5章1話 自室で、白くて華奢なその両手を――(1)



 たとえ日曜日だとしても、翌日にはロイとジェレミアが決闘することが、学院中に知れ渡っていた。馬術部にも寄宿舎に住んでいる生徒が当然いるわけで、その生徒たちが各々の寄宿舎で別の生徒に話したのだろう。

 結果としてロイたちが暮らす第2寄宿舎でも、その話題で持ち切りだった。


「……お兄ちゃん、どういうことなの?」

「弟くん、きちんとお姉ちゃんに説明してくださいね……?」


 流石にどういうことかと説明を求め、ロイの自室にイヴとマリアがやってきた。

 ロイは机とセットになっていた椅子に腰かけ、一方、イヴとマリアの2人は彼のベッドを借りてそこに座る。


 もちろん、2人ともロイを怒っているわけではない。

 むしろ姉妹揃って、心底心配そうな表情かおでロイに問いかけた。


「ボクがジェレミアに決闘を申し込んだ。それだけのことだよ」

「「…………」」


「けど確かに、イヴや姉さんになにも相談しなかったのは、早計だったと今では思っている」

「当然だよ……」


 と、寂しそうにイヴは呟く。

 一方で姉のマリアは寂しそうというよりは、悲しそうであった。姉として、年上の家族として、頼りにされなかったのが悔しかったのだろう。


 しかし、マリアのその顔を視界に入れてもなお、ロイは振り切ったように言葉を続けた。


「でも……どうしてもジェレミアが許せなかったんだ」

「確かに、弟くんは男の子として立派なことをしたと思います。けれど、少し感情的で、熱くなりすぎてしまいましたね……」


「わかっているよ……」

「弟くんの気持ちもわかりますけど、自覚していることが免罪符になるとは限りませんからね? 弟くんには、わたしも、イヴちゃんも、最近だとアリスさんも付いています。次からは、きちんと相談してほしいです」


「……ゴメン、姉さん。そして、ありがとう」


 と、ここで2人のやり取りにイヴが混じる。


「ところで、お兄ちゃんはナイト、つまり騎士のクラスだけど、お姉ちゃんはアークウィッチ、つまりジェレミアの上位クラスだよ? お姉ちゃんが戦った方が勝てる見込みがあったと思うんだけど……」


「――わたしなら魔術を打ち消す魔術【 零の境地 】ファントム・アリアも、普通にアリスさんが使っていた【 光り瞬く白き円盾 】ヴァイス・リヒト・シルトも、相手に攻撃を与えるいくつかのアサルト魔術も使えます。というか、アークウィッチにとっては必修ですからね」


「魔術を打ち消す魔術が必修!?」

「お姉ちゃん、すごいよ!」


「……ただ、それでもわたしはジェレミアには勝てないですけどね」


 悔しそうに、マリアは歯嚙みする。


 ロイは生粋の騎士タイプで、ゼロというわけではないが魔術の適性が低い。

 翻ってイヴは魔術師タイプといっても、まだまだただのヒーラーだ。マリア、つまりアークウィッチには遠く及ばない。だから魔術を打ち消す魔術を、「超すごい魔術だよ!」と、漠然としか認識していなかった。


 ゆえに、ロイにしてもイヴにしても、【零の境地】を使えるマリアがジェレミアに負けるなど、控えめに言っても意味不明だった。


「それってどういうことなのよ?」

「【零の境地】を使うには、打ち消しの対象である魔術を、こちら側も理解して、使えないといけないんですよね。魔術の源である魔力も一種の波動ですから、魔術Aの波に対してそれとは正反対の波をぶつけて、波が停止している状態するって感じですね」


「つまり、例えば【 魔 弾 】ヘクセレイ・クーゲルを打ち消すには【魔弾】を、【光り瞬く白き円盾】を打ち消すには【光り瞬く白き円盾】を、理解して、使えるレベルになっていないといけないってこと?」

「うん、ですから――」


 一瞬、マリアは顔に陰りを作って、ひと呼吸置いてから続ける。


「わたしは時属性魔術と空属性魔術の適性が低い……と、いうよりも、普通の人は時属性魔術と空属性魔術の適性が、どんなに高くても3~4ぐらいしかありませんから、幻影魔術を、学術的に理解できても使えない」

「ひいては、打ち消すことができない、か」

 と、ここでイヴがロイに訊く。


「あれ? そういえば、お兄ちゃんって、騎士クラスなだけで、魔術が使えなかったわけじゃないはずだよ? 【光り瞬く白き円盾】なら、お兄ちゃんでも使えるんじゃ……」

「イヴちゃん? 【光り瞬く白き円盾】は簡単に言うと、自分と敵の間に壁を作る魔術ですよね? つまり自分が壁の向こう側に出て行っちゃったら、言い方を変えるなら、騎士らしく近接戦闘を挑みに行ってしまったなら、【光り瞬く白き円盾】は意味をなさないですよね?」


「ぐぬぬ……」

「要するに、ボクが魔術で挑むなんて、それは魔術適性が低い騎士クラスがすることじゃないし、ますます、ジェレミアの独壇場になっちゃうし、賢明ではないね」


 困ったように笑うロイ。


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