5章7話 決闘で、幻影のウィザードに――(3)



「そういえば……」


 と、アリスが呟いた。


「イヴちゃん、マリアさん、ロイって昨日、武器をなにか新調していませんでしたか?」

「ううん? 別にそんなことなかったはずだよ?」


「えぇ、というより、弟くんは基本装備に聖剣がありますからね。わざわざ買う必要はないと思いますが……」

「あれ? 聞いていないんですか?」


「えっと……なにをでしょうか?」

「昨日、私からジェレミアの情報を聞いたあと、ロイ、新しい武器を買いに行ったんですけど……」


「お兄ちゃんが? エクスカリバーがあるのに?」

「えぇ、エクスカリバーのスキルがまだ解放されていないから、って理由で……」


「ですがアリスさん、エクスカリバーはスキルが解放されていなくても最高級の業物ですよ? 血や動物の脂で汚れても切れ味が落ちなくて、斬ることも叩くこともできるのに、壊れることはない。そんな初期段階でもかなり万能な剣ですからね。やはり買い替える必要はありませんし、それに……」

「うん、ロイくん……、どこからどう見ても見ての通り、剣、一振りしか持っていないよね……」


 シーリーンの切なそうな声に、3人の視線が再びロイとジェレミアに戻る。

 言わずもがな、ロイと親しい女の子たちからすれば、これはウソ偽りなく卒倒ものの戦況だった。


 しかし、言外に「ボクの剣が早いかお前の魔術が早いか」と競い合う雰囲気に、観客たちは先ほどよりもさらに盛大な歓声を上げる。

 ここまでド派手な盛り上がりは、プロ同士の模擬戦でも滅多に見られるものではないだろう。


(再度背後に跳躍できればベストだが、一瞬だろうとロイ相手に気の緩みを見せてはいけない! そして防壁を壊されたらオレの方もヤバイが……しかしそちらの場合なら、魔術を解除すればいいだけの話だ! 長引けば酸欠と一酸化炭素中毒になるロイの方が圧倒的に不利!)

(魔術の大原則! 魔術を使っても全宇宙の質量とエネルギーを増減することはできない! なおかつ、魔術は自然の調和が著しく乱れないように、起こしたい現象を指定したら、広い範囲でその材料を集める!)


(絶対にあいつは防壁を壊しにくる! その瞬間、この焔を解除して、詠唱の零砕と追憶を同時にできる【魔弾】の一斉掃射で意趣返し! これで最低1つの勝ち筋は用意できた!)

(確か一酸化炭素は1時間曝露した場合、1500p p mパーツ・パー・ミリオンで死に至る。身体の自由を失えばボクの敗北だから……だいたい500~1000ppm曝露したらアウトだろう。そしてジェレミアが勘違いするとしたら、ここだ)


(だが……絶対にこのクソ生意気な庶民は、オレに一泡吹かせることを諦めない! 他にもありったけの魔術をストックしておくべきだ!)

(根本的な話、このステージは屋外だからね。しかもこの魔術はあくまで敵を焼き殺すための攻撃なのに、今のボクたちは互いに互いを牽制し合っている! だったら自然の調和が著しく乱れないように、必要以上の燃料は持ってこないはずだ!)


 そこでロイは1つの方針を決めた。


(だから起きるとすれば――さっき聞こえたアリスの声のように二酸化炭素中毒の可能性が高い! そしてアリスは知らないだろうけど、二酸化炭素の濃度が7%に満たないと呼吸不全、炭酸ガスナルコーシスは傾向的に起きづらい! それを踏まえて――時間の限界までジェレミアのことを徹底的に煽る!)


「ジェレミア、どうかしたの?」

「ハァ? なにがだい……?」


「ボクは今、キミの焔に囲まれている。どうして早くトドメを刺さない?」

「逆にキミの方こそ、早く防壁を壊せばいいだろう? んん~?」


「仮に壊したとしても、キミはどうせ魔術をストックしているだろうし……残念ながらこの焔に囲まれた状態が、ボクにとっては最善なんだ」

「ふぅぅぅん? でもいいのかい?」


 焔に囲まれた絶体絶命の状況が最善。

 ロイの言葉でそれを聞けると、ジェレミアの方もロイのことを挑発し始める。


「なにが?」

「このままだと先に酸欠と一酸化炭素中毒でキミの負けだぞ~?」


「いや、屋外で酸素も充分あるし、キミが操作しないと魔術も燃料を調達しない。だとしたら、起きるとしたら二酸化炭素中毒だ」

「フン、どちらにせよキミの敗北は確定している! 揚げ足を取らないでいただきたいものだな!」


「なら早く倒せばいい。ボクが言えたことじゃないけど、なぜ戦場で敵を生かしておく?」

「あのさぁ……、キミの敗北は確定事項だからわざわざ――」


「――あのね、ジェレミア? 敵だろうとキミのために言ってあげる。敵を見逃すなんてバカのすることだ」

「ハァ? あまりオレを苛立たせないでくれたまえよ」


(予想以上に煽り耐性が高い……)

