミアとの決闘のあと、名前が学院内で留まることを知らない、王都の有名人になった。
ゴスペルホルダーにして聖剣使い、そして心理学における新たな概念の発見者。
これで有名にならない方がおかしいのは前述のとおりなのだが……それが理由で、ロイには生徒でありながら割と仕事が舞い込むことになったのである。
そしてクリスティーナが言うように、15時からは新聞記者による取材が待っていた。
さらに加えて、夕方からは剣術の稽古の様子を写真で撮られるらしい。
「ありがとうね、クリス」
「感謝のお言葉、身に余る光栄でございます」
そこで、あまりにロイが多忙になりそうだったので、メイドであるクリスティーナが彼の秘書を買って出たのである。
「それでなのですが……」
「? なにかな?」
「やはり、目元やお鼻はハンカチで拭かれた方がよろしいかと……。汚れてはおりませんが、次は取材ですので、念には念を入れて……」
「うぐ……、やっぱりハンカチを貸してください」
「はいっ! と、いいますか、またご主人様はメイドに敬語をお使いになられるのですね」
なんて言いながらも、いいご主人様と巡り合えて嬉しいのだろう。
クリスティーナは満更でもなさそうにニヤニヤしながら、改めてポケットからハンカチを出してロイに近付く。
が、自分でも予想外なほどに浮かれていたのかもしれない。
少しだけ彼女は急ぎすぎてしまった。
クリスティーナが足をもつれさせた結果、近くに座っていたロイも巻き込む形で、2人は転倒してしまう。
そう、転倒し終われば、クリスティーナがロイを押し倒したような体勢になるように。
「あわわ! 重ね重ね申し訳ございません! とんだご無礼を! ご主人様、お怪我はありませんか!?」
「うん、大丈夫だよ。それこそ、クリスの方こそ大丈夫?」
「は、はい!」
と、そこでようやくロイとクリスティーナは自分たちの状態を正確に自覚する。
クリスティーナがロイを押し倒しているのは言わずもがな、彼の胸板に、彼女のやわらかくて、大きくて、メイド服越しでも人肌が温かいおっぱいが押し当てられていた。
どいてほしいと思うのが正しいはずなのに、正直、どいてほしくない自分がいる。
そのような感情にロイが罪悪感を覚えそうになった、その時だった。
「お兄ちゃ~ん、もうすぐ新聞記者の取材だよ~っ!」
「弟くん、準備は大丈夫――……、ハ?」
ロイの様子を見にきたイヴとマリアが、ノックもなくドアを開けて彼の部屋に飛び込んできた。
そして必然的に、イヴとマリアの瞳には、ロイを押し倒しているクリスティーナの姿が映り込む。
「お兄ちゃん!!」
「弟くん!?」
「待ってくれ、これは誤解なんだ!」
「申し訳ございません、お嬢様~っ!」
こうして、ジェレミアとの決闘のあとの、新しい日常が始まろうとしていた。
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