4章14話 決意の中で、少年は――(1)



 シーリーンのことは、アリスとイヴとマリアに任せることにした。

 ロイは強い勢いで足を動かし廊下を進む。目的地は当然、馬術部が活動している校舎裏手の馬場だった。


「ちょ、ちょっとロイ! 待って!」


 ロイが足を止めて振り向くと、そこには急いで追ってきたアリスの姿があった。

 一瞬、ロイはシーリーンのことが不安になるも、アリスもアリスで、イヴとマリアに彼女のことを任せてきたのだろう。


 ゆえにロイは自分と同じ判断をしたはずのアリスになにも言えず、少し間をおいた。

 その間にアリスは不安と焦りが混じったような表情で、息を整えたあとにロイに訊く。


「ジェレミアになにをする気?」

「大丈夫、アリスには迷惑をかけないよ」

「――っ、それは、答えになっていないわ」


 アリスはロイのことを止めたいようだが、無論、邪魔をしたくてこうしているわけではない。

 ただシンプルに、ロイのことが心配なのだ。


 しかし同時に、アリスは頭でっかちな自分にイヤになる。

 考え過ぎて慎重になって、それでジェレミアを放置し続けたら本末転倒だ。それなのに、常識的に考えて勝てないと諦めて、善意でそれをロイに押し付けようとしている自分に。


「気になるなら、アリスも付いてくるといいよ」


 提案すると、ロイは再び歩き始めた。彼のあとをアリスは今度こそ大人しく付いていく。

 今のロイは、もう自分がなにを言っても止まることはない、と、わかってしまったのだ。


(でもそれって、行動力があるってことで、私には、できていないことなのよね……)


 だから厳密には、わかってしまったのではなく、憧れてしまったのだ。

 やらない理由を考え続ける臆病な自分にはない、戦う理由ができてしまう彼のカッコよさに。


 そしてふと、アリスはロイの背中を見つめる。

 その瞬間、アリスの胸は確かに一度、高鳴ったが、彼女は頭を振ってそれを消し去った。


「ねぇ、アリスは同じ女の子として、シィのことをどう思う?」

「……すごく、ネガティブな子だと思うわ」


「うん」

「彼女はきっと、つらいことがあっても、周りに人がいる時は落ち込まないで、明るく笑って誤魔化そうとするタイプだと思うのよ……」


「でも、それがかえって、見ている方からすると痛々しい」

「そうね……」


 2人の言うとおり、シーリーンは自己評価が低い。実際の実力は置いといて、なにをするにも、自分はダメな女の子という認識ができあがっている。

 そしてなおかつ――、


「男のボクが痛みと苦しみを想像するのは、きっとおこがましいことだと思う。ただそれでも、女の子が自分のことを性的に汚れている、って、自分で思い込んじゃうのって、残酷だよね……」

「ロイって……、なんか……」


「なにかな?」

「むしろすごくいい意味で、私も見習いぐらいなのだけれども……珍しい価値観の持ち主よね」


「気のせいだよ。秘密主義者は孤独になりやすいが、秘密なくしてコミュニティはありえない。明かした未来と隠した未来を天秤にかけて、言うか否かを決める」

「それってジェレミアが言っていた……」


「ボクの価値観なんてありふれている。彼に言われた時、ボクはこれに納得したんだ」

「それは正直、私もよ……」


 人はみんな秘密を抱えているし、ウソを吐くことで上手く人間関係が回ることもあるだろう。

 しかしシーリーンの場合、傍から見たら痛々しいほど伝わってくるのに、まだ自分の気持ちを隠そうとしている。


 周りに心配をかけたくないなんて、どう考えても心配してしまう理由で。

 もう、これに終止符を打つには、ジェレミアを止めるしかないだろう。


「シィは、優しい女の子だと思う」


「ロイ?」

「普通、ボクたちの年齢でシィみたいな状況に追い込まれたら、誰かに助けを求めるよね? 仮に誰にも助けを求められないほど追い詰められても、もっと極端に無気力になるか、苛立つと思う」


「えぇ」

「それが悪いとは言わない。悪いのは加害者だから。でも、シィはそんな中でも、ボクたちに心配かけないように最大限の努力をしている。常に明るく、笑顔であろうとしている。たとえそれが作り笑顔でも、そんな女の子が優しくないなんて、あるわけがない」


「そう、ね……、私よりもよっぽど、シーリーンさんの方が強いと思うわ」

「だからボクがシィを助ける。誰かに助けを求めるのは悪いことじゃないんだ、って、シィに伝わるように証明してみせる」


「――――」

「そのために、ボクはここにきた」


 ふいに、ロイが足を止める。

 アリスもそれがわかっていたので、驚くこともなく、すんなりとそれを受け入れて、彼の数歩後ろで足を止めた。


 2人が辿り着いた場所は無論、ジェレミアがいる馬場だった。

 そして彼の方も、2人の存在に気付いてニヤニヤしながら近寄ってくる。


「ハンッ、どうした、2人して?」

「――ジェレミア、キミに1つ訊きたいことがある」


「ほう?」

「人との約束を守るのは、人として大切なことかい?」


「当然だな」

「――そっか。ところで昨日、ボクはシィと1つ、約束をしたんだ」


「へぇ? それって――……ブオ、ッッ!!?」


 刹那、衝撃。

 ジェレミアが言い終える前に、ロイは彼の頬を渾身の拳で殴った。


 ジェレミアはなにをされたのか理解できずに混乱していて、自分の頬を手でさする。

 痛々しいぐらい頬が充血したように赤く腫れていて、唇を切ったせいでドバドバ血が流れていた。


 これはもう、自然に治癒するレベルではない。

 ヒーリングの魔術か、あるいは医者で縫合ほうごうするしかないレベルだろう。


「ロイ!?」

「キミぃ!?」


「キミのために、ジェレミアを1発ぶん殴る、って、そんな約束を」


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