4章3話 医務室で、シーリーンとアリス、イヴとマリアと――(1)



 翌日の6時限目が終わったあと、つまり放課後。

 ロイとアリスは、この日もシーリーンに会いに医務室へ足を運ぶ――、


「そういえば医務室なんて、場所は知っていたけど、使ったことはなかったよ」

「イヴちゃんは元気が取り柄ですからね」


 ――昨日とは違い、妹のイヴと、姉のマリアを連れて。


「初めまして、シーリーン・エンゲルハルトです」


 シーリーンもイヴもマリアも、確かにロイと同じ寄宿舎で暮らしている。

 が、すれ違ったことはあっても、きちんと顔をあわせて自己紹介したのはこれが初めてだった。


 昨晩は4人とも宿題があり忙しく、今朝、ロイはイヴとマリアとの登校にシーリーンを誘おうとしたが……ダメだった。

 そもそも彼女は不登校で、医務室登校でさえ2日目である。


 要するに彼女は知り合いにバッティングしないように、遅刻を覚悟して遅めの時間に登校していたのだ。これでは一緒に登校など、できるわけがない。

 よって、このタイミングで自己紹介することになったのである。


「初めまして! イヴ・モルゲンロートです! お兄ちゃんの妹だよ♪」

「初めまして、シーリーンさん。わたしはマリア・モルゲンロートといいます。この2人の姉ですね」


 医務室に集まった4人は、やはり西洋風のテーブルを囲むように、自然の温かみを感じる木製の椅子に座った。


「それで、まだ2日目だとは思うけど、シィ、医務室登校はどうかな?」

「うん、すごくいい! なんていうか――気楽、なのかな? その、シィのことをイジメる人とも、会わなくてすむから。えへへ」


 シーリーンは控えめに微笑んでみせた。

 自信なさげな印象がかなり強かったが、昨日1回見せた自虐的な作り笑顔と比べると、まるで本当の意味で微笑んでいるようである。


「なんかもう……小動物みたいで頭を撫でてみたい」

「ほぇ!?」


「あっ、ご、ゴメン! 思ったことが、つい口から……っ、馴れ馴れしすぎたよね?」

「ロイ、前から思っていたけど、女の子に対して少しフレンドリーすぎないかしら? 頭を撫でられて嬉しい女の子なんて滅多にいないんだから、気を付けなさいよね!」


「はい……、気を付けます」

「うぅ……、わたしはお兄ちゃんにナデナデされたら嬉しいのにぃ……」


 じと~~とアリスが咎めるような視線をロイに送った。

 が、そこで彼に助け船を出したのは、他ならぬシーリーンだった。


「う、ううん、いいの、アリスちゃん。驚いただけで、イヤじゃなかったし……そのぉ、ロイくん?」

「な、なんでしょうか……?」


「撫でても、いいよ?」

「えっ?」


「撫でたいなら、シィの頭を。減るようなものでも、ないと思うし」

「えっ! あっ、その……、だ、ダメよ! 男女の関係は、時間をかけて、特に学生のうちは節度を保って構築しないと!」


 初々しく恥じらうシーリーンと、顔を真っ赤にしたアリスが、互いに互いの目から目を逸らさない。


「アリスちゃん、シィの身体はシィのモノだし、本人が許すならアリスちゃんが口出しすることはないんじゃないかな?」

「ぐぬ……、私はあくまでも一般論を言っているだけよ? 確かに自分でも15歳になってまで異性との交遊に口うるさいと思うけれど……普通は女の子の頭を撫でるなんて、軽率じゃないかしら?」


「むぅ……、でも結局それって、相手によるんじゃないかな? 他の女の子はどうか知らないけど、シィは、ロイくんになら、頭をナデナデされたって大丈夫! ありもしないシィの羞恥心を、アリスちゃんがロイくんのことをめっ! ってする建前にしちゃダメだよ?」

「じ、地味に私の方が押されている……!?」


「それとも本当は――――アリスちゃん、羨ましいの?」

「ふぇ!? そ、っ、そそ、そんなわけないじゃない!」


「えぇ~、アリスちゃん、ホントに~?」

「本当よ! あまりにも的外れすぎて、逆に驚いただけよ! ほら、ロイ! 本人が撫でていいって言っているわ」


「えぇ……」

「シーリーンさん、魔術師としては弱くても、煽り合いとか盤外戦術に長けているタイプですね」


 ふと改めて確認すると、シーリーンは瞳を潤ませ、おあずけを喰らった小犬のように(まだかな~、まだかなぁ~)とロイを見ている。

 アリスの方は虚勢を張って(私は別に、気にしてなんかいないもの……)と言わんばかりに、平静を装うが、しっかりチラチラとこちらを見ていた。


「じゃあ……撫でます」

「ど、どうぞ!」


 宣言通り、ロイはシーリーンの頭をナデナデし始める。

 とてもサラサラで触り心地が良く、撫でているロイの方がご褒美をもらっているような手触りだった。まさに至福の時間。とにもかくにもシーリーンの髪は撫でているだけで手が気持ち良い。叶うことなら完全下校までこうしていたいぐらいである。


 それに物理的にではなく、シチュエーションによる精神的な癒しも大きい。

 本人の言うとおり、先ほどの発言はつい口に出てしまっただけだ。ロイに同い年の美少女の頭を撫でる経験なんて、あるわけがない。頭を撫でられてくすぐったそうに目を瞑るシーリーンはとても可愛らしく、心地良さそうに身をよじるたびに「ふわぁ」と吐息を漏らした。


「むぅ~~! お兄ちゃん! 流石に長すぎだよ!」

「今度はイヴからお叱りを受けてしまった……」


「シーリーンさん、その……どうだったかしら? やっぱり、落ち着くの?」

「ほぇ!? えっと、あの……やっぱり、相手による感じ、なのかな? あっ、ロイくんはイヤじゃなかったよ? 気持ち良いっていうか、安心して眠くなっちゃいそうだったし!」


 慌ててシーリーンは両手をパタパタ左右に振って否定した。

 それを見て、イヴとマリアは面白くなさそうに、拗ねたように頬を小さく膨らませる。


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