中編 2番目のヒロインは金髪蒼眼のエルフ(上)

1章1話 新しい気持ちで、新しい日常を――(1)



 学院が休みの土曜日――、


(しまった……っ、やらかした! これは想像以上にメンドくさい!)


 ロイの自室にて、彼のメイドであるクリスティーナ・ブラウニー・リーゼンフェルトはティーカップに紅茶を淹れた。

 そして、それをロイがなにやらいろいろノートに書いている机の上に置くと、数歩下がる。


 優雅な紅茶の香りが部屋に広がっているのに、それを楽しめるような雰囲気ではない。


 また、ブラウニーという種族の特徴ゆえに、クリスティーナは140cmにも満たない小柄な体型をしている。

 それなのに彼女の胸はFカップということで、メイド服の生地を内側から大きく押し上げてまで、その膨らみは存在を主張していた。


 とどのつまり、いわゆるクリスティーナはロリ巨乳メイドだ。

 本来ならばそんな彼女と2人きりならば、恋人がいたとしても――否――恋人がいるからこそ、間違いを犯してはならないと緊張するはずだろう。


 だというのにロイはクリスティーナを相手にドキドキすることはなく、必死に悩みながら机に向かっていた。


「ご、ご主人様? あまり根を詰めない方がよろしいかと……」

「ん? うん、そうかもしれないね……」


 普段は明るく、節度をもってフレンドリーなクリスティーナが心配してくれた。

 翻ってロイは一度机から顔を上げて、彼女に微笑んだが、根を詰めるのをやめる気配はない。


 実は――、

 ――ロイはジェレミアとの決闘で、1つ、割と先行き不透明なミスを犯した。


 無論、決闘の勝敗は覆らないし、シーリーンがまたイジメられるということはありえない。

 だがしかし、そのミスのせいで、ロイはこうして『とある概論』をノートに書くハメになったのだ。


 即ち――、

 それは――、


(やらかしたああああああああああああああああああ! 前世で読書とネットサーフィンが趣味だったボクは知っている! ボクの前世で『メタ認知』という心理学の概念は、1970年代に広まったんだ! ボクはメタ認知を利用してジェレミアに時間稼ぎしたけれど、この世界のこの時代の心理学では、メタ認知なんて概念、広まるどころか生まれてすらいないはずだ!)


 この世界にも心理学という学問は当然存在する。

 しかし、この世界の心理学は、よほどゆるゆるに高を括っても1800年代以前のレベルだ。ロイの心の絶叫の言うように、メタ認知という概念は生まれていない。


 つまるところ、この世界におけるメタ認知という概念の発見者はロイということになってしまったのだ。

 たとえロイがゴスペルホルダーでもなく、聖剣使いでもなかったとしても、これだけで心理学限定だが、教科書に名前が載ってしまうだろう。


(ハァ……、いや、それは決闘の前の段階でわかっていたことだけど、まさか『こんな物』をお願いされるなんて……)


 しかし、それを利用する以外にジェレミアを倒す方法がなかったので、仕方がないと言えば仕方がない。

 そして、自分たちの決闘には多くの観客がいて、その注目の中で、わざわざジェレミアを倒せた理由を説明してしまったのだから、メタ認知が大勢の人に知られてしまったのもやむを得ない。


 で、観客の中に学者、特に心理学者がいたのも偶然だろう。

 最終的にここまで条件が揃えば、メタ認知というモノについて少しでいいから説明を頼む! と、お願いされるのも、必然だろう。


 つまるところ、ロイが今書いているのは心理学における『メタ認知の概論』だった。

 仕方がないことの上にやむを得ないことが重なって、さらに偶然が重なり、必然的にこうなった、というのがこの現状。


「それにしてご主人様は博識でございますね♪ メイドとしても、クリスティーナ個人としても、ご主人様のお傍にお仕えできたことを光栄に思いますっ!」


 たわわに、健やかに発育した胸の前で、小さくぐっ、と手を握るクリスティーナ。

 童顔で、子どもっぽい幼い感じの仕草なのに、全てがメイド服を身に着けた巨乳のせいで危ない感じになっていた。


 しかし、ロイは顔を熱くしつつも、努めて見ないように、クリスティーナの胸から視線を逸らす。


「あはは、ありがと。でも、そんなにお世辞を言わなくてもいいよ?」

「ふふ、お世辞なんかじゃございませんよ? それに、メイドとしても、クリスティーナ個人としても、誇らしく思うことと、好ましく思うことは、別でございますから」


「ん? どういうこと?」

「ご主人様がゴスペルホルダーであること、聖剣使いであること、そして心理学にも精通していて博識であること。これらは全部、わたくしにとって誇らしいことでございます」


「そうかな? よかったよ、クリスに相応しいご主人様になれていて」

「そしてそれ以上に、わたくしはご主人様のことを人として好ましく思っております」


「人として?」

「はいっ、だってイジメられている女の子を救う。言葉にするのは簡単で、世の中にありふれている言葉だといたしましても、それを有言実行するのはすごく人として立派なことでございます! 学院の教師だって、イジメ問題を解決するのは難しいと言われていますのに」


「て、照れるなぁ……」


 陽だまりに咲くタンポポのように優しい笑顔を浮かべるクリスティーナ。

 一方でロイは、たとえ恋人のシーリーンがいるとしても、異性に褒められるのはこそばゆかったので、人差し指で頬を掻いてしまう。


「実はわたくしもご主人様の決闘を観客席で応援しておりました。ボロボロになりながらもシーリーン様のために戦う姿、カッコよかったです!」


「カッコ悪いところを見せちゃったね」


「むっ、カッコよかったです! って、今申したばかりではございませんか」


 クリスティーナは少しだけ間を置く。

 そしてロイと視線を合わせてこう言った。


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