「これは観客に対しての実力の誇示、見せしめでもあるのだから!」


(ジェレミアの分析に大きな見落としはないと思う)

「これだけ悠長に話していても、最後には必ずオレが勝つ」


(だけど、本人じゃなくて彼に注目している観客の多さが、彼のいつも通りの立ち居振る舞いを維持させている。なら、そこの認識を崩せば――)

「そうすることによってオレの強さが際立ち、観客たちはさらなる盛り上がりをみせるだろう!」


「そんなわけないじゃん。長話しているせいで、みんな呆れているよ。投げやりモードのボクにも、幻覚を使って、血が流れない方法でしか勝てない臆病なキミにも」

「なっ……、ば、っ、バカにするのも大概にしたまえ! 負けるキミともかく、勝利するオレの方は――」


「地味すぎるって言われるだろうね。これだけの観客の前で、酸欠と二酸化炭素中毒で決着なんて」

「だ、っ、黙れ! たとえどのような勝ち方でも勝利には変わりない!」


「でも観客じゃなくてキミ自身は、そんな勝ち方じゃ満足できない。違う?」

「…………く、ぅ、ッッ! ふざ、けるな……ッッ」


「知っているかい、ジェレミア。行動にはその人の心理が表れる。キミのように不遜に振る舞うイジメっ子はね? 実はとても臆病で、劣等感を抱いているからこそ、他人をイジメて相対的に自分を上にしたがるんだ!」

「ふざ、けるな……っ、ふざけるなふざけるなふざけるな! もう黙れ! 酸欠と二酸化炭素中毒でオレは勝つ!」 


「自分で言っていて、見栄え悪いって思わない? そういえばボク、シィに言ったことがあるんだよ。キミをイジメているヤツは、キミよりも弱いんだ、って!」

「うるさい! そういうクサイセリフは今ここで、オレにさえ勝てるヤツだけが言えるんだよ!」


「親に甘やかされて、なんでも自分の思い通りになる。それが当然の生活をしていたから、思い通りならないと我慢できない。親元を離れて王都にきて、そういう事態が増えたんじゃない?」

「…………ッッ」


「イジメっ子だからこそ、ストレスに耐性がないんだ。不遜な行動は自分の弱い本性の裏返し。いつも取り巻きを連れているのは、無条件で自分に同調してくれる相手が、常に周囲にいないと不安だからだ」

「やめろ……、黙れ……っ、それ以上喋るな……ッッ!」


「それにボク、キミがシィと初めて会った時、彼女になんて言ったか、噂で聞くことができたんだ」

「~~~~っ、なん……!?」


「オレの女になれ? かなり女の子に高圧的だけど、男の子として自信がないの? 女の子と話すこと、苦手だった? ボクも昔、恋愛とは無縁な寂しい時期があったけど……そんな根暗で童貞な元引きこもりから見ても、これは酷い。取り巻きも裏では爆笑していたかもね」

「やめろヤメロうるさい黙れもう喋るなクソが死ね!!!!! お前の命はオレが握っているということを忘れるなァアアアアアアアアアア!!!!!」


「幻覚を喰らって負けるよりはマシだよ! あれって殺されても生き返るらしいし、死ぬよりも苦しいんだよね? それに、キミは自分の幻覚に強いこだわりを持っているようだし……そんな強力な魔術を喰らわずに終われるなら、キミの自尊心に泥を塗れる」

「殺す殺す殺す、本当に殺すぞ!?」


「殺すなんて言う前に殺せよ。パパやママに肯定してもらえないと、なにも決められないのか?」

「お前えええええええええ!!! 自分の立場がわかっていないのかアアアアアアアアアア!!!!!」


「――かなり偉そうだね、心が貧しいの?」

「ッッ、死ねエエエエエエエエエエ!!!!!」


 刹那、逆上したジェレミアが周囲の焔を操作して、ロイを殺そうとする。

 だが、当初の予定通り肉体を強化したロイはエクスカリバーを全力で防壁に叩き付けて、それを破壊した。


「な……、に……ッ!?」

「引火したらキミも道ズレだ!」


 彼我の距離は肉体強化している以上、3秒もあれば完全に詰まる。

 自分の全身が燃えるより確実に早く、敵にも火を点けられるだろう。


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