5章8話 決闘で、幻影のウィザードに――(4)



「クソがアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 激昂していようが敵を憎悪していようが、巻き添えは喰らいたくない。

 叫び散らしながらも、ジェレミアは【絶火、天焦がす緋華の如く】を解除した。


「よし! これで――ッッ」


 ロイの聖剣がジェレミアに迫る。

 ジェレミアも肉体強化の魔術を施していたが、所詮は独奏ソロだ。四重奏カルテットのロイにはパワーでもスピードでも、敵うわけがない。


 そんな絶望の中でも――、

 ロイに勝る長所があるとしたら――、


「【魔弾】ゥウウウウウ!!!!! 一ッ、斉! 掃射ァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 ストックしていた低燃費のアサルト魔術を、ジェレミアは出し惜しみせず乱射し続けた。

 ほんの一瞬だとしてもロイを牽制できたことに妥協すると、後方へ大きく跳躍して、騎士を相手に距離を稼ぐ。


「クソォ!  Die ursprünglicheありのままの Welt世界よ! Natürlicheあるべき姿の Realität現実よ! 」

「……魔術無効化の魔術ッッ!」


 以前、ロイの前でシーリーンが勉強していたとおり、魔力とは即ち、魔力場の波動だ。

 そして昨日、マリアは噛み砕いて説明してくれたが、それが波動である以上、逆相の波動を用いれば振幅は0になり、減殺的干渉を起こすことができる。


Bitte魔術 vergibによる die Erosion des法則の浸食を、 Gesetzesどうか durch Magie赦し給え! 」

「今度こそ……ッッ!」


 この土壇場においてジェレミアが打ち消すような魔術は1つしかない。

 それを察し、ロイは肉体強化を無効化される前に決着を付けるため、再三の突撃を仕掛けた。


Bitte人間 übersehenの傲慢 Sie die menschlicheどうか Arroganz免じ給え! 」

「…………間に合う!!!」


 一歩進めば剣が届き、一歩後退すれば攻撃を躱せる間合い。

 ロイの前世の剣道にも似たような言葉があった。


 騎士ロイはついにこの『一剣一足の間合い』に、魔術師ジェレミアを捉えることに成功する。

 しかしジェレミアはイヤらしく、粘着質に嗤い――、


「詠唱追憶――【 黒よりシュヴァルツ・アルス・黒いシュヴァルツ・星の力 】ステーンステーク

「なん……だと……!?」


 言うと同時に、ロイの周辺の重力が何倍にも増幅した。

 完璧に聖剣を振りかざしていたのが裏目に出た形である。


 重力の負荷が従来の何倍も強い環境下にて、踏み込みにあわせて転倒など、ジェレミアの策略どおりだとしても最悪すぎる。

 その結果は必然で、ロイはその場に屈してしまった。


「ククク……っ、くはははは……ッッ! あひゃひゃひゃひゃアアアアアアアアアアアアアア!!!!! バァァァカ! キミは最後の最後で! このオレ、ジェレミア・シェルツ・フォン・ベルクヴァインとの煽り合いで負けたんだよバァァァァァァァカ!!!!!」


「肉体……強化をッッ、七重奏セプテットに、ィ……ッッ!」


「させるわけねぇだろ! 詠唱の続きだ!」


 とても満足そうな悪い笑みを浮かべ、鼻歌でも奏でるようにジェレミアは詠唱を再開する。


Ich私は bete祈る. Ich私は hoffe願う. 」

「く、っ、そォ……ッッ!」


Ich glaubeその, dass das贖罪 Sühnopferにより auf einmal一瞬 in dieでも Weltありの zurückkehrenままの世界 wirdを、, wie es ist今此処に! 」

「動けェエエエエエ!!!」


「――【 零の境地 】ファントム・アリア――!」

「ガ、ハ……っつ!?」


 詠唱が完了した瞬間、ロイがキャストしていた【強さを求める願い人】が強制的に解除された。

 普通の強度の肉体に戻ったロイは異常な重力場にて、自らの重さに潰れ、思わず呻くように肺から咳込む。


 ロイの体重を仮に65kgだとしても、5倍の時点で325kgだ。最早ロイは指1本すら微動だにできない。

 身体が重いなんてレベルではなかった。内臓の全てが重りになって、前に進むにはその全てを引きずり地べたを這うしかない。手も、腕も、足も、脚も、胴体も、頭も、そして全身に張り巡らされた血管を流れる遍く血液さえ、まるで鉛になったようである。


「知っているゾ~? キミは魔術を打ち消す魔術【零の境地】を使えないんだろ~? んん~? ナァナァ! 今どんな気持ちなんだい!? オレを散々煽ってこのザマとか、恥ずかしくて死にたくならない!?」


 それはジェレミアの指摘どおりだ。むしろまだナイトの段階なのに【零の境地】を使える騎士の方が珍しい。

 この学院では騎士学部の学生も、魔術師と戦うことになった時のことを想定して【零の境地】を学ぶ機会があるが、ロイはまだその段階ではなかった。


 しかし――、

 ふと、ロイの視界に観客席が映る。

 そこの最前列では、シーリーンが今にも泣きそうな表情でロイのこと見守っていた。


(女の子のあんな顔を見たら、頑張るしかないよね……っ!)


