5章6話 決闘で、幻影のウィザードに――(2)



 発火閃光マズルフラッシュのごとく明滅する光彩を解き放ち、ロイは低燃費の【 魔 弾 】ヘクセレイ・クーゲルで弾幕を張った。

 銃声はないものの、数多の弾丸が風を斬り、音を鳴らし、弾けるようにステージは削れ、徐々に無残な瓦礫が飛び散る。


 翻り、ジェレミアは魔術防壁の裏側で次の一手を考え始めた。

 弾幕を張られたのは事実ではあるが、騎士と魔術師とでは魔術の熟練度が違う。騎士と魔術師の魔術比べならば、この防壁はこの程度の攻撃では崩せない。


(確かにロイに限らずとも、普通の騎士なら幻影魔術を喰らう前に勝負を決めようとする)

(何度も騎士と戦ったことがあるジェレミアなら、騎士が先手必勝を狙うことを読み、魔術で防壁を展開する。ここまでは読み通り)


(だがロイはそれを読んでいて、強引に最初の防壁を突破した……ッッ)

(その防壁を破壊できたのはいいけど、そこで仕留められなかったのは痛い……ッッ)


(回避できたのは良かったが、弾幕を張られて左右を塞がれたのはマズイな)

(現状、ジェレミアは2つ目の防壁を展開してボクの弾幕を回避し続けている)


(戦略的撤退と言えば聞こえはいいが、スタート位置と比べて、オレはステージの端に追い詰められた)

(仕切り直しと言えばカッコイイけど、同じ手は二度も通用しない)


(認めざるを得ない! 騎士を近付かせた時点で、オレの方が不利だ!)

(認めよう……ッッ! 2枚目の防壁を築かれた時点で、ボクの方が一手劣る!)


 水面下で始まるロイとジェレミアの探り合い。

 行動にはその人の思考が如実に表れる。膠着状態に陥った以上、戦況に変化をもたらす一手が互いに必要だった。


(魔力が先に尽きるとしたら、騎士なのに弾幕を張っているボクの方だ!)

(ロイは必ずどこかで魔力切れを恐れ、射撃を中断する。だが反射的に攻撃に切り替えたら、瞬間的に間合いを詰められ斬られて終わりだ!)


(攻撃を中断しても、ジェレミアは絶対にボクの間合いに入ってこない。だが、接近するにはやはりあの防壁が邪魔だ……ッッ!)

(他にも使える魔術は多々あるが、微塵も体勢を崩せていない騎士に撃って躱されないわけがない……ッッ!)


(いや、違う、そうじゃない! ボクもジェレミアも焦っているのは同じだ。だから完璧じゃなくても先手を打って、まずは相手から考える時間と冷静さを奪う! まるで詰め将棋のように、一手ずつ、確実に、相手を窮地に追い詰めるんだ!)


 決断するとロイは防壁を迂回して右側からジェレミアに強襲をかける。

 その際、敵に逃げ道を与えないように、防壁の左側には【魔弾】による弾幕を張り続けた。


「チィ……術式編纂へんさん!」

「斬り捨てる……ッッ!」


「座標変更!」

「間に合え!」


 ロイが防壁の右端からジェレミアを向かい合えたのと、ジェレミアが防壁をスライドさせてロイとの間に配置できたのは同時だった。

 ロイは間に合わなかったことを、ジェレミアは間に合ったことを、互いに即行で理解する。


 結果、ジェレミアが手薄になった前方に跳躍したのに対し、ロイは間髪入れずに追走を始め、敵に一切の休息を与えなかった。


(クソっ! 【 幻 域 】ファントム・ヴェルトの詠唱をするには優位性が足りない!)

(ジェレミアに隙を与えたら幻影魔術の詠唱が始まる!)


(ヤる前にヤられたらマズイ!)

(ヤられる前にヤるしかない!)


 各々の価値観に基づく必然の思考。

 その結果は、ロイは肉体強化の重ね掛けを、ジェレミアは3枚目の防壁の構築を決断した。


「詠唱零砕! 【光り瞬く白き円盾】! そして――ッッ!」


Ich凱旋 bete目指し um我は Kraft in果てなく den Armen渇望する,

Ein Sünder灼熱の釜, der sich dem溺れ Ertrinken in足搔き der brennenden苦しむ Hölle widersetzt罪人よ! 」


 詠唱を零砕したため、ロイの詠唱開始と同時にジェレミアが防壁を築き終える。

 そして彼は流水のように続けざまに、2つ目の魔術を組み立て始めた。


Geschwindigkeit腕には強さ in den

Sein Körperその身 wird geraucht,燻ぶり verbrannt,爛れて in Staub塵と verwandeltなり、, 」


 ジェレミアは前例を考慮して、別の魔術でロイの妨害を画策したのだ。


Beinen und脚には Stolz darauf速さを,

Verzweiflungその先の in der虚無に Leere vor uns自棄となれ! 」


 そしてロイはわずか数秒で防壁の前に辿り着くが、聖剣を叩き付けても破壊できない。


den Feind意志には im Willen zuを討ち往く besiegen気高さを!」

Dieseいつか Seele完全 wird weiterhin燃え gebrandmarkt果てるまで,


 理由は単純明快、ジェレミアが防壁の強度を上げたため、肉体強化が足りていないのだ。


「【強さを求める願い人】、四重奏カルテット……ッッ!!!」

bis sieその vollständig魂に ausgebrannt烙印 ist! 」


 その瞬間、ロイの全身には強化魔術が、ステージには地を這う焔の魔術が走り渡った。

 奔流する紅の劫火。額や背中からは途轍もないほどの汗が流れ続け、喉が渇き、瞳も乾燥し、荒れた呼吸を整えようとするたびに、熱を含んだ大気にむせ返りそうになる。


「あえて近付き続けることで【 絶火、ディ・ブルーメ・天焦がすデァ・フランメ・緋花のディ・デン・ヒンメル・如く 】ヴァーブレンツァを攻略するとは驚いたよ……ッッ!」

「本当ならもう一回防壁をぶっ壊して、トドメを刺したかったんだけどね……ッッ!」


 舌で舐めると、唇から油分が失われているのがわかった。

 まるで焼死体が積み重なる乾燥した市街戦の跡地、そこを通り過ぎる時のような唇である。


「なんでロイくん、また膠着状態になっちゃったの!?」

「確かにあのままだと、ロイは酸欠と二酸化炭素中毒になるけれど……ッッ!」


 観客席の最前線でロイの勝利を祈っていたシーリーンが焦る。

 そして彼女の隣に座っていたアリスは気付いていた。


 これはロイの剣が早いかジェレミアの焔が早いかを競い合う展開だ、と。

 つまりこれは――、


「これは……先に動いた方が負けですね!」

「お兄ちゃんが少しでも防壁を壊そうとしたら、ジェレミアはお兄ちゃんを燃やせる! 逆に、ジェレミアが少しでもお兄ちゃんを燃やそうとしたら、防壁を壊して相手を道ズレにできるんだよ!」


 シーリーン、アリス、イヴ、マリア。

 4人の視線はジェレミアの焔に囲まれながら、防壁に対して斬撃の構えを取っているロイから一切逸れない。また、ロイが目の前で止まっているのに、焼き殺さない――否――焼き殺せないジェレミアも瞳には映っていた。


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