4章1話 医務室で、シーリーンとアリスが――(1)



 翌日、ロイはアリスを連れてシーリーンが待つ医務室に行こうとしていた。

 今日もこの日の講義のノートを渡すためである。


「医務室登校?」


 アリスは女の子らしく小首を傾げて、金色の長髪がサラサラと揺れた。

 たったそれだけでバラの花のようにいい匂いが漂い、胸の鼓動が早鐘を打つ。

 そしてそのドキドキを誤魔化すように、ロイはアリスに対して頷くのであった。


「ちょっと以前、そういうのを知る機会があったんだけど……シィみたいな不登校児でも、医務室になら登校できるかなぁ、って」

「うんうん」


「だから、昨日のうちに薦めておいたんだ」

「図書館じゃダメなの? ジャンルを問わず、たくさんの本があるし……」


「昼休みや放課後はたくさんの生徒が利用するからね。友達と会いたくないシィからしたら、抵抗があると思うよ」

「? 友達と会いたくない?」


 本気で不思議そうに、アリスはロイの言葉を反芻はんすうした。

 この世界のこの時代の民には、なかなか理解しがたい感覚なのだろう。


「たぶんシィは、学院に登校するのがダメなんじゃない。友達と会うのがダメなんだ」


「――シーリーンさんのこと、私も私なりに理解してあげたいとは思うけれど、なかなか共感できそうにないわね」

「アリスは友達と一緒にいると楽しい?」


「当たり前じゃない」

「だから、逆なんだと思うよ」


「逆?」

「シィは自分で友達が少ないって思っているから、特に楽しくもない。そしてその反面、ボクやアリスのような同級生がいても、楽しいと思うけど、同じぐらい、心配してもらって申し訳ない、そう罪悪感を抱いているんだと思う」


 言うと、なぜかアリスは寂しそうに微笑んだ。

 明らかに見てわかる表情の変化だったので、思わずロイはそれについてを訊いてみる。


「どうしたの?」

「ロイは優しいだけじゃなくて、きちんと個人のことを見ているんだなぁ、って」


「そうかな?」

「ロイは誰かにとって優しいんじゃなくて、みんなに優しいのよね。私、そういうの好きよ?」


「ん? あ、ありがと、う?」


 なぜこのタイミングで褒められたのかわからなかったので、やたら曖昧な返事になってしまったが、とにかく、ここで2人は医務室の前に到着した。

 3回ノックしてドアを開ける。


 中は講義室1つ分ぐらいの広さだった。

 5つほどの木製のベッドや、瀟洒しょうしゃなテーブル、石のような壁に、振り子式の置き時計と、聖書や讃美歌や小説や魔術の目録などが並んでいる本棚があった。


 そしてシーリーンは中央のテーブルにて、椅子に座って本を読んでいる。

 タイトルが少し見えたが、若者向けのラブロマンス小説だった。


「あっ、ロイくん! と――」


 シーリーンは入室した2人に気付くと、小説から顔を上げて、そちらを見やる。

 ロイのことを見た瞬間、ぱぁ、と、ヒマワリのような笑顔を咲かせた。


 そんな彼女にロイは小さく手を振って、一方でアリスは軽くお辞儀をする。

 しかしアリスが頭をあげた瞬間、シーリーンは椅子の上でビクッ、と震えてアワアワし出した。


「なんで風紀さんがここにいるの!?」


「風紀さん?」

「そこの、いつも風紀、風紀、って言っている、シィに登校を薦めてくるエルフの子のこと!」


「私のこと!?」

「うん、アリスのことだね」


 ロイは一拍置くと、事情を説明し始める。


「ボクがシィのことを知ったのって、アリスに教えてもらったからなんだよ。で、ボクも当然シィのことが心配だけど、アリスの方がもっと前から心配していたから、今日は一緒に行こう、って誘ったんだ」


「私が誘っても登校しなかったのに、ロイが誘ったらすぐにくるようになるなんて……なんか釈然としないわね」


「そのぉ……風紀さんは強引だから……」


 スッ……とシーリーンはアリスから目を逸らした。

 そしてアリスもアリスで思うところがあったのか、図星を指されたみたいに「うぐ……」と気まずそうにな表情かおをする。


 ロイは知らないだろうが、アリスは以前、シーリーンに「学院にくれば楽しいわよ!」とか「イジメなんて私が許さないわ!」とか「登校するのなんて通学路を歩くだけよ! ねっ?」とか、精神論というか、シーリーンの感情を考慮していないことを言ってしまったのだ。


 要するに現実的に考えて、シーリーンにとって、実現できる可能性が低い提案を立て続けに並べたのである。正直なところ、ロイが提案した医務室登校のような具体性はなにもなかった。


 しかし彼女は、コホン、と咳払いをして、場を仕切り直す。


「シーリーンさん、ゴメンなさい」

「ほぇ!?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る