 ロイは身体を、そして唇すらも動かすのがしんどいことを確認する。そしてそれが終了すると、頭の中であることをイメージした。

 詠唱零砕とは、声に出して詠唱する必要がないだけで、魔術の理解を怠ってもいいという便利なモノではない。だが逆に、理解さえしていれば――、


(ッ、 Sternenkette星の鎖よ……! Unsichtbare地から Hand, die sich vom奔る…… Boden zum見え Himmelざる erstreckt御手よ……ッッ! Lass es fallen堕とせ、堕とせ、堕とせェ……! Fesseln阻む Sie dieseことの…… Person mitできない Geheimnissen神秘に, die nichtよってェ…… blockiertその者 werden könnenに足枷をォオオオ! 発動しろ! 【黒より黒い星の力】!)

「は……?」


 刹那、ロイとジェレミアの延長線上、観客席との隔たりである壁が異常な万有引力を発生させ、2人は強引に引きずられる。

 背中から引きずられるジェレミアに対して、ロイは追い風を得たように動き出した。横向きの引力によって敵の魔術の有効範囲を脱した彼は、異常な重力に巻き込まれた強い吐き気を無視して、適当にでも聖剣を大きく振るう。


「……バカな!? またステージの端まで!?」

Das sanfte優しき光は Licht heilt今、此処に、 hier jetzt傷と Wunden血潮を und癒し Blut施す! 【 癒しの光彩 】ハイレンデス・リヒト!」


 牽制に成功してジェレミアは後退した。これでようやく、彼を再び退路のないステージの端まで追い詰めたことになる。

 だが、ロイの肉体は吐き気を催すほどの不調を訴えていた。


 全身が気持ち悪い。

 鼓動が乱れ、汗が滲み、喉は喘ぐように空気を求める。

 吐き気が立ち続けることさえ妨害し、目眩に屈すれば一瞬で気絶しそうで、不快感が精神を蝕む。


 ロイは一応、流血するレベルのケガをしたわけではない。実際、ジェレミアから受けた魔術は【黒より黒い星の力】だけである。

 しかし、そのたった一度の攻撃が致命的すぎた。


 事実、心臓でさえ今にも張り裂けそうだった。

 そしてあの重力だ。内臓が本来の位置からズレている感覚すらあり、トドメには突然死の前触れのように、頭がクラクラする。


 だが――、

(負けられないよねぇ……! 女の子は男の子に守られるべき、なんて、そんなことは言わない。けどさぁ、女の子の前ではカッコつけたいんだよ!)


 決意を再確認して、ロイは足を前へ動かす。


(唇と舌に感覚がなく、動かせないなら、脳内で魔術の詠唱を行う! 簡単な魔術の詠唱零砕ぐらい、ボクにだって……ッッ!)


 ロイは【強さを求める願い人】、つまり肉体強化の魔術をかけながら、同時に一番簡単なヒーリング魔術である【癒しの光彩】を永続キャストする。

 無論、いくらヒーリングをしていても焼け石に水だ。外見に目立った傷がないだけで、身体の内部は人間として絶望的なレベルで徐々に終わり始めていたのだから。


「ジ、レ……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 ロイの咆哮が学院中に響き渡る。声帯が引き千切れるような絶叫だ。

 ジェレミアを倒せるなら、たかが自分の喉ぐらい、犠牲にしたってかまわない。言外にそのぐらいの覚悟を見せて、肉体強化を全力全開にして、ロイは『とある考え』があり、ジェレミアに最後の突撃を仕掛けた。


 対して、ジェレミアはロイが迫ってきてもなぜか動かない。

 ロイが最後の力で聖剣を振りかぶり、振り下ろした、その時だった。


「――――な……、に?」


 まともに発音できない口で、ロイは驚愕する。


「残念だったなぁ! 零砕していた詠唱を追憶して、最後の最後に【光り瞬く白き円盾】の四重奏カルテットだ!」


 ジェレミアの哄笑が晴天に木霊す。

 諦めずに何度も繰り返し魔術防壁を斬り付けるロイ。しかし燃え尽きた白い灰のように身体がボロボロな今の彼に、ジェレミアの防御を突破できる道理は1つもなかった。


(本当は最後の手段なんて、使わないに越したことはなかったんだけどねェ……ッッ!)


 ロイは斬撃をやめ、まるで心停止の前触れのように、右手で胸のあたりを掴んで自嘲する。

 翻り、ジェレミアは胸が苦しそうなロイに満足して、自らが圧倒的に有利であることを理解した。


 そして――、

 これでようやく――、

 ――ジェレミアは自らの優位性に安心して、幻影魔術の詠唱を始めるのだった。



Im Spiegel映る、映る、 reflektieren鏡に映る.


Die Kunstこれは, die Realität芸術、 in einen現実 Albtraumを悪夢 zuに、 verwandeln世界を und die虚構 Welt in Fiktion堕とす zu verwandeln虚ろの技法.


Es gibt keinenその世界には Sonnenuntergang夕日もなく, kein Abendessenディナーも, kein Klavierピアノも, keine duftenden香しい花も Blumen aufなにも der Weltない.


Fühle nur die Lügen温もりも, ohne die感じぬ Wärmeまま von irgendjemandem偽りだけを zu spüren感じ給え.


 ――【 幻 域 】ファントム・ヴェルト――」